争うべき部分


「まさか――エネルケイアか?」


「エネルケイア……トリオン殿の書簡にあった無法者共ですか!?」


 おや、キューケンさんは連中のことを知っているのか。

 それなら話は早いな。


「そうです。おそらく彼らは創造魔法を狙っているのでしょう」


「そ、そんな! 守ってくださるんですよね!?」


 キューケンさんは俺にすがりつくような視線を向けてきた。

 いや、そんな視線を向けられても……困ったな。


 エネルケイアはゲームガチ勢だ。

 おそらく対人戦闘にも手慣れているはず。


 エンジョイ勢にすぎない俺たちでは勝てる気がしないぞ。


「ユウ、戦力は向こうのほうが上だ。マトモにぶつかったら……」


「うんわかってる。真正面から戦っても勝ち目はない」


「逃げちゃうまう?」


 俺たちがここから逃げるのは簡単だ。


 クロス・ワールドには「ダッシュ」というスキルがある。

 このスキルは短い時間、通常の2倍のスピードで走れるというものだ。


 このスキルを持っていないキャラクターは存在しない。

 ゲーム中の移動の利便性のために最初から持たされるスキルだからだ。 


「ダッシュすればすぐに逃げられるし、多分連中も追ってこないよな」


「エネルケイアの目的は、異世界のものを奪うことだろうからね」


「きっと連中は俺たちと戦うより、略奪を優先するはず。でも……」


「創造魔法を奪われたらどうなるか、だね?」


「あぁ。」


 エネルケイアはプレイヤーと戦うことが目的ではないはず。

 だから俺たちが逃げたとしても無理して追いかけないだろう。


 でも、創造魔法を連中が持っていったらどうなるか……。


 異世界でまったく自重しない連中が現実で何をするか?

 そんなことは想像にたやすい。


 連中をここで食い止めないと絶対マズイことになる。


「うん。ここは逃げない」


「エネルケイアと戦うのかい?」


「戦うけど……相手は強い。真正面からは戦わないよ」


「う~戦うけど戦わないまう? それって変まう!」


「あーマウマウ。つまり俺たちはジャマをするんだ」


「ジャマまう?」


「真正面から戦ったらまず勝てない。でも戦いに勝つ必要はないんだ」


「どういうことまう?」


「エネルケイアの奴らの目的は奪うこと。だからそれを妨害すればいいんだ」


 僕らがまともにエネルケイアと戦っても敵わない。

 だったら戦わなければ良いだけの話だ。


 奴らの目的は「創造魔法を奪う」こと。

 そして僕らが防ぎたいのは「創造魔法を奪われる」こと。


 本当に争うべきはこの部分だ。


 俺がマウマウにこのことを説明すると、彼女はピンと白い尻尾を伸ばした。


「あ、なるほどまう!!」


「うん。僕もユウの作戦は正しいと思う。それでいこう」


「マ……ウルバンが太鼓判を押してくれるなら頼もしいや」


「よし、早速動こう」


「「おー!」」



★★★



「ライトさん。正面玄関はクリアっス」


「おつかれさま。誰も殺して……ないよな?」


「もちろんです。俺だってこんなのやりたくないっスよ」


「よかった……」


 部下の報告で胸をなでおろしたのは、先程突入を指揮したローブの男だ。

 男は影色のローブのフードを外し、人懐っこそうな顔をさらしている。


 彼の名はライト。

 エネルケイアのメンバーで、彼は今回の襲撃を自ら申し出た。


 というのも、エイドスに任せたら最後、何が起きるかわからなかったからだ。


「エイドスさん本当に人が変わったみたいっスよね……」


「しっ。エイドスに賛成してるやつもいるんだ」


「っス」


「ともかく目的のものを探そう。目が覚める前に全部終わらせよう」


 昏倒こんとうした護衛や学者たちを乗り越え、彼らは研究所の中を進んだ。

 建物の入口周辺は、完全に制圧されている。


 しかし建物の奥にはまだ動ける護衛がいたようだった。


<ガチン、パシュン!>


 機械が弾ける音の次に、何かが空気を切る音が聞こえてくる。


「っと」


 ライトはローブをひるがえし、飛んできた物体を巻きとるようにして防ぐ。

 すると裾に引っかかって床を転がったのは、すりこぎのように太い矢だった。


「まだ護衛が残ってたか」


「あらら、奥から出てきたっぽいスね」


「非番だったんだろうな。装備が中途半端だ」


 護衛は施設を守るべくバリケードを作って侵入者を待ち構えていた。


 彼らの作ったバリケードは、テーブルや本棚など、大きな家具からなっていた。

 手当たり次第に家具を通路に積み上げ、壁を作ったのだ。


 バリケードの裏についた護衛は矢のつがえられたクロスボウを構えている。

 地面に転がっているすりこぎの正体は、あれから放たれたものらしかった。


 ライトと相棒は通路の影に隠れもせず、堂々と通路の中央を歩く。


「護衛は立てこもりの構えを見せているな」


「合わせるっス」

「うん」


 二人は目配せすると、腰を低くした構えを取って手を前に突き出した。

 すると、黒い霧が彼らの前方から発生して、護衛に襲いかかる。


「なんだこれは?!」「うわぁ!!」


 黒い霧はバリケードをすり抜けて護衛たちを包む。

 霧を吸い込んだ護衛たちはバリケードに寄りかかったまま昏倒こんとうしてしまった。

 

 彼らが使ったスキルは「スタンクラウド」というスキルだ。

 これは対人戦闘には必須のスキルで、敵を昏倒させて無力化させる。


 クロス・ワールドであれば、この昏倒を回復させるのは難しくない。

 大きなダメージを受ける、状態異常回復のスキルやアイテムを使う。

 そう言った方法ですぐに復帰できる。


 異世界でも効果は同じで、叩き起こさないと長時間倒れたままになる。


 できるだけ人を傷つけたくない。

 そう望んでいるライトと相棒にとって、スタンクラウドは便利なスキルだった。


「これでよし、と」


「これでここの護衛も無力化完了っスね」


「創造魔法の研究施設って話だったが、結構厳重だな……何があるんだ?」


「今さらっスけど、こんだけ護衛がいるのに持っていって大丈夫なんスかね?」


「護衛がいるってことはそれだけ貴重ってことだろ?」


「厳重に守っているのは、盗られたくないからに限らないってことっス」


「うん?」


「決して中から出してはいけない。ただ存在するだけで危険なモノ。そういうのを閉じ込めてあるパターンも……っス」


「……脅かすなよ。何かそんな気がしてくるだろ」


「でもここは異世界っス。何があるか……」


「俺たちはホラー映画の最初の犠牲になるモブってわけだ」


「っス」


「……奥には行かない。適当なものだけ取って帰ろう」


「大賛成っス」


 バリケードを乗り越え、恐る恐る通路を進むライトと相棒。

 しかしその動きはぎこちなくなっていた。


「こっちは行き止まりか」


「別の道を探すっス」


 しかし――


「……何でこんな所に壁が?」

「さっきは通れたはずっス」


 彼らは顔を見合わせる。そして気付いた。

 自分たちはいつの間にか、迷宮に閉じ込められていることを。


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