第12話

 8月も終わりが近付き、花火大会や夏祭りは殆ど終わってしまっている。今日は、地元で残り少ない夏祭りに行く予定だった。


 メンバーは塾のAクラスの子達とだ。正直、僕は乗り気じゃなかった。昨日も涼ちゃんと悠人のイチャイチャを見せつけられ、その残像が頭に残っている。僕は涼ちゃんに会う以外で何かをする気力が無くなっていた。好きだったサッカーの試合を見るのも、新しく買って貰ったレーシングゲームも、毎年将吾と行っていたプールも、お祖母ちゃんから送られてくるスイカも、僕の気分を変えてくれなかった。


 それでも行く気になったのは、涼ちゃんがおしかしたら夏祭りに来ているかもしれないと思ったからだ。浴衣姿の涼ちゃんを見てみたい。それに今日だったら邪魔な悠人は居ない。と、このチャンスに賭けようと思った。


 僕達は塾の前で集合する。そこから皆で歩いて夏祭りの会場に向かう。


「ごめん、遅れちゃった」


 集合時間は17時。この時期になると、日も短くなってきている。オレンジの空が街を照らしている。 


 僕は17時15分に塾の前に到着した。到着するように来た。


 当日でも行きたい気持ちと行きたくない気持ちが半々で、遅刻して行けばメンバーは僕を置いて先に行ってしまうかもしれない。もし彼らが行ってしまっていれば、僕は行かない。という賭けを1人でしていたのだ。


「もう~、淳史くん遅いよ。早く早く」


 他校で一番の秀才の由美ちゃんが言う。


「淳史、ほら行くよ」


 クイズが好きで、大人の大会にも参加している良樹。


「よし、じゃあ行こう~」


 ちょっと前までバドミントン部でキャプテンをやっていた朱里ちゃん。


 彼らは待っていた。待ってしまっていた。


 彼らは優等生で善人だ。それが裏目に出た。もしこれが悠人達だったら、確実に僕を置いて行っただろう。それどころか僕の存在すら忘れていたかもしれない。どうして僕の人生はこうした二択でいつも失敗するように出来ているのだろう。


「夏祭り楽しみだな~」


 このメンバーで一番の古株である大友が言い、僕らは歩き出した。夏祭りは山沿いの神社で開かれている。国道沿いを歩いていると、祭りに行くらしき人達の姿が見えた。家族連れ、浴衣姿の女子グループ、高校生くらいのカップル、うちわを仰ぐ老夫婦。


「ああ~、もう夏も終わりだな~」


「だね。今年の夏は勉強づくしだったな。花火大会は1回行けたけど」


「えっ、良いな~。私行けてないや。お母さんが来年も行けるでしょって、受験は今年しか無いのよってうるさくて」


「ああ、ウチの親もよく言うなあ。1日くらい勉強しなくても結果は変わんないってのにさ。なんか自分達より親の方が焦ってる気しない?」


「それは言えてる。なんかそれが伝わって逆にプレッシャーなんだよな。あれなんでなんだろな?」


「う~ん、やっぱり自分達が後悔してるからじゃない? もっと勉強して、もっと良い高校・大学に入って、もっと良い会社に入っておけば良かったって。ってことはやっぱり受験とか勉強って大事なのかな」


「かもね。ていうか僕達はまだ15歳でさ、この年齢で人生を決めないといけないっていうのが難し過ぎるんだよ。そんなの決められるわけないじゃん、人生や社会のことはおろか、自分のことだってイマイチよく分かんないのに」


「でも昔はもっときつかったんだよね。私達くらいの年齢で結婚したり、戦争に行ったり、王様になったり。だから恵まれてるのかもしんないよ? 選択肢があるだけ」


「いやいや。昔の価値観を引っ張ってきても意味無いよ。俺達は今、この時代を生きてるんだからさ」


「ね、淳史君もそう思うでしょ」


「うん、そうだね」


 涼ちゃんのことはずっと頭にある。けど、こうして皆と歩いていると少しずつ気分が紛れてきた。何となく、ちゃんと青春をしている感じだ。同級生の子達と、受験の話をして、答えの無い疑問に愚痴を言って、自分達の自由を主張している。


 思えば、男女で夏祭りに行くなんて小学生以来だった。中学生になってからはやけに女子を意識するようになったから、一緒に何かをすることがめっきり減った。思春期とは面倒だ。ただその反動でたまにあるこういう機会が煌めいて見えるのだけれど。


 此処に居る皆は、僕のことを馬鹿にしない。虐めのことも知らない。対等な関係だ。


 僕は、中学校の奴らに対して優越感を抱いていた。いつも僕を見下して、見過ごしている奴らに対して。その奴らの大半は、同性同士だけで祭りに参加しているか、夏祭りなんてつまんねえとか言って、本当は興味があるのに行かなかったりするのだ。子供じみている。


 そう考えると、気分が回復してきた。中学では底辺の僕が中学を離れればこんなに青春を謳歌している。


 今までの僕は、小さな世界に固執してしまっていたのかもしれない。人は多くの人と関わり多くのコミュニティに在籍する。家族・学校・部活・塾・インターネット。その中で1つや2つ上手くいかなかったからと言って、自分を卑下することはない。自分のことを認めてくれる人達と一緒に居れば良い。そう思えた。中学なんてクソだ。


「僕さ、屋台の雰囲気が好きなんだよね。フランクフルトは絶対食べたいな」


 僕が言うと、皆がこっちを見た。


「おお、どうした。なんかやる気出してんじゃん、淳史」


「言ってることメッチャ分かるよ。私はリンゴ飴かなあ~」


「僕はベビーカステラ一択だな。20個入りを買いたい」


「私は食べ物より金魚救いとか射的がしたいな。ああいうのって祭りの時しか出来ないじゃない?」


 由美ちゃんの言葉に反応したのは朱里ちゃんだった。


「こら、由美。アンタがそんなこと言ったら私が食い意地張ってるみたいになるでしょ」


「えっ。いや、そんなつもりは無かったんだよ」


 じゃれ合う2人は赤の良い姉妹みたいだ。


「じゃあ俺達は何かで勝負しようぜ。スパーボール救いでも、くじ引きでも良いからさ。負けた奴はジュース奢りな」


「良いね」


 僕が返す。


「乗った。でも大体こういうの負けるの大友じゃない? 大丈夫?」


 良樹が返す。大友がこの中では一番成績が悪く、その割にテストの時に勝負を挑んでくる。大半負けてジュースやお菓子を奢らされていた。


「バーカ。ここ一番では勝つんだよ。見てろよ?」


 このメンバーと居るのは居心地が良かった。誰も気を遣わず、公平で、安らぎを与えてくれる。もういっそ、涼ちゃんのことは忘れてしまおうか。ここでは僕は穏やかで平穏に生きられる。涼ちゃんさえ僕の生活から切り捨ててしまえば、僕の人生は一気に明るくなるのではないか。


「塾の誰かと会うかな」


 大友は頭の後ろで手を組んでいる。


「さあ。もしかしたら会うかもね」


 朱里ちゃんは女子だけど手ぶらだ。


「なんか会ったら恥ずかしいよね。男女だし」


 由美ちゃんは僕と同じでまだ恋愛経験が無さそうなことを言う。小さなカゴバックを持っている。


「ちょっとね。もしかしたら先生の誰かと会うかも」


 良樹はポロシャツ姿。掌サイズの扇風機を顔に向けている。


 先生と言われて僕が思い浮かべたのは、やっぱり涼ちゃんだった。涼ちゃんはどんなとこからでも僕の思考に侵入してきて占領していく。


 涼ちゃんを何とも思わなくなれれば、どんなに楽だろうか。涼ちゃんを忘れるという選択肢は、すぐに僕の中から消え去ってしまった。



「うわっ、すげえ人」


 会場に着くすぐ手前で、大友が言った。


 夏祭りは、神社からその付近の住宅街に広がって開催されている。屋台は橙色の照明で照らされている。LEDがどれだけ普及しても、屋台の照明はこれじゃないと雰囲気が出ない。


 頭上には同色の提灯。知らない人や町内会、会社の名前が書いてある。誰が、どういう居順でこの提灯を選んでいるのか、前から疑問だった。


 わざわざ取り付けられたスピーカーからは、日本舞踊的な、笛や太鼓の音楽が鳴っている。この音楽が祭りの空気を一層引き立てるのだ。


 僕は人混みや集団行動が好きじゃない。それでもこの雰囲気は好きだった。夏祭りの夜は、何かが起こりそうな気がするのだ。それはきっとドラマの見過ぎでしかないのだろうが。


 小学生の頃僕はいろはちゃんという女の子が好きだった。そのいろはちゃんが僕を連れ出し、人気の無い場所で告白をしてくる。僕はその告白に戸惑い、恥ずかしながらもOKする。僕らは手を繋いで屋台の間を駆け抜けて行く。……という妄想を、繰り広げたものだ。


「あっ、私あれ食べたい。綿菓子」


 そう言ったのは由美ちゃんだった。


「結局アンタが一番に食べようとしてんじゃん」


 朱里ちゃんに突っ込まれる。由美ちゃんは照れ笑いしていた。


 僕らは夏祭りを満喫していく。僕が愉しみにしていたフランクフルトに、鶏の唐揚げ、エッグたい焼き、焼きそば、チョコバナナ。屋台のおじさんはやたらと大きな声で客寄せしている。きっと普段は建築会社や工事会社で肉体労働をしているのだろう。肌が黒く、ガタイが良く、厳つい。

「おい、あれで勝負しようぜ」


 僕達男陣の勝負は射的に決まった。3人で一斉に撃って、一番得点が高い奴が勝ち。負けた者は女子の分のジュースまで驕るという条件が付け加えられた。朱里ちゃんが「男だったらそれくらいしなきゃね」と強引に決めた。


「3人共頑張って~」と女子の声が飛ぶ。僕は満更でも無かった。女子から応援されるなんて、中学に入ってから無かったからだ。


 中学で女子から応援されるのは、決まって悠人みたいな部の中のエース格や、クラスの中心人物、あるいはイケメンだけだ。


「じゃあ1発目行くぞ?」


 パンっ、パンっ、パンっ。


「よっしゃ、当たったぜ~」


 一番得点が高かったのは大友。僕が5点、良樹は0点、大友が10点だった。「よし、幸先の良いスタートだぜ」と大友はガッツポーズする。良樹は「うわあ、ヤバイヤバイ」と焦った。


 2発目。パンっ、パンっ、パンっ。


 僕は10点を命中させた。良樹も10点。何と大友も10点を撃ち抜いていた。これで点数は僕が15点で、良樹が10点、大友が20点となる。


「えっ、大友1位じゃん。やるじゃん、応援してるよ」


 と、朱里ちゃん。僕は実はこの2人は互いに好き同士なのではないかと見ている。僕からすれば2人はお似合いだ。


「淳史君2位だね、頑張って」 


 由美ちゃんが僕に言う。


 ここだけの話、由美ちゃんは僕のことが好きなんじゃないかと思う。由美ちゃんは僕と話す時いつもすぐに目を逸らすし、時折頬が赤くなる。塾でも、英語のことを一番聞かれる。由美ちゃんの方が成績が良いのにも関わらずだ。


 僕はその由美ちゃんの好意に気付かない振りをしている。だって僕が好きなのは涼ちゃんだから。


 悠人のことは大嫌いだし、殺したいし、死んで欲しいけど、1つだけ意見が一致している。それは大人の女が良いということだ。比べるとやっぱり、涼ちゃんは知的で包容力があり、それに色気がある。申し訳ないが由美ちゃんの期待には応えられないのだ。

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