第33話 お手軽な魔法

 到着したのはとても背の高い壁に囲まれた街だった。

 最初の街とは規模が違う。

 奥に見える尖塔に囲まれた城の距離が遠すぎる。

 車でも欲しいくらいの距離だ。

 

 ゲインが当たり前のように門番に挨拶し、並んだ列をすっ飛ばして城門をくぐる。

 ナイヤもそれが当然のようだ。

 ありがたいことに俺たちもそのご相伴にあずかった。


「彼らはナイヤ様のお知り合いだ」


 という一言で。

 薄々わかっていたけれど、この少女はどこか良い場所の家の出なのだろう。

 ただ、おんぶされた状態であることに誰も突っ込まないのは門番としてどうなのだろう。


「私たち、こっちだから」


 あまりの人の多さに圧倒されていると、ナイヤが申し訳なさそうにこっちを見ていた。


「これから、お父様に色々と話さないとダメなの」


 暗に、ここでお別れを告げられていた。

 無理に引き留めるのも悪いだろうと思いぺこっと頭を下げた。


「ここまでありがとうございました」

「い、いえ、むしろ私のほうこそ! 商品までもらってしまって」


 先にお礼を伝えると、ナイヤは戸惑った風にあたふたした。

 ゲインが微笑ましそうにそれを眺め、俺に何かを渡す。

 ピンバッジのような徽章だ。

 茶色く地味なもの。

 表には上皿天秤のイラストが彫られている。


「もし何か困ったことがあれば、力になるはずだ」

「貴重そうなものですけど……いただいていいんですか?」

「そちらのアルメリーの手助けのお礼さ。お嬢様を守れたんだ。安いものだ」

「……そういうことなら」


 俺はちらっとアルメリーに視線を送ってから頷いた。


「では、我々はここで」

「また、どこかで会えたら次はうちに招待しますね!」


 ゲインがナイヤの手を引いて道を曲がった。

 まるで親子のようだ。


「さて、と……ナギ、どうするの? 仕事受ける?」


 うちの仲間が早速そんなことを言い出した。

 疲れを知らないらしい。

 荷物を背負ったり俺を抱えて半日以上は走ってきたというのに、飄々としているのだ。


「とりあえず、簡単な魔法を覚えたいです」

「魔法?」

「ここに来るまでにアルメリーが火を熾していたでしょ? 冒険には必要だって言ってましたし。アルメリーはどうやって覚えたんですか?」

「私はギルドで教えてもらったよ」

「え? そんなの教えてもらえるんですか?」

「うん。簡単なやつなら」

「火魔法って簡単なんですか?」

「だって、腕に刻印を描いてもらうだけだし」

「お、おおっ……」 


 魔法ってお手軽だな。

 前の街では全然教えてもらえなかったけど、刻印を描くだけで魔法が使えるなんて最高じゃないか。


「じゃあ、ギルド行く?」

「行きましょう、行きましょう!」


 じんわり感じていた疲れも何のその。

 異世界で魔法を使える喜びに俺の心はウキウキと弾むのだった。

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