外伝:賑やかな凡人の伝わる苦悩
「よし、小説書いて不労所得を得るぞ!」
彼の名は二宮。小説は学生の頃に授業で読んだだけ。まして書いたことなどない。
「テンプレートに沿えばいいんだろ、楽勝だ」
そして二宮は異世界ファンタジー物の執筆に取りかかる。
『そんな、ヒーラーはいらないだと?』
『俺たちは強すぎるから回復役はお役御免なんだ。今までご苦労』
「よし、主人公が追放される話を書いたぞ! これはウケる事間違いなし!」
投下した時間も21:00。人が多い時間だ。
定石に則った。二宮は期待に胸を膨らませながら眠りにつく。
しかし翌日のことだった。
PV7、いいね0。以上が二宮が作品を公開した結果だった。
「あれ、なんでだ……? テンプレートに沿ったし時間も選んだのに……あ、そうか! SNSで宣伝してなかった!」
「さて、期待の新人、新作を投下しました! っと……」
その時、タイムラインに異色を放つツイートが表示される。
『俺は映画とか本とか全部QRコードみたいに網膜からスキャン出来て一瞬で内容を把握出来ればいいのになぁと思う』
『それでたとえば小説を書かせる事を全人類に義務付けさせて、名刺がわりに小説を読み込めば人となりが分かって面白い』
「何言ってんだこいつ?」
二宮は当然スルーした。
しかし投稿したアカウントの名である九条、それが妙に頭に残った。
「それより続き書かないと! この展開は絶対ウケるぞ!」
『くく、私にとって天敵はヒーラーのみ……あの悍ましい回復魔法のない貴様らなど恐るるに足らん』
『くそ、馬鹿な、あのヒーラーを追放しなきゃよかった……』
しかし、二宮の作品はPV数も大して増えず、いいねも片手で数えられるほどしかなかった。
「おっかしいなぁ……なんでだ?」
二宮はランキングを見ると、1位に堂々と君臨している新作があった。
新作であるにも関わらず大量のいいねがついており、異色を放っていた。
ジャンルは異世界ファンタジー。
内容は主人公が異世界に転生し、大活躍してハーレムを築くと言うもの。これだけ聞くと退屈そうに思うかもしれない。
ただし主人公はコミュニケーション能力が高く、住民は全員インキャと呼ばれるコミュ力が極めて低い者達で、主人公がコミュ力を活かした話術で世界を変えるという点が新鮮だった。
「そうか、俺の作品はテンプレ過ぎて微妙だったんだな……」
二宮はその作品の作者が気になり、プロフィールを見るとあの奇妙なツイートの主、九条であることに気づいた。
九条の他の作品も読むが、内容は主人公がディストピアに行き、アンドロイドに差別されるという物であった。
はっきり言って独特すぎて共感出来ない。つまらない。
「ファンタジーで有名な人でもジャンルが違うと駄作書くことあるんだな……」
「いや、逆に俺もファンタジー向いてなかったり……? SFとか書いてみるか?」
なによりファンタジーで圧倒的な存在感を誇る九条に勝てる気がしなかった。
二宮はファンタジー物を完結させず、次の作品に取り組んだ。
「SF書くと決めたが知識が全然ねえ! どうすりゃいいんだ!」
科学知識は無いし、SF小説も難しい物が多くて読めない。
かわりに二宮は知識が無くても読めるシンプルなSFを書いた。
タイムマシンで過去に戻り、殺された恋人を救おうとする話。
しかしPVがやはり伸びない。
「くそっ、SFはなしだ!」
またも筆を折る。
「読者が求めるのは専門的な知識なのか……? それとも文章力が足りないのか……?」
スランプに陥る二宮。
一方、テレビにはアニメが映っていた。あの九条が書いた小説が原作だ。
九条は自分の夢である書籍化、アニメ化をあっさり達成した。嫉妬に駆られる二宮。
「俺の作品は過小評価されているだけだ! 読めば俺だって評価される!」
二宮はまた新作の恋愛物を公開するも、やはり伸びなかった。
一方九条の作品は投稿サイト歴代最多のいいねを記録しとのことであった。
しかし古い作品は消されていた。
「はぁ、九条だってあんなつまんない作品書いてた時期あったのに……」
九条の作品の評価は高まるばかりで、遂には映画化まで決まった。
「くそっ、何が天才だ! 俺の苦悩も知らずに! こんな作品どうせ10年後には忘れられてる!」
しかしその夜、ニュースを見て絶句した。
九条が自殺したのだ。
遺書には、小説が書かれていたという。
その遺書はインターネットに公開されているとのことだった。
それには自分が独特の感性の持ち主で書きたい作品が評価されず、書きたくない駄作が評価され、誰からも理解されないという苦悩が書かれていた。
「馬鹿な、あれほどの天才が……」
九条の作品を見に行くと、大量の追悼コメントがついていた。
また、九条の昔の作品が復元されていることに気付いた。
今一度読んでみると、新たな気付きがあった。内容はこうだ。
主人公がアンドロイドが支配する未来のディストピアに飛ばされ、差別される。しかしアンドロイドと共存する平和な世界を目指す。
その過程で主人公の暗い過去やアンドロイドが迫害されてきた歴史が明らかになる。
最終的にアンドロイドは感情を宿し、人間と同一になり、垣根がなくなるというエンディングだった。
「これが九条が本当に書きたかった作品……九条の異世界物よりテーマ性が強いな」
有名作家故に書きたい作品が書けない。
自分はどうか? 書きたい作品ですら反応が悪いと投げ出して完結させられない。
いや、書きたい作品ってなんだ? 人に賞賛される作品のことなのか?
九条みたいに書きたいことなんてない。
「やっぱり俺には作家は向いてないな」
そう言って椅子に座りモニターと向き合う。
モニターと向き合って……何をするんだ?
自問自答するも答えはすぐに分かった。執筆だ。
たとえ評価されなくても自分は書くのが好きだったのだ。
それに気付いた。
「はは、俺もマゾヒストか。書いても読まれないっていうのに……でも、そうだな、せめて完結だけはさせるか」
そして、最初に書いた追放物の続きを書く。
PVは0。しかし駆け足ながら、完結させた。
「はぁ、なんとか終えたぞ。反応一つくらいあるといいなあ」
反応はやはりなかった。
しかし二宮は投げ出したSF物も完結させる。
反応はない。
新作の続きを投稿する。
反応はない。
「はぁ、やっぱ俺才能ないわ……九条が化け物過ぎたんだ……でも完結だけはさせるぞ。九条はファンタジー物完結させられなかったからな」
そして新作を完結させる。
反応は……
『作品を完結させられる作者は強いです。これからも頑張ってください』
「はは、内容は褒められてないや……でも、やっと感想が貰えた……」
それからも、二宮は作品を書き続けた。そして、完結させてきた。
反応はないことも多かった。
ただ書きたいがままに書き、完結させることに徹した。
次第にぽつりぽつりとコメントが貰えるようになった。
それからどれほど時間が経っただろうか。
いつしか、二宮はファンに囲まれていた。
ファンからは応援やイラストを日常的に貰い、交流している。
作者として知名度も上がり、新人作者にアドバイスを求められることも増えた。
「二宮さんはコンテストとか応募しないんですか? 絶対通りますよ!」
二宮はファンに促され応募した。
そして一次予選に通過した。
ファンも誇らしげに喜ぶ。しかし厳しいのは二次予選であった。
何百作から数十作に選びぬかれた作品から数作だけ選出する。
しかし二次予選にも通った。
ふと、ファンに尋ねられる。
「二宮さんはなんでそんな凄い作家になれたんですか?」
「私は完結させてきたから、続けてきたからこそここまでこれました。それだけです」
九条のような天才にはなれないが、これが凡人である自分の辿り着いた先だ。
最終予選は選ばれた1作だけ、書籍化が決まるというもの。
ファン達は二宮に期待していた。
そして最終予選の結果が届く。
その結果を見て、二宮はため息をつくと、キーボードに指を走らせ、結果を報告した。
孤独な天才の伝わらない苦悩 ラム @ram_25
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