第4話「知らない設定がいきなり」
こっそり家の自室まで戻ったとき誰とも遭遇しなかった。
「ここがそなたの部屋か。まあ悪くはないというところだな」
透明化を解いたウーノが率直な感想を言う。
「そりゃ侯爵家に従属してる末端の子爵だからな」
金なんてあるはずもない。
「ヒューマン社会はよくわからん。簡単な説明はないのか?」
ウーノの言いたいことは理解できる。
「正直、俺にとってもややこしいから、わかりやすい自信はないぞ」
と前置きしながら、自分の中でも整理するために話す。
「公爵、侯爵、伯爵が領主だったり、宮廷で地位のある強い貴族。子爵、男爵は彼らの補佐役だ」
よほど才覚と政治的手腕を兼ね備えた当主が出てこないかぎり、上位貴族の手下にしかなれないのが下級貴族の宿命だ。
「武人だったら手柄を立てて成り上がれるけどね」
武人としての能力と、領地経営の手腕は別物だろうなんて言ってはいけない。
この世界では報酬なんて爵位、土地、金銭、勲章くらいしかないのだから。
「あっ、上位貴族の子女との婚姻っていう、褒美に見せかけた囲い込み・罰ゲームも一応はあるのか」
うちにはずっと縁がなかったイベントだ。
せいぜい同じ侯爵に平身低頭してる仲間同士で婚姻関係を結ぶくらいである。
「何だそれは? 奇々怪々だな」
ウーノには訳が分からないんだろう。
俺だって情報を持ってるだけで、知識として理解してるわけじゃないから……。
「でウチはと言うと大昔に男爵家にしてもらって、祖父の代に跡継ぎがいない子爵家に入ったらしい」
そのときに世話になっていた寄り親の侯爵家の後押しを受けたので、より侯爵家にべったりになるしかなかったみたいだ。
侯爵にしてみれば自分の派閥を強化したかっただけだと思う。
子爵家になっても男爵の爵位も持ったままでいられるのがこの国のルールだから。
「ちなみに家が複数の爵位を持ってる場合、一番上で呼ばれるんだよ」
もし俺に弟がいれば、成人したときに男爵位を名乗れるだろうね。
ひとりっ子だからまとめて俺が受け継ぐことになる……破滅しなければ。
「なるほど、わかった気はするな」
ウーノは正直だった。
「とりあえずウチの寄り親があくどくて、政敵も多いから不安なんだよ。ウチは力的に使いつぶされる位置だから」
と説明をつけ加える。
側近ポジションの伯爵家だったり、パトロン的ポジションの某子爵家だったらまた違うかもしれないけど。
「ここからでもウーノの庭に行けるなら、いざとなったら逃げ込めばいいわけだ」
「うむ、いつでも来い」
ウーノは気前のいい返事をする。
もしもの際の避難場所ができたことで、ほんのすこしだけ安心した。
邪精霊の異空間に自力で侵入できるやつなんて、ゲームには存在していないはず。
だからこそ普通に主人公と戦ったんだろうし。
「確認だけど、俺に魔法の才能あるかどうか見たらわかるか?」
ヒューマンの家庭教師じゃあ無理でも、邪精霊であるウーノから見れば何かわかるかも、とちょっと期待する。
「うむ。そもそもこの世界に魔法を広めたのはわらわじゃからな」
知らない設定がいきなり出てきた。
邪精霊ならあり得ない話じゃないのかな?
「そうだったのか……できれば人目がないところでやりたいんだけど」
できれば子爵家の関係者にはそんなに強くないと思われていたい。
「陰の組織のボスってもしかしてルーク?」なんて疑わるのはリスクしかないからね。
「それならわらわの庭の花畑がないエリアでやればよかろう。わらわが稽古もつけてやる」
「ありがとう。そしてよろしく、師匠!」
願ってもない好条件だったので、彼女の両手を思わずに握って言う。
彼女の庭なら定期的にドゥーエにも会いに行けるから万々歳だ。
彼女は目を丸くしたものの、すぐににやりと笑う。
「なかなかいい響きだ。こちらこそよろしく、弟子よ」
俺はこうして頼りになる仲間だけじゃなくて、師匠もゲットした。
そしてさっそく親の目を盗んでウーノに稽古をつけてもらう日々がはじまる。
「たしかにそなたは魔法使いとして才能がない。と言うか、一部の能力が壊滅的だ」
俺の才能に関しては最初に一刀両断されてしまった。
魔法を使う才能は魔力を制御して事象に変換する技能、魔力を射出する技能、空間認識能力、射出したものを操作する能力、と言ったものが影響するらしい。
「ルークは後ろふたつがまるでダメだな。典型的な戦士タイプだ」
とウーノは断言し、落ち込む俺を見てすばやくつけ加えた。
「戦士と言ってもおおざっぱに魔力を飛ばせるし、斬ったものを燃やすくらいは修行すればできるようになるはずだぞ」
言われてみればゲームでもそんな技があったな、と思い出す。
俺が強くなれる道はそっちなのか。
まあ魔法使いより戦士のほうが耐久力はありそうだからいいかな?
魔法使い的な能力で言えば、ウーノより強いキャラなんていないまでありえるんだから。
「あのー、わたしは?」
ドゥーエは遠慮がちに手をあげ、小声で問いかける。
「そなたは素晴らしい才能がある。ヒューマンにしてはだが」
ウーノは絶賛するけど、知ってた。
セリアは剣士としても魔法使いとしても優秀なキャラクターで、ゲームでは仲間になって以降ずっと主要戦力になってくれる。
仲間になったのに弱体化せず、最後まで強いままなのは珍しいと話題になったくらいだ。
「よかった。強くなってルークのお手伝いするね」
とドゥーエはニコリと微笑みかけてくる。
「うん」
返事をしながら俺だって負けてられないな、と思う。
俺が作る組織なんだから、仲間に愛想を尽かされないためにも、ある程度の能力は必要になってくるに違いない。
破滅しないためにも頑張って努力を積み上げよう。
「魔力を集めれば武器も身体も強化できる。魔力を扱う基本だな。ふたりともこれが得意なのは幸いだ」
とウーノに言われる。
うん、基本ができないとなると、一気に無理ゲー感が増すもんな。
魔力をまとって剣を振るう。
ひたすら地道で単調な作業をくり返す。
基礎的な能力は地道にやらないと磨けないものだ。
「大したものだ。ふたりともよく続く」
ある日、ウーノに感心される。
俺の場合は生き残りたいって気持ちが原動力になっているだけだ。
日本人だったころのように、サボっても致命的な状況にならないという安心感があれば、きっと俺はサボってごろごろしている。
これについては自信がめちゃくちゃあった。
「がんばって組織を作らないと、生き残れる気がしないからね」
と俺は言う。
「わらわがいるのに、そなたが死ぬなどあり得んぞ?」
ウーノは不満そうだけど、彼女に頼って慢心するのは危険だ。
「なぜなら、敵は世界だから」
正確に言うと彼女の正体が発覚したとき、世界が敵に回る可能性が高い。
だからそれを阻止するためにも、陰の組織は必要なのだ。
世界を敵に回しても勝てとは言わないけど、世界の団結を邪魔する影響力は欲しい。
「ほう? 想定する相手はそれほどか」
「!! もっとがんばる」
ふたりはびっくりしている。
ドゥーエはともかく、どうしてウーノが驚くんだ?
この世界のほとんどと敵対してる邪精霊本人(?)なのに。
たしかに邪悪な感じはほとんどしないけど……。
古風なしゃべり方をする面倒見のいい見た目ロリ、中身お姉さんって感じだけど。
「仲間もふたりだけじゃ足りないと思うから、集めていきたいね」
そんな都合よく仲間になってくれる人と出会えないだろうから、俺のほうから探しに行ったほうがいいかな。
「組織と呼ぶにはせめてあと五人くらいは欲しいところだ」
というウーノの意見に俺も賛成である。
「現状だとチームと呼ぶのも苦しいからね」
三人しかいないんじゃあチームじゃなくてトリオだ。
「わらわの知己を紹介するか?」
とウーノが言う。
邪精霊の知己って誰だろう?
まったく心当たりがない。
邪精霊って魔王とかやばい連中に一方的に崇拝されてるだけで、関係者なんていないんじゃなかったっけ?
「俺たちと仲良くできそうならいいけど」
邪精霊がいる時点で言い訳は不可能。
いまよりも状況が悪化することなんてないから寛容な気持ちになれる。
「わかった。連絡をとるから会ってみてくれ」
「いいよ」
と承知しておいた。
ドゥーエも仲間が増えることに反対じゃないらしい。
強い仲間をどんどん増やさないと、みんな仲良く討伐されちゃいそうだからね。
「そうそう、ルークとは契約しておこう。そうすれば思念でいつでもわらわに呼びかけることができるからな」
とウーノに言われる。
そう言えば精霊と契約することで特別な絆が生まれるって説明はゲームでもあったっけ。
具体的な恩恵はわからずじまいだったけど、この世界ではありがたいかも。
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