第5話「天才魔法使いサブリナ」

 突然だが説明しよう。


 近くの道路で行き倒れを見かけたから保護して水と食料を与えたら、何かなつかれたみたいだった。


「おやおや」


 年が近い女子だったからか、執事もメイドも微笑ましそうに見てるだけで助けてくれない。


 この子の服が薄汚れてるのはいいんだけど、拘束されて何もできないのは困る。

 お互いドキドキするには早すぎる年齢だし。


「きみの名前は?」


 とりあえずコミュニケーションをとらなきゃ。

 

「? サブリナ」


 その名前に俺はぎょっとする。


 ゲームのヒロインのひとりの天才魔法使いにして、クレイジーな発明家だったはず。


 そう言えば好きなことに集中しすぎて行き倒れることが多いって設定だった。


 主人公が適度にかまってなつかれるんだけど、もしかして俺が主人公ポジションになったってことかな?


 いや、まさか、そんなはずはない、と思う。


「あなたは?」


「ルーク」


 ニコニコしながら聞いてくるサブリナに名前を教える。


「いい名前だね」


「ありがとう」


 礼を言うとサブリナは俺から体を離す。


「ねえ、ルーク見て」


 と言って彼女はいきなり目の前で花を出して花冠を作る。


「す、すごい」


 この魔法は応用力が必要で、間違っても年齢一けたの子が使えるもんじゃない。

 それをいとも簡単に使えるサブリナはやっぱり天才なんだ。


「ふふふ」


 サブリナはなぜかめちゃくちゃうれしそうに笑う。 


 そんな生まれて初めて褒めもらえたような、反応をしなくてもって思ったところで、大事なことに気づく。


 彼女は天才だけど、地味な魔法が好きなせいでふだんあんまり褒められないのだ。

 そして初めて褒めてくれた主人公に好意を持つ、という流れだったはず。


 えっ、ここからこれ、どうなるの?


「じゃあ特別にほかの魔法も見せてあげる」


 軽く混乱する俺をよそに、サブリナはほかの魔法も使い出す。


 砂糖を作り出す魔法に塩コショウを出す魔法、複数の属性を組み合わせて発生する特異現象を引き起こす魔法。


 レベル50を超えてようやく会得できる高度な魔法を、レベル2か3なのにバンバン使って平然としてる感じ。

 

 俺しか見ていなくてよかった。


「ちょっ、ちょっと待ってくれ」


 俺はここで我に返って一度サブリナを制止し、すぐにウーノを呼ぶ。

 

「どうした?」


 邪精霊はすぐに姿を見せる。


「!! 精霊!?」


 サブリナは彼女の種をひと目で言い当てたが、さすがに邪精霊とまではわからなかったようだ。


「ひょっとして精霊と契約してるの?」


 という彼女の問いにうなずく。


「この子の魔法を見てあげて」


「ついでにそなたの修行もやろうか」


 ウーノは承知しながらもさらっと俺のメニューを増やしてくる。


「了解」


 魔力は鍛錬するほど伸びるらしいから断る理由はないよね。

 【ワンダーガーデン】に入るとサブリナは目を輝く。


「すごい! これは異空間魔法!? てことは最上位精霊!?」


 彼女の天才性はウーノの庭と正体も、あっさりと初見で見ぬいてしまいそうだ。

 

「わらわの名はウーノだ、小娘」


 ウーノは得意そうに話しかける。


「?? 知らない名前?? 無名なのおかしくない?」


 サブリナはきょとんとして俺はギクリとした。


 そりゃ異空間を作って維持できる精霊なんて、たぶんウーノのほかにはいないだろうね。


「そこのルークがわらわの契約者にして名付け親だ」


「えっ!? こんなとんでもない精霊に名付け!? お兄ちゃんすごいね!」


 サブリナの視線と関心が一気に俺に向く。

 何か、思ってた展開と全然違う……。

 

「うむ。ルークには感謝しているし、将来を楽しみにしているぞ」


 とウーノが俺を持ち上げてくれたせいで、サブリナの目がキラキラ輝く。


「わぁ! ルークお兄ちゃん、すごぉい」


 褒められて悪い気はしないんだけど、これって何か違うんじゃないかな?

 精霊の名付けなんてゲームにはなかったので、俺にはわからない状況だ。


「と、とりあえずこの子、天才っぽいから見てあげて」


 と俺はウーノに頼む。

 話をそらしたわけじゃなく、本題を忘れたくなかっただけだ。

 

「ほう? いいだろう。見てやろう」


「天才……」


 ドゥーエがすこし複雑そうだったが気にしない。


 だってゲームでは「セリア」だって頼りになりまくるキャラクターとして扱われていたからだ。


 サブリナのせいで存在が空気になるなんてことはないだろう。

 ……なりそうだったらフォローしなきゃいけないけど。


「たしかにこの小娘は天才だ」


「あたしの名前はコムスメじゃありません」


 賞賛するウーノに対して、サブリナはぶーっと文句を言っている。


「こいつの名前はどうする?」


 ウーノは不意にこっちを見た。

 

「仲間になってくれるのか、まだわかんないから」


「仲間ってお兄ちゃんの? いいよー」


 軽いっ! と思わず叫びそうになるくらい、サブリナの反応がちょろい。

 

「とは言え、仲間なんてここのメンバーだけだし、秘密なんてないけどね」


 と俺は正直に打ち明ける。

 現状知られて困ることなんて、ウーノの正体くらいしかない。


「ふーん? そうなんだ。じゃあよろしく!」


 サブリナがノリノリなのにドゥーエが困惑してるけど、正直俺も困惑してる。

 ゲームでこんな性格だったっけ?

 

 仲間になってくれるのはいいけど、この調子だと目的を打ち明けるのはさすがにためらってしまうな。

 

 まあいいか。

 ウーノの許可がないと入れない場所とかあるんだろうから。


「そう言えばサブリナって、家はどのあたりなんだ?」


 設定は覚えてるけど、初対面の俺が知っているのはおかしいので質問する。


「えっと、家はもっと北のほうだよ?」


 おやっと思いたくなるような説明をかみ砕くと、家は北にあるがいまは親に同行してこの付近に滞在しているらしい。


「じゃあ親御さんは心配してるかな」


 心配してない気が何となくしてるけど、無難な言葉を並べる。


「よくあるってあんまり心配してないかもー」


 とサブリナは気にしてない様子で軽く答えた。


 まあ両親が放任主義だからこそ、こんな性格の天才が生まれたんだろうなとは思うので納得する。


「顔合わせしたし一回戻ろうか」


 昼間から長時間ここにいると、家人に怪しまれるからね。


「えー、でも、仕方ないかー」


 サブリナは意外と聞き分けがいいみたいで助かる。

 ウーノに送られて部屋に戻ってくると、ドアがノックされた。


「どうした?」


「お茶とお菓子のおかわりをお持ちしました」


 とメイドの返事が聞こえる。

 それなりの時間が過ぎていたようだ。


「入ってくれ」


 サブリナは最初に出たものを一瞬でたいらげていたので、怪しまれないだろう。


「貴族っていいなー。お茶菓子出てくるもんねー」


「俺はひとりっ子だからだというのがあると思うよ」


 椅子に座りながら足をぷらつかせてうらやましがるサブリナに苦笑する。


 もしも兄弟がいれば養育費が余計にかかるので、その分の予算がほかから削られるはずだ。


「魔力にはまだ余裕がある?」


 メイドが下がったタイミングで俺は問いかける。


「さすがにへろへろー」


 サブリナはお菓子を食べながら疲れた顔を見せた。


「そうだろうね。軽く五十回は使ってたもんな」


 普通の人間なら三回くらいは魔力切れを起こしてるはず。

 魔力量からしてこのサブリナは化け物だ。

 

「いろんな魔法をいっぱい使えて楽しかったよー。大人たちの前じゃこうはいかないもんねー」


 とサブリナが珍しくというか、今日初めてネガティブな表情を見せる。

 

「ああ、やっぱり禁止されるんだ?」


 たしか王道的魔法を使うようにうるさく言われるのがいや、というのが彼女の設定だった。


「されてるとはちょっと違うんだけどねー」


 サブリナは答えながらお茶を飲む。

 これは正式に勧誘するチャンスじゃないだろうか。

 

 さっきのはその場のノリって感じが強すぎたからな。


「あそこでなら、好きな魔法を自由に使っていいぞ?」


「ほんと? やったー、ルークお兄ちゃん大好き!」


 サブリナは勢いよく抱き着いてくる。


「お、おう」


 彼女の小柄な体を抱き留めた。

 

「その代わりに俺が困ってるときは助けてくれたらうれしいなぁ、なんてね」


「いいよー」


 サブリナの返事は相変わらず軽い。

 だけど、異空間でのやりとりとは違って、今回のには手ごたえを感じる。

 

 口約束から正式な契約に変わった、みたいな?


「じゃあ秘密を共有する証として、コードネームを考えよう」


「おー? いいね、何かワクワクする!」


 サブリナはノリノリである。


「きみのコードネームは【トーレ】だ」


「りょーかい、ボス。これからトーレを名乗るね」


 サブリナはうれしそうに敬礼した。

 

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