現実サイド:てんてこマイ


「こやつら、本当に愉快なことするのう!」


 ソファーに斜めに座ったマイは、バターの乗ったポップコーンを口に運ぶ。


 スーツをだらしなく着崩した彼女はポップコーンのバケツを抱えていた。

 そしてマイの手元には、とある映像が流れるタブレットがあった。


 タブレットの画面に映っている映像は、異世界にいるユウの視界だ。

 彼女は調査官として、ユウたちの動きをモニタリングしている。


 これは彼らが危険な行動――

 異世界の人や財産を危険にさらす行動を取らないか監視するためだった。


 マイは常に彼らの動向に目を光らせないといけない。

 本来であれば緊張の伴う仕事のはずだ。

 しかし彼女は彼らの行動を見て、それを純粋に楽しんでいた。


「こんなことなら、ワシもこのゲームを始めておくべきじゃったの!」


 彼女がポップコーンを口に運ぶ手がふと止まった。

 その原因は彼女のタブレットに浮かんだメッセージだ。


 メッセージを読むと彼女の眉間にぐっとシワがよる。

 

「ふむ? ようやくエネルケイアのバックがわかったか?」


 マイはバターの染みた手で映像をつかむようなジェスチャーをした。


 するとユウの映像は小さくなって画面の脇にどけられて、かわりにビデオ通話の画面がそこに収まった。


 ビデオ通話の画面には調査室の室長。

 つまりマウマウの父が写っていた。


「ほいほい。今日も身を粉にして働いてるマイじゃぞ!」


『その脂ぎった手は何だ。そのタブレットは支給品なんだぞ。大事に扱え』


「それはほら、機械は油を塗るもんじゃろ!」


『壊したら弁償だからな』


「お、そうしたらもっと良いモノになるか?」


『そうだな。きっとそれを使う人間も良いモノになるだろう』


「ほうほう……なんじゃと!?」


『――さて、いくつか報告が入っている。主にエネルケイアの件だ』


「むむ、連中の裏についてるのが何者かわかったのか?」


『中国の大使館の車両の出入りと通信が増加している』


「ほうほう……粉をかけたのはまず間違い無さそうじゃな」


『それと米軍横田基地にも大規模な※アセットが到着したようだ。人員付きでな』


※アセット:軍事用語。武器や兵器等、戦闘行為に必要な物資のこと。


「名目上は休暇かの?」


『そうだな。弾薬をたっぷり持ってな』


「休暇の間に狩猟祭でもするつもりなんじゃろうな」


『おそらくはな。ずいぶんデカい七面鳥を見つけたらしい』


「いまエネルケイアの面倒を見ているのは中国かの?」


『そうだな。エネルケイアに先に接近したのは中国と見て間違いない』


「最近はアッチでも異世界モノが流行ってるそうじゃからのー」


「夢を見るのに国境はない。そういうことなのだろうな」


 タブレットの画面には調査室が集めた「証拠」が表示されていた。

 通信記録、物資や人員の移動といったものだ。


 マイは目を忙しく動かして、それを見る。

 その全てを頭に叩き込もうとしているようだった。


(エネルケイアのリーダーに接触したのは、中国で間違い無さそうじゃ)


(そして米軍はというと……よくわからんな。東アジア某国と調査室の動きを見て、割り込みを狙ったんじゃろうか)


(自由と正義をうたう割には随分な横暴じゃなー)


「だいたいわかった。しかし異世界といっても、たかがゲームじゃろ?」


『そうだな。異世界に存在している物質・・を持ち出すことはいまだ成功していない。現実的な暴力を持ち出すほどの価値があるのか――』


「もっと言えば、採算がとれるのか、じゃな」


 ポップコーンをどけたマイは視線を鋭くしてタブレットに向き直る。


「この家の主は『創造魔法』を使って宝石を出した。しかしただの水晶じゃった。確かに価値はあるが、世界を変えるほどのものでもない』


『君のいうとおりだ。異世界の創造魔法の能力は未知数だ』


「にも関わらず、そこまでなりふり構わなくなる理由がわからんのじゃ」


『それにはとあるアイデアが関係している。このメールを見ろ』


「お?」


 バターでギトギトになった画面に、あるメールの文面が表示された。

 エネルケイアのリーダーから、中国の関係者に送られたメールらしい。


「おやおや、暗号化もせずに送ったのか?」


『これは初期段階のやり取りだからな。今は完全に暗号化されている』


「どれどれ……これは――!」


 送られてきたメールの最初の部分には、創造魔法の情報が書かれていた。


 創造魔法が誰にでも使えること、そして場所を選ばないこと。

 このことから軍事上の利用価値が高いことをエイドスは書いていた。


 しかし問題はここではない。


 最後の方に書かれているエイドスの「アイデア」が問題だった。

 それは創造魔法がもつ、ある可能性の話だ。


 創造魔法はモノを創り出しているのではない。

 あらゆる場所からモノを取り寄せているのだというのだ。


 エイドスは創造魔法を使えば、この世界にあらゆるモノを持ってこれる。

 汚染されていない土や水を持ってこれると書いてあった。


 なるほど。

 中国にとって、これは魅力的な話にちがいない。


 彼の国は重度の工業汚染で国土が蝕まれ、干ばつが続いている。

 数百人、いや数万人から数百万人が死んだとしても、お釣りの出る話である。


「なるほど。しかし土は生物たちの小さな宇宙じゃ。もし異世界の土を持ち込むことになったら、微生物や病原体も一緒に持ち込むことになるのではないのか」


『私もそれを懸念している。奴らの近視眼的な態度は地球を滅ぼしかねん』


「やれやれじゃな……米軍が動いているのはこれのせいか?」


『恐らく違う。もうひとつのアイデアだろう』


「うん? まだあるのか?」


 マイのもとに、もう一つのメールが転送されてきた。

 彼女はその内容に目を通すと、熱にうなされるような仕草をした。


「これはひどい」

『まったくだ』


「何考えてるんじゃ。いや、よく考えたから、こうなったのか……」


 メールには、創造魔法に関しての考察がエイドスの手によって書かれていた。

 目まいをこらえ、マイはもう一度メールの本文に目を通す。


ーーーーーー


 つまり俺たちが異世界に現れたのは、創造魔法が関係している。

 俺らは『クロス・ワールド』のスキル、能力を維持したまま異世界にいるんだ。


 で、さっき書いたように、創造魔法は現実でも使える。


 もし俺たちが召喚された逆を現実の世界でやれば、俺たちはこのキャラの能力とアバターで現実世界に現れるってことになるわけだ。


 それもゲームのスキルを持ってな。


 ゲームのスキルにはステータスの回復魔法もある。

 糖尿病や心臓病、ガン。これってステータス異常になるかもな。

 もちろん、こうした病気を治せる保証はない。

 だが、興味が引かれるやつが居るんじゃないか?

 例えば、お前さんの上司の上司、そのさらに上のヤツとかな。


 そうだ。書いててちょっと思いついたんだが――


 もしダミーのMMOなりゲームを作ったとしよう。

 そこで核爆発みたいなスキルを撃ちまくるキャラクターを作ってみる。

 で、そいつを現実に召喚したらどうなるだろうな?


 ま、アイデアのひとつとして見てくれ。

 

ーーーーーー


「ただのゲーマーにしては、頭が回るやつじゃの……こりゃ最悪じゃ」


『ああ。この才能をゲーム以外に使ってもらいたかったものだ』


「頭のいいバカってやつじゃな。もうゲームからバンしたらどうじゃ?」


『とっくにしたさ。なのに彼らは動いている』


「どういうことじゃ?」


『わからん。もしかしたら、彼らのアバターは本当に生きているのかもな』



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