『不安がりな少女と楽天的な少年』

小田舵木

『不安がりな少女と楽天的な少年』

 天気予報が外れた。私は傘を持ってきていたが、役に立つことはないだろう。

 見上げればあくまでの晴天。人の言うことはアテにならない。

 これは仕方のない側面もある。天気予報というのはある種の予言なのだ。数多の要素が絡み合う地球というカオスに対する予言。それが天気予報。当たらなくたって恨み言を言ってはならない。

 

 その一方で。私の母の予言はよく当たる。

 ―アンタ、今日、宿題を忘れてとんでもない目に合うわよ。

 …この予言は当たった。昨日のことである。一応気をつけてはいたが、やった宿題を机の上に忘れてしまった。

 

 私は空を見上げながら、考える。なぜ私の母は私の未来を予言出来るのだろうか?

 答えは単純なのかも知れない。

 占いと同じなのではないか?要するに普段の私の行動パターンからの類推。

 後はふわっと未来に対してその類推を働かせれば良い。


 私は自分の行動パターンが把握されてしまってることに恥ずかしさを覚える。

 私ってそんなに単純な人間なのだろうか?と。

 一応は多面的かつ複雑な人間のつもりでいるが。それは主観的な判断だ。客感的に見れば私は単純かつ明朗な人間なのかも知れない。

 

 歩く通学路。その先には高校。

 私の生活は無限の変数が絡んでる。それはカオスみたいなものだ。

 それを予測して動いていくのは不可能に近いが。

「あーあ。未来を予測出来たらな。予言とかしてみてぇ…」つぶやき。誰かに向かって言ったわけではない。ただの願望の垂れ流しだ。

「そりゃ無理だ」誰かが頭の後ろで応える。

「無理だろうけどさ。先の見えない未来は不安で仕方ない」私は返す。振り向きながら。そこには彼が居る。私の想い人。弦野げんの要一よういちが。

「未来は不定だからこそ、自在に可能性を当てはめられる」彼は言う。得意げに。

「自在に、ってのは言い過ぎでしょう。可能性なんて大抵一つか二つしか持ってない。少ない手札をえて切るしかない」

「その駆け引きが楽しいんだろうが。少ない手札でいかにやりくりするか。ゲームとしては高級だ」

「高級なゲームね。それ人生かかってるかも知れないんだよ?」

「人生なんて。ゲームと変わりゃしねえよ」彼はニヒルと言うか。シニックな人生観をお持ちのようだ。高2病かしら?

「それだけ人生楽しめるのは羨ましい」私は言う。私は人生を楽しむ余裕なんてありはしない。

「そりゃお前が悲観的で未来志向だからだ。まるでうつ病患者。そういうのは病む原因だ。今を見ろ、今を」

「今ねえ。とりあえず。天気予報に騙されて傘持って来て後悔してる」

「傘。お前、出る前に空を見なかったのかよ?こんな晴天に雨なんて降るわけがない」

「…自分の目より天気予報の方がアテになんのよ」

「そういうトコロだぞ、陽子ようこ」陽子。私の名だ。弦巻げんまき陽子。

「まったく。私の周りには預言者がいっぱいだ」私はため息をつく。

「預言者、ねえ。別に大した予想はしてないがな」


 私と彼は連れ立って学校へと進んでいく。これも予測は出来なかった。

 

                   ◆


 未来は不確定だ。数多の可能世界が折り重なって私の眼の前に提示される。

 その中で最適解を選び続ける事は不可能に近い。愚かな人類たる私は毎度のこと間違う。そしてそれを周りに予測されてしまう。

 馬鹿なのではないか?そう思う。私は賢くない。人生というゲームのプレイヤーとして。

 負け続ける事が決まったギャンブルに毎度いどむ私は。胴元―神という名前かも知れない―の良いカモだ。

「生きるのが急に面倒臭くなってきたなあ」私は隣の席の要一に言う。

「お前は悲観的に過ぎるぞ。もっと楽天的に生きろ」要一は笑顔で言う。

「楽天的ねえ。そんなバラ色の未来を期待できるほどの人間じゃない訳よ」

「バラ色の未来じゃなくても、人生はそれなりに楽しめるぞ?不確定な未来は楽しいじゃないか。自分の予想を常に超えてくる」

「それが嫌なの。私は常に準備しておきたい訳。大した人間じゃないから」

「準備ねえ。たかが知れてる」

「そう?」

「未来は不確定。それに対する準備なんて常に失敗するに決まってる。もっとアドリブで生きろよ。陽子」

「アドリブの引き出しが貧弱な訳。私は台本渡されてないと何も出来ない役者なのよ」

「ブックは破られてこそ。芝居にはその場の雰囲気というモノがある」

「要一は良いわね。そういう機転が効くから」

「ん?機転なんて効かないぞ?ただ。与えられた状況を悲観しないだけ」

「…私はどうせ悲観的だわよ」

「俺はお前にニコニコしてて欲しいんだけどな。いつも不機嫌そうな顔してるじゃないか」

「まるで何かに怯えたみたいにね。うん。私は未来に怯えているのよ」

「どうせすぐ来るものなのに?」

「そう。私は常に迫りくる未来が怖い。その中でもがき苦しむ事が目に見えてるんだから」

「…元気だせよ。陽子」要一は頭をポンポン叩く。子どもの頃と一緒だ。彼はこういう癖がある。慰めたがりなのだ。

「出ねえ。アンタの頭ポンポンはどこか安っぽい」

「減らず口叩くなあ」

「この何に対しても減らず口を叩くのが私のトレードマーク」

「可愛げのない女だよ、陽子は」

うるさいわね」

 

                   ◆


 カッサンドラ。予言をする悲劇の女神。

 私はカッサンドラになってみたい。彼女よろしく未来を見てみたい。例えそれが悲劇的なものであったとしても。

 カッサンドラは悲恋の女神でもあるけどね。

「私はカッサンドラになりたいよ」私は要一に言う。

「誰にも信じてもらえないけどなあ」

「いいじゃない。それでも未来を見て生きたい。そしたらこの不安も何処かに吹き飛ぶ」

「ネタバレありの人生なんて詰まんねえだろ。カッサンドラもアポロンへの失恋を読み取って絶望したじゃんよ」

「それでも未来に対する不安なんて感じてなかったんじゃない?」

「どうだろ?でも確定した未来に不安を感じる事は出来るよな?」

「そう言われると…そうだけど」

「ネタバレなんてよくねえ。人生は袋とじなんだよ」

「またおっさん臭いたとえするわね?」

「表紙は見えるが―中身は切って見てみるまで分からない。そこにワクワクがあるんだな」

「私はゲームとか小説とか調べた上で楽しむけどね。予定調和。予測ではないけど」

「無粋な真似をするなあ」

「それくらい見えない分からない何かが怖い」

「怖がりにも程がある」

「チキンガールって呼んでくれて良いわよ」

「このクソチキンめ」

「はいはい。呼んだ?」

「…陽子は臆病だなあ」

 

                   ◆


 私は不確定な道を歩く―ってもただの帰り道。隣には要一。昇降口で出くわして一緒に帰ることにしたのだ。

「ヘイ、チキンガール?」要一は私を呼ぶ。

「ハァイ?何?」


「俺と一緒なら…未来は怖くなくなるか?」


「いきなり何を言い出すのよ?」

「いやあ。お前は一人だと色々未来を悲観しすぎる。俺が居れば―少しは楽天的になれるかも知れない」

「…これは告白?」私はドキドキしてしまう。

「かもね。俺は…お前を好きなのかも知れない」

「かも知れないって何?」

「減らず口を叩く陽子に辟易へきえきしているのも事実だが。放っとくこともできそうにない」

「ずいぶん条件がつくわね。止めといたら?」思いとは裏腹な言葉。

「…ううん」悩み始める要一。ああ。ミスったな。

「私は。この通り何でも悲観する女よ。貴方あなたの対局の存在が私。そんな私と一緒になったところで幸せになれるかしら?」

「…それは思うな。俺と陽子は考え方が対象的だ。だが、それだからこそ俺は陽子から得るモノがあるかも知れないし…何より陽子を助けてやれるかも知れん」

庇護ひご欲?それは同情なのかしら?それだと私は惨めったらしい気分になるわよ」

「いいや。対等でありたい。未来に悲観する陽子とチームを組んでみたい」

「…今。私は貴方から見限られる未来を見ている」そう。要一が悲観する私に飽き飽きして捨てる未来を予見している。まるでカッサンドラみたいに。まあ、根拠のある想像ではないけどね。妄想の域を出ない。

「そんな未来。俺が変えてやる。とことん楽天的な人生を思い描いて…実現して。お前を幸せにしてみせる」要一は決心して言ったみたいだ。

「…結婚するみたいな物言いね」

「結婚までは遠いが。その一歩を今日、この場で歩みだす。俺は楽天家だ。きっとうまく行くと信じてる」

「信じる…か」私には出てこない発想。。それは盲信に似る。ないものを信じ、突き進む。それは楽天家だけに許された未来。予言。その予言は暖かくて心地良い。

「お前にも信じてくれとは言わない。だが、隣にいる俺は信じ、お前を引っ張っていく」

「だから俺に付いてこい。うん。要一らしい告白」

「なんだよ。俺らしいって」

「楽天家だなって事。私には真似出来ない」

「さ。返事を聞かせてくれよ」

「そうね―」

 

                   ◆


 私達は一緒になった。高校2年生の時の事。

 私の不吉な予言は当たらず終いだった。私達は進学をしても一緒だった。そしてそのまま、社会人になった。私も彼も大学を出てサラリーマンになった。これも予測はつかなかったな。


「未来はホント予測が効かないから嫌になる…まさか転勤になるとはね。私。そんなに優秀でも無能でもないつもりだけど」

「…参ったよなあ」目の前でビールをあおる要一は言う。彼が弱気な言葉を吐くなんて珍しい。彼はいつも全ての現象に楽天的にあたるのだ。

「これからどうしよっか?」私は言う。付き合いの事だ。私の転勤先はかなり遠く。遠距離恋愛できる範疇はんちゅうを超えているのだ。海外ではないけど。

「俺は別れたくねえ。こんなの俺の未来予想には入ってなかった」

「どっこい。人生は予想も出来ないファクターで変わる。うん、カオス。だから予想がつかない。嫌になる」

「それを楽しみ倒して―これよ。神様も無粋な事をしやがる」

「…いっそ結婚して仕事やめようかしら?」私はそっと提案。

「でも陽子。お前はかなり苦労して今の会社に居る訳で」

「…なのよねえ」悲観的な私は悲観的な未来を描かずに済む優良企業になんとか滑り込んだのだ。

「陽子が会社を止めずに済む方法…ないよなあ」

「転勤ったら、私、会社に居られなくなる」

「…俺の方が転職するかあ?陽子の転勤先で」

「止めときなさいよ。アンタもいいトコ居るんだし」

「ああ。参ったぞ。配られたカードが悪すぎる」

「手札は一見なんでもあるように見えるけど。実際場に出せるカードは限られている…」

「これはインチキするしかあるまいて」要一は悪い顔をしだす。

「インチキ?要一、貴方にそんな器用な真似出来るかしら?」

 

                  ◆


 要一の言うインチキは―下世話な話だが。コンドームを外してセックスすることだった。

 私はそのインチキに笑いをこらえる事が出来なかったが―まあ致した。

 ここで予測不能な未来は牙を向いてきた…


 そう一発でデキてしまったのだ。

 

「妊娠してんじゃないのよ?」私は要一に言う。

「はは。勝った勝った。これで転勤位は流せそうじゃないか?」

「就職してすぐに妊娠する馬鹿は会社からはぶかれかねない」

「そんなの不当解雇だっつうの。とりあえずは休職出来るぞ」

「んで。アンタと結婚する訳ね」

「おう。これが俺の未来予想図」

「アドリブが効きすぎ…と言うか運任せ過ぎ。何考えてんのよ?」

「楽天的な未来。俺は悲観的な人生をそのまま生きるほど諦めが良くない」

「にしたって。強引な手を切ってきたもんよ…」とか言いながら私は喜んでいたのだ。会社での立場は最悪になりつつあるけど。


                   ◆


 就職したてでロクに貯金をしていなかった私達は式を挙げずに書類だけ役所に提出して家族になった。

 …私が完全に予測できなかった未来。でも、要一が楽天的に予測した未来。

 私達はそこに立って。また新しい可能性にまみえようとしている。


 子どもだ。

 これは本当に予測がつかない。この子の未来はどうなっていくのか。

 私は膨らんできたお腹をさすりながら思う。

「そう悲観的になりなさんな。お腹の子どもに悪いでしゅよ〜」要一は私に言う。

「とは言ってもねえ。これ私にも貴方あなたにもどうしようもないから」

「だからこそ。俺達が居るんじゃないか。未来なんて分からないけど、側には居てやれる。俺達が生きてる限りはな」

「私達が死んだ後は―」

「そんなもんは当人に任せるしかないだろ」

「あああ。不安だなあ…」

「大丈夫。なんとかしかならないって。今までもそうだったろ?」

「アンタは楽天家パワーで何でも捻じ曲げる。あるしゅ予言よりも恐ろしい」

「はっはっは。これが俺の渡世術よ」

「頼りになるんだかならないんだか」

 

                   ◆



 子どもは産まれた。男の子である。

「わお。俺に似てら」要一は赤ちゃんの顔を覗き込みながら言う。

「性格はどっちに似るかしらね?」

「どうせ俺に似るって」

「そうすると。家には楽天家が2人、か。騒がしくなるわね」

「そして2人でお前を引っ張っていってやる。俺とコイツがな」

「コイツ…名前は決めた?」私達は名付けをギリギリまで伸ばしていた。

未来みらい…で良くね?もう?」

「安直過ぎる」

「でも。俺達の未来を背負って…いやあんま背負わせたくねえけど…生きるわけだからな」

「…曲げる気はなさそうね」

「おうよ」


 こうして私達の家族に未来みらいが付け加わった。

 ま、彼は男の子なんだけどね。私と要一の息子。


                   ◆

 


 私は見えない未来を歩いて。

 今はもうおばちゃんだ。母の歳に追いついてしまった。

 私は最近、予言を行えるようになってしまった。その相手は未来みらい

「アンタ。今日、宿題忘れそう」私は未来みらいにそう言う。

「忘れねーって。やったもん」

「とか言ってえ。どうせ鞄にしまい忘れているでしょ?机みてらっしゃい?」

「へいへい…」


 相変わらず自分の未来は見えない。私はそれに不安を感じながら生きてきたが。

 今は楽天家が2人も家にいる。要一と未来みらい

 だから。私は未来に不安を感じる余裕がありもしない。


「老後はどうすっぺかなあ」要一は新聞を読みながらそう言う。いい加減出社しないとまずいのに。

「なるようにしかならない…アンタの口癖じゃない」

「そうは言ってもなあ。貯金。今のままで大丈夫かねえ」

「…アンタも歳を取って不安症になっちゃったわね?」

「楽天家なのにな。ま、こういう時期もあると言うことで」彼はテーブルを立って。

「いってらっしゃい…っと傘忘れないでね」私は昔みたいに天気予報は見なくなっていた。楽天家どもと生活する中で、そういう習慣を無くし、己の目で未来を見るようになっていた。まあ。相変わらず予測は不能だが。

「…ん。ほな」


 要一と未来みらいは外に向かっていく。

 それは不確定な未来だけど。

 あまり悲観的になることもない。どうせなるようにしかならないのだ。


 

                   ◆

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『不安がりな少女と楽天的な少年』 小田舵木 @odakajiki

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