第15話 迫る刻限

 目を覚ますとアルメリーはいなくなっていた。

 部屋に戻ったのだろう。

 それより問題は――


『調子はどうかしら?』

「最悪ですよ」


 朝一番はそんなやり取りから始まった。

 思わず叫びたい衝動に駆られる。

 頭の中に直接語りかけてきた黒の創造神セレリールは、「動ける?」、「歩ける?」と何度も確認する。

 その理由は言うまでもなく昨夜の祝福のせいだろう。

 副作用付きの祝福を押し売りされて気分がいいはずがない。


「うぇぇっ……」


 洗面所に行って思いっきり吐いた。

 胃の中が空に近かったのでまだましだが、とんでもない目まいと体のだるさだ。

 一歩踏み出す度に視界が揺れるのなんの。


『神の祝福は存在に干渉するからね。昨日のナギとは一味違う、みたいな?』

「……とりあえず殴りたいです」

『まあまあ、私も似たような感じなんだって』

「似たような感じ?」

『うん……うぅえっ! もう限界かも……溜めた力全部使ったから……ほんと気持ち悪い』

「貧弱な神様なんですね」

『ほんと……嫌になるくらいね』


 全然否定しないところが悲しい。

 なぜ異世界に来て、朝一から嘔吐に襲われなくてはいけないのか。

 荒い息を吐きながら、元凶に毒を吐く。


「祝福を受けて、俺はどう変わったんですか? 嘔吐スキルとかいらないですけど」

『手短に言うと、器が広がったわ』

「器? 何ですか、それ」

『魂の許容量かしら。これ大事よ。まあ、説明しても実感がわかないでしょうから、今は持ってる力を鍛えて。私も限界だし、しばらく寝るから』


 それだけ言ったセレリールは突然音声を切った。

 いや、切れたと言った方がいいかもしれない。

 なんて不親切な神だ。

 ただ、どっちにしろ、俺も本当に限界だ。



 ◆◆◆



 再び目を覚ましたときには朝になっていた。

 一日半寝ていたことになる。

 首を回すと、目の前にアルメリーの顔があった。

 ベッドの端に顔だけ見えている。

 床に座ってこっちを見ていたらしい。


「お、起きた?」


 声を震わせるアルメリーは瞳にうっすら涙を浮かべた。


「今、起きました。いつからそこに?」

「良かった……ほんとに良かった……私、死んじゃったのかなって心配で。私が悪いことしたから罰が下ったのかなって思って……」

「罰? いや……さすがに寝ただけで死ぬのは嫌かな」


 ぐすぐすと鼻を鳴らすアルメリーは「良かった」と何度も口にする。


「大丈夫です」


 ささくれ立っていた心が落ち着いていく。

 彼女に元気さをアピールしつつ、立ち上がってのびをした。

 体は凝り固まっているが、昨日のような、めまいは消えていた。


「とりあえず、ガダンさんとミコトさんに挨拶に行かないと」


 泊めてもらっていきなり眠り姫のような状態とは申し訳ない――


 と思っていたのだが、ガダンさんはとっくに不在で、ミコトさんは「疲れが溜まってたんでしょうね」とそれほど気にした様子もなかった。


 異世界おそるべし。

 それなら早速アルメリーと二人で薬草採りに出発だと意気揚々と出かけたのだが、一つ大事な約束を忘れていたのだ。


 ――ギルドにやってきた。

 ちょっと拗ねたような顔の受付のナユラさん。今日はピンク色の髪を後頭部の高い位置でまとめていて、とてもアクティブな印象である。

 空気はよそよそしいけど。


「昨日、ギルドで待ってますってお伝えしたのに」


 ぷいっとそっぽを向いて頬を膨らませる。

 その様子を見た男たちの会話がここぞと盛り上がる。


「ナユラちゃん、今日もいいなあ」

「俺の専属になってくれるなら全財産あげてもいい」

「お前の財産ってぼろい装備と借金だけだろ」

「もっと怒らせろ、新米野郎」


 ナユラさんは聞こえていないのか完全にスルーしている。

 俺は「すみません」と謝ってから正直に「寝てました」と続けた。

 彼女の眉がぴくんとはねた。


「ね、寝てたって言いました?」

「はい。疲れ果てて起きられなくて」

「一日以上も?」

「ええ……」


 困惑顔のナユラさんに、今度はアルメリーさんが詰め寄る。


「ナギは、ほんとにぼろぼろだったの! 信じて!」


 カウンターを力強く叩いて青い目を見開く仲間。

 別にぼろぼろになった記憶はないけど、説明しても信じてもらえないと思うので黙ってうなずいておく。


「ま、まあ……私は別にナギさんが嘘を言ってるとは思ってなくて……今日は……お体、だ、大丈夫なんですか?」


 こほんと咳ばらいしたナユラさんは気まずそうに上目遣いをしてくる。

 アルメリーさんに小声で「ありがとう」と伝えてから、俺は力強く頷いた。

 

「もちろん。治ったので今日も薬草採りに行きたいと思ってます。依頼はありますか?」

「薬草採りはギルドの仕事の一つで、依頼ではないんです。なので、自由に採って納品してもらえればそれで報酬が渡せます」

「なるほど。じゃあ、早速行ってきます」

「あっ、ちょっ!?」


 背を向けたときにナユラさんが何かに気づいたような声が聞こえたが、構わずアルメリーの手を引いてギルドを出た。

 薬草の見分け方を根掘り葉掘り聞かれていたら、全然訓練ができないのだ。

 残念ながら残された時間はあまりない。

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