第32話 鉄くずを大事に

 ゲインはナイヤを背負い。

 アルメリーは俺を背負う。

 一時間以上は走っていた気がする。

 二組は森の中を併走しながら、一際大きな巨木の根元に到着した。

 とんでもない大きさで見上げても先端が見えないほどだ。


「申し訳ない。ここで少し休む」


 ゲインが額から汗を流しながら巨木の根元に背を預けて座り込んだ。

 ナイヤが近くに水場に布を濡らしてもどってきた。

 彼の汗を拭ったあと、太ももから流れた血も拭き取っている。

 平気な顔をしていたが、ゲインもかなり疲労しているのだろう。

 それでも泣き言一つ漏らさないゲインと、甲斐甲斐しく何かをしようとするナイヤに感心する。


「ナイヤとゲインは主従関係?」


 アルメリーが一人涼しい顔で尋ねた。

 本当に体力がすごい。彼女だけは汗もかいていない。


「そうだけど、ゲインは私の叔父なの」

「叔父?」

「私のお母様の弟にあたるの」


 ナイヤはそう言ってから、また布を洗いにいった。

 その背中を見つめたまま、ゲインがあとを引き継ぐ。


「お嬢様は産まれた時から知っている。自由奔放な俺の姉に似ず、昔から落ち着いた方だ」

「どうして追われてたの?」

「わからない。隣町まで商品を仕入れた帰りに急にな……現地で雇った護衛はほとんどが逃げ出してしまって役に立たなかったし」

「え? ナイヤは商人なの?」


 アルメリーが目を丸くした。


「その見習いだな。今回の仕入れで商人としてやっていけるかの目利きを旦那様が判断なさる予定だった」

「ほとんど盗られちゃったけどね……ゲインが無事で良かったけど、積み荷は大事な物以外は全部ダメになったの」


 ナイヤが戻ってきて悲しそうに目尻を下げた。

 そして、背負っていた皮のバッグを大事そうに下ろす。

 ガチャガチャと何かがぶつかり合う音が、もの悲しく響く。


「でも、これだけ価値のあるモノならお父様もきっと……」


 ナイヤがわずかに口角を上げた。

 バッグの中から出てきたのは、小さなナイフ、金属の輪が三つ通ったネックレス、光沢のある金属製の器と小型の燭台だ。


「へぇ……ナイヤ、自分で選んだんだ。すごい……」


 心の底から感心したように声を漏らすアルメリー。

 彼女は壊さないよう恐る恐る燭台を手に取り、前から見たり後ろから見たりと色々角度を変えた後―― 


「私には全然価値がわかんないや」


 少し照れくさそうに頬をかいて、ナイヤに燭台を渡した。

 俺もそうだろうな、と思う。

 芸術品の善し悪しなんて、素人の俺たちにわかるはずが無い。

 でも――


「俺にも見せてもらっていいですか?」

「もちろん! 感想とかもあれば聞かせて」


 ナイヤがにこりと微笑んで大事そうにネックレスを手渡した。

 少し錆びた古そうな金属製だ。

 

 俺は――じっと目をこらした。

 実はもう見えているのだけど、近づいて、その表示が変わらないかの確認をしたかった。

 結果――


 ――鉄くず


 《強感力》の何というざっくりした名前の分類。

 もう少し言い方があるだろうに

 錆びたネックレスとか――


「……ありがとうございます。歴史を感じるモノですね」

「わかりますっ!? そうなの! このどっしり何かを伝えてくる感じが! お父様もいつも、逸品は手に取り目で見たときに何かが伝わってくる、って言ってるの! きっとこういうモノを言うの」


 ナイヤの純真な笑顔が痛い。

 ただ、これは彼女の試験らしいので余計なことも言いづらい。

 というより期待をぶち壊してしまうので言えない。

 ワンチャンで、鉄くずに価値がある場合もある。


「他のモノも見せてもらっても?」

「どうぞ、どうぞ!」


 小型のナイフ。錆びていてそもそも鞘から抜けない。

 ――鉄くず確定。


 金属製の器。

 ――鉄くず。


 燭台。

 ――鉄くず。

 

「……ありがとうございます。どれも似た気配を感じますね」

「ナギさん、すごい! 私と同じ感想!」

「はは……それは……良かった」


 丁重にナイヤに商品を返した。

 この子は本当に商人としてやっていけるのかとても不安だ。


「あの……ゲインさんは商売のことは?」

「俺はからっきしだな。子供のころから腕っ節だけの男なんで」


 頬をかいて苦笑いしたゲインは、ナイヤをまぶしいものでも見るように目を細めた。


「お嬢様は数多の商品からほとんど直感で選んでおられた。俺には到底できないことだ」

「この子たちは何かを私に訴えてきたの。今回こそ、この四品できっと合格してみせる!」

「……何度か挑戦してきたのですか?」

「うん! これで3回目よ」

「ちなみに……1回目と2回目はお父様は何と言ってたのですか?」

「それは……話にならない、って一言だけ。でも、ほとんど見てなかったの! 本当よ!」

「その時も自信の品だったんですよね?」

「もちろん! 遠い街の路地裏で会ったお爺さんが『前時代の神が作った器』って言ってたお皿も出したもの」

「な、なるほど……」


 話を聞くほど気の毒になってきた。


「きっと、お父様は私を商人の道に進ませたくないの……いつも反対なさるもの。でも、絶対負けない」


 ナイヤの瞳の奥で闘志が燃え立つようだ。

 わずか10歳そこそこでこんなに目標があるのはすごいと思う。

 ただ――

 彼女のバッグにあるのは、鉄くず四点セット。

 何度やってもダメだろう。

 俺はアルメリーが運んでくれているリュックの中から、《喚び魔の笛》を取り出した。

 一度吹いたところ、謎の生き物が現れたと思われるアイテムだ。

 今は金色のオーラが消えて、残りかすがわずかに付着している状態。

 でも、名前は《喚び魔の笛》のままだ。

 木くず、ではないので、鉄くず四点セットよりは価値があるだろう。


「これもついでに持っていってください」

「……これは、笛?」

「拾いモノですが、俺が何かを感じたもので、ここまで持っていました」

「いいの?」

「俺が持っているより、ナイヤさんの方がうまく使ってもらえるかな、と」

「私が持つと、売ってしまうかもしれないけど」

「構いません。でも、できればさっきの四品と一緒にお父様に出してみてください。少しはマシ、い、いえ……ほんの少しいい結果になるかもしれません。俺も陰ながら応援しています」

「あ、ありがとう!」


 ナイヤが笛を受け取った。

 金属のモノと比べてかなり軽いそれを、大事そうにバッグにしまった。


「お嬢様、そろそろ参りましょう。夜になる前に」


 話の区切りで、ゲインがゆっくり立ち上がった。

 またナイヤを背負い、俺もアルメリーに不格好ながら背負われる。


「さあ、行くぞぉ!」


 アルメリーのかけ声を合図に、二組四人は森の中を高速で移動し始めた。

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