第9話 回収道具

 試合が終わり、セインのトレントの騎士が控室に戻ると、引きつった顔のギーツが待っていた。

いや、待っていたのではなく、教会の裏人脈の方々に足止めされていたのだ。

それは当然の対応であり、ギーツにとって想定外だっただけだった。


 ギーツはセインが勝つとは思ってなく、その出場料を横取りするつもりだった。

いや、出場料というよりも、紹介料と言った方が良いか。

何しろ、負ければセインは殺されていたのだから。

しかも、ギーツは負けるだろうと思って紹介しているのだ。


 この闇闘技場の収益は、観客による賭博の賭け金から配当金を抜いた上がりと観覧の入場料による。

セインが負けることが期待されていれば、本来賭けは成立しない。

そこで、この賭けは、セインがどのように負けるかを賭けの対象としていた。

それは時間の区分だった。

開始何秒で倒される、開始10分はもつなどなど、胴元が設定した条件に観客が賭けている。

そこでセインが勝つなどという大穴は、賭け金を奪うだけのために存在していた。

だからこそ、負けた時よりも大金が配当されるように設定されている。

大金が貰えるかもという餌で釣って、観客から金をむしりとることが目的となる。


 今回、弱そうなトレントの騎士がいると、ギーツがセインを胴元に紹介していた。

確かに枯れかけだし、騎士は小僧で弱そうに見えた。

これはトレントの騎士を甚振るショーが出来る、胴元もそう思った。


 だが結果は、セインの勝ち。

賭けは損をしないように配当を調整しているが、ゴーレム兵が破壊されたのは想定外の損失だった。


「おめでとう、これが出場料だ」


 強面のおっさんが丁寧に会釈すると、大金の入った袋をセインに渡した。

そして、セインは、もう帰っても良いと追い出された。

残されたのはギーツのみ。

その雰囲気から、セインは察した。

落とし前を付けさせられるのだと。


「ふん(僕を騙そうとするからだ)」


 セインは自らの命が危険に晒されたことから、ギーツに同情はしなかった。

そのままセインはトレントの騎士に乗って闇闘技場を後にした。


◇◇◇◇◆


 翌朝、湖にチャラそうな男の遺体が浮いていたが、酔っ払いが足を踏み外したのだろうと、誰も気にすることはなかった。

遺体は魚が始末してくれるだろうと、引き上げられもしなかった。

当然、犯罪絡みを疑って捜査されることもない。


 セインが無事だったのは、裏社会の仁義によるところが大きかった。

勝負は勝負、勝った方が偉い。

ただし、組織を騙したやつは許さない。

ギーツは、セインを紹介するにあたって、嘘八百を並べ立てていたのだ。

その話を信じた結果がトレントの騎士なぶり殺しショーだったのだ。

それが想定外の結果を齎し、ギーツの運命を変えたのだった。


◇◇◇◆◇


 セインは大金を得て、宿屋に泊まれるし、美味いものは食べられるしで有意義な夜を過ごした。

そして、翌日。


「保存食を買って、湖を迂回するぞ」


 宿屋を出たセインは、道なき道への旅の準備をすることにした。

街には朝市がたっていて、セインはそこに向かった。

朝市は、通りの両側に露店が店を開くかたちだった。

思ったよりも賑わっている。


「魚の乾物が多いな」


 さすが湖の街、新鮮な魚に混じって、魚の干物や乾物が売られていた。

だがセインが欲しいのは獣の乾物――干肉だった。


「魚は道具があれば、なんとかなりそうだからな」


 セインは弩弓で魚を仕留める事が出来た。

問題は、その魚の回収方法だった。

回収方法さえあれば、魚だろうが鳥だろうが、狩って食べることがセインには可能だった。

何も不味い乾物を食べなくても良い。


 セインは、少ない選択肢から、いくばくかの保存食と、調味料などを購入し、旅の準備を進めていた。


 そして、乾物の大量購入を躊躇いながら朝市を見て廻っていると、道具屋が品物を並べているところに出くわした。

道具はなにも朝に売らなくても良い商売なため、他の露天に比べて準備が遅かったのだ。

セインは野営用のテントを購入しようと、道具屋の露天に寄った。


「え?」


 そこには想定外の道具が売っていた。

それは奴隷。

この世界では奴隷に人権はなく、人ならざる道具として販売されていたのだ。

朝に売り出したのは、道具屋の都合。

早めに売れれば、朝飯を食わせなくて良いという現金な理由だった。


 そこでセインは売り物の奴隷と目が合ってしまった。

それは犬の獣人だった。

まるで捨てられた仔犬。

目がうるうるしていて買ってと訴えていた。


「お客さん、お目が高いね。

その獣人は泳ぎが出来るぞ」


 まさに、セインが欲していた狩った獲物を湖から回収する道具・・

セインの前世の知識が邪魔をするが、この世界では有りな選択肢だった。


 値段は闇闘技場で得たセインの手持ちの半分。

大金が半分無くなるが、買えないことは無かった。


「乾物を食べるよりも遥かにマシか」


 セインにはこの世界の常識も染みついていた。

奴隷だろうが、虐待しなければ良いだけだ。

その感覚は前世では有り得ないものだが、セインには何故か腑に落ちるものだった。


「買った」


 セインは犬獣人の奴隷を買った。

奴隷は奴隷紋でしばられ、簡単な魔法的な契約によりセインのものとなった。

セインは湖から獲物を回収する手段を得た。

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