第8話 闇闘技場

 夜、チャラ男ことギーツに連れられて教会へとやって来た。

教会の敷地に入った裏手に岩山があり、その内側が湖に面した入江になっていて、そこに闇闘技場が建っていた。

闇闘技場に来る一般客は船を使うしかなく、出場者は教会の建物で隠された秘密の通路を通らなければならなかった。


「教会が胴元ってことだよ」


 ギーツがさらりと言う。

教会といえども、どこも真面目な組織ではないということだった。

だが、その権威は有効であり、領主といえども無暗に踏み込むわけにはいかなかった。

尤も、領主のカシーヴァ伯爵は闇闘技場から賄賂を受け取り、黙認している状態だった。


「この先に出場者の控室がある」


 教会裏人脈の厳重な警戒の元、ギーツとセインの乗るトレントの騎士が格子戸の降りた控室にやって来た。

岩山には幾筋もの洞窟が掘られており、各出場者が各々の控室に案内されていた。


「ほう、本当に連れて来やがったか」


 教会の人間にしてはガラの悪い人物がギーツにニヤリと笑いかける。

セインは、その笑顔に嫌な印象を持ったが、疑うことを知らなかった。


「時間が来れば呼ぶ。

呼ばれたら闘技場へ出ろ」


 そのままガラの悪い人物は行ってしまった。


「その後、どうすれば?」


 セインは何をするのか教えてもらっておらず、不安になってギーツに訊ねた。


「なーに、簡単だ。

試合相手をち倒す、それだけだ」


「試合って言うけど、勝利条件は?」


「うーん、相手おまえが動けなくなるまでかな?」


「そんな!」


 セインにはギーツの裏の声は聞こえていない。

だが、相手を動けなくまで攻撃すると聞いて躊躇いを覚えた。


「(降参させれば良いか)」


 セインは闇試合を甘く考えていた。


◇◇◇◇◆


「出ろ」


 何度か試合の歓声が上がった後、やっとセインが呼ばれた。

格子戸が上がり、セインはトレントの騎士に乗って坂を上がる。

その先に観客席に囲まれた闘技場があった。


「本当にトレントの騎士だ」

「枯れてねーか?」

「なんだ、弱そうじゃねーか」

「ちくしょう、負ける方に賭けとけば良かったぜ」


 どうやら戦わせて、どちらが勝つのか賭けをしているようだった。


「武器は?」


 模擬戦だと思っているセインは木剣が用意されていると思っていた。

だが、その認識が間違っていたことに対戦相手を見て気付いた。


「ゴーレム兵、遠隔型じゃないか。

それにあの武器は本物!?」


 対戦相手はゴーレムであるが人が搭乗するタイプではなかった。

それは魔導具により遠隔操縦されるゴーレム兵だった。

そのゴーレム兵が鋼の棍棒を持っていた。

相手は身の危険がないから、壊れるまで攻撃してくるだろう。

対してセインは、操縦洞にあの鋼の棍棒をくらったら死ぬ可能性すらあった。


「ギーツ、話が違う!」


『試合始め!』


 闘技場に試合開始の合図が拡声の魔道具で流れる。

セインの抗議の声は、誰にも届くことがなかった。


 セインは己の愚かさを呪った。

お金が欲しかったとはいえ、まんまとギーツの話に乗せられてしまった。

この試合で、もしセインが殺された場合、その出場報酬は労せずギーツのものになる。

それが目的だったのだと悟った。


 この試合、トレントの騎士が無様にやられるところを楽しむショーだったのだ。

そこに賭けという娯楽が加わる。

大穴で一攫千金、そう思った観客も少なくない。

闇闘技場は最高潮に盛り上がっていた。


「やるしかない。

ゴーレム兵ならば、いくら壊しても相手を殺すわけじゃない」


 そこが逆にセインに有利なところだった。

人を殺すとなっていたならば、セインは躊躇し負けていたことだろう。


 ゴーレム兵が突進して来る。

それはパワーに頼った力技だった。

並みのトレントの騎士では躱すことすら出来なかっただろう。


 だが、セインのトレントの騎士はその突進をひらりと躱す。

そしてゴーレム兵の足を掬って転倒させた。


「なんだあれ? 速いぞ!」

「おいおい、番狂わせか?」


 賭け札を握りしめた観衆が騒ぎ出す。

それほどセインのトレントの騎士が速かったのだ。


「おいこら、本気出せや!」

「そうだ、俺はゴーレムの方に賭けてるんだぞ!」


 ゴーレム兵に対してヤジが飛ぶ。

それらの声はゴーレム兵を遠隔操縦している男の目に本気の光を宿らせた。


 ゴーレム兵が棍棒を構えてジリジリと接近して来る。

間合いを詰めて飛び掛かろうというのだろう。


 ゴーレム兵は、その性質上、直線的な動きしか出来ない。

それに比べてトレントの騎士はしなやかな動きが出来る。

だが、昨今はトレントの騎士の性能が低く、ゴーレム兵が圧倒的に有利だった。


 その常識がセインのトレントの騎士には当て嵌らなかった。


 セインがトレントの騎士に剣を抜かせた。

その剣は錆が浮いているが業物に見えた。


「おいおい、まさか……」

「どこぞの落ち騎士か?」


 観客の間に「いつもと違う」という感情が芽生える。

滅多にないことだが、流れのトレントの騎士を試合に出させて甚振る、それがこの闇闘技場の楽しみでもあったのだ。

それが逆にゴーレム兵が負けそうな雰囲気だった。


「おい、負けんじゃねーぞ!」

「そうだぞ、ふざけんなよ、おまえ!」


 ゴーレム兵が操縦者の焦りか、雑に鋼の棍棒を振り下ろす。

その動作を見切って、トレントの騎士がするりと避ける。

そして、剣をゴーレム兵に斬り付けた。


 ゴーレム兵は硬い岩で出来ている。

その岩に頭と手足が付き、人のような外観となり、魔法の力で動くのだ。

その関節部分は、魔法的な力で繋がっている。

そこにセインの乗るトレントの騎士の剣が入る。

それは岩を物ともせずに斬り分けていた。


 ゴーレム兵の右腕が落ちる。

つまり、ゴーレム兵は主兵装である鋼の棍棒を失ったのだ。

そして、返す剣で、左腕も斬り捨てる。


 これでほぼ勝負は決した。

ゴーレム兵は戦う術がもう無い。


「ふう、これで僕の勝ちかな?」


 だが、それで終わりではなかった。

この闇試合には審判なんて居なかったからだ。


「「「「「こーわーーせ! こーわーーせ!」」」」」


 観客の大合唱が始まった。

どうやら、再起不能になるまで破壊するのが習わしのようだ。


 つまり、セインが負けていたら殺されていたということだった。


「ギーツめ……」


 セインは自分を騙したギーツを許せなかった。

そして、対戦相手が人が搭乗するゴーレムでなくて感謝した。


 セインのトレントの騎士が、ゴーレム兵の魔法陣に剣を突き立てる。

これにより、ゴーレム兵は動きを止め、セインの勝利が確定した。

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