第6話 想定外

 遠方に高い山陵をのぞみ、手前に木々が生い茂り、そこからやや離れた草原の中、双眼鏡を覗き戦況を眺める者がいた。


「順調そうか……」


 と、呟く彼女はリョウコ。

 『六道衆りくどうしゅう』より足抜けする前はラピオンの名で呼ばれていた彼女は厚く着込んだコートの中、小高く丘状になった場所で腰掛けている。


 昼間でもこの時期はやや肌寒く、こうした厚着は欠かせない。


 そして、既に『灼光雀しゃっこうすずめ』が『六道衆』の2機を墜とし、未だ欠片たりとも手傷を負わないその余裕綽々よゆうしゃくしゃくの現状。


 それを成し得たのはかつて彼女が乗り込み今は彼に譲った機体が特別な物だからではなく、ただ乗り手の技量によるもの。

 足抜け後に『六道衆』面々を襲ってまわった中で、たまたま拾った少年があそこまで才覚を見せたのは、何か宿命めいたものを感じる。


 そして、予想通りの展開に満足して双眼鏡を目から離そうとしたその時、手からそれを取り落とす。


「あ……」


 下はふくよかな草原でレンズの割れる心配は無い。だが、制御が効かず細かに痙攣を繰り返すおのが右腕を彼女は眺めた。


 近頃こういった症状が頻繁に出る。

 両足は未だ健在だが、かつて多量に吸わされた毒は身体の深奥を蝕み天寿の全うてんじゅのまっとうを許してはくれない。

 ただ、その毒を定期的に吸い続ければ症状は抑えられるがその調合法は終ぞ知ることができなかった。


 いや、そもそもここまで症状が進行していれば関係ない。


「ふぅ……」


 それでもなお、全てを受け入れた微笑み。


 『六道衆』に属す女とは、人としての権利を望むべくもない、極端なまでの家父長制の奴隷。

 いや、故郷の再建を夢見た老人たちの執念と、男尊女卑の究極系が足抜けを試みた女に薬物を吸わせ逃げられないようにする悪習を生んだのだ。


 だから、『六道衆』連中の鏖殺されるがままの醜態はこれが見納めかもしれないと、彼女は考えていた。


 現状はナガトが優勢。


 それは良いのだが、おそらく彼がまだ気づいてない事実にリョウコは気付いていた。


「2人、手ぇ、抜いてるのがいるなぁ」


◆◆◆◆


 マルムークは、最早損害を抑え勝つ気を残していなかった。

 既に乱戦へ舵を切った状況下、その成否はどれだけ必死こいて敵に追い縋れるかにかかる。


 これが対人の果たし合いならば恥も外聞もなく砂をかけ投石したり敵の注意を引きつつ、卑怯に徹し、ひたすら手傷負いつつ取り押さえ味方ごと刺したり、さながら獣がもつれ合うような凄惨な場を生む。


 だが空飛ぶ巨人でやるならどうなるか。


 まずマルムーク駆る『紫檀鋼晶したんこうしょう』が長刀を投げ敵が弾く隙をつき、その機械の腕が届く距離へ接近。

 掴みかかり取り押さえ、敵の動きを止める。


 その隙に、『紫檀鋼晶したんこうしょう』もろとも、残り4機が敵を攻撃。


 首魁たるマルムーク自ら捨て石となる作戦。

 この最も危険な役目を負う自負は彼の責任感から生まれた。


 こういった事態は常に考えてきた。

 特にこんな滅びかかった一団率いるならそんな思考は隣り合わせになる。


 だから、迷うことなく、その策を実行に移し——


 空より降りてくる機体。

 そして降りてくる直前に回線を開きマルムークは一言


「俺が先にいく」


 とだけ味方に告げ各機、敵へ殺到する中抜きん出たスピードで直線距離をぶっとばし、真正面よりぶつかる数瞬前、距離にして約30mの至近距離から斬りかかるように見せ振り上げたブレードを投げ付けた。


 回転して飛ぶ刃。


 それを、刃で弾かれるのを確認するよりさらに詰めることで、機体押し込む体当たり。

 それで壊れるほど互いにヤワではないが、それでも敵が面食らったような感情を直感で読みつつ、更に敵がその瞬間ブレードを手放したことにほくそ笑み、そのまま腕を回し拘束に移る——と同時に後方から殺到する他の4機。


 このままゆけば確実に『紫檀鋼晶したんこうしょう』は刺される。

 だが、その奥に貫通し敵の機体にも刺さる。


——だが違和感がマルムークの脳によぎった


 確かに敵から想定外に惑う反応は引き出せた。


 だが、この瞬間もそれが続いてる、焦っている様子が見られない。


 『鋼骨塊こうこっかい』は人の思考、神経と直結し第二の体を駆動させ感覚で操る機械。

 そのため感情までも歴戦の雄なれば敵機の挙動で読み取れる。


 そして、今押さえつけたこの白い機体は、それがやけに薄ぼんやりと、凪のような平穏を保って。


(なにが……いや、)


「やれっ!!」


 喚き下した命令を受け、先んじて『灘立方なだりつほう』、『暗奇翼手あんきよくしゅ』の操術師が迷いを捨て覚悟を決め突きに行く。


 数瞬の内に殺到し、さながら磔にされた罪人を槍で刺す処刑人のように彼らは、『紫檀鋼晶したんこうしょう』を貫き、その奥に手応えを——しかし感じない。


「いない⁈」


 誰となく言ったその時、まず『灘立方なだりつほう』の操術師がそれを捉た。


 数瞬のうちに『紫檀鋼晶したんこうしょう』の拘束すり抜け、後ろへ紙一重の差で去ったその白を。


「クソぉっ!!」


 すぐさま『紫檀鋼晶したんこうしょう』の骸から剣を抜き追い縋ったその『灘立方なだりつほう』は、飛び退っておきながら急に速度を落とした『灼光雀しゃっこうすずめ』に真っ向から飛び掛かり、による第二の被害者となった。


——接敵


 ブレードを握る手は力の入る前に片手で抑えられ、残った右手、指をピンと伸ばしたそれは剣に似た形状。それが真っ向から胸を貫き、『灘立方なだりつほう』操術師は引き摺りだされて中空へ投げ捨てられた。


 これが先ほど、他の機体が到達するまでにナガトがやったこと。


 彼の駆る『灼光雀しゃっこうすずめ』を彼に適応するため施したただ一つの改造。

 『灼光雀しゃっこうすずめ』の真のメイン武装たる『双器爪そうきそう』。

 その詳細はただ、頑丈な合金で指先に鋭利な爪を付与したに過ぎない。

 リーチはまるでない。

 至近どころか宙を飛び回る中、手の届く距離でなければ使えないピーキーさ。

 だが、腕で攻撃する分駆動が直に載り、生半可な威力ではない。

 だから、拘束された瞬間に『紫檀鋼晶したんこうしょう』の脇腹からマルムークを引き摺りだして捨て、拘束から脱した。

 『鋼骨塊』は中に操術師が居なければ、糸の切れた人形の如く力が抜ける。


「殺すっ!!」


 『灼光雀しゃっこうすずめ』を睨みにらみさらに切り掛かった『暗奇翼手あんきよくしゅ』は、『灼光雀しゃっこうすずめ』が仕留めた『灘立方なだりつほう』からすぐさま回収した熱刃溶断式ブレードをお返しに投げつけられ、その刃を弾かせられた隙に、足で搭乗席ごと刺された。


 そして、残された『月俸金華げっぽうきんか』と『傲魔鬼巾ごうまききん』の操術師は……


◆◆◆◆


「あー……聞こえるか?」


 『月俸金華げっぽうきんか』の操術師、カスパールは瞬く間に5人も殺した敵機へ向け回線を開きコミュニケーションを試みる。

 『傲魔鬼巾ごうまききん』の操術師にも回線がつながり、彼はそれを黙って聞いている。


 沈黙だけが返答として返り、カスパールはわずかな緊張を覚えつつ、言葉を続けた。


「聞こえてる前提で話すが、降参したい」


 沈黙が帰ってくる。

 いや、よくよく耳をすませば僅かに息遣いが聞こえた。

 さらに、敵機が今し方仕留めた『暗奇翼手あんきよくしゅ』から熱刃溶断式ブレードを回収して、戦闘を続けるでもなく動きを止めたことが聴かれている証拠。


 このことからひとまず話は聞いてくれる人物であることに安心する。

 いや、その上であれだけ手際良くこちらを仕留めたこと、それを可能とするまで腕を磨いたことがやや不可解ではあった。

 あれだけの腕に至るには相応の目的意識やモチベーションが必要だ。

 まさか最初からあそこまで強かったわけではあるまい。


「あの村から手を引く。2度と手を出さない。そもそもこちらはもう2機しか残ってない以上、そちらの脅威にはなり得ないと思う」


 我ながら随分都合の良いこと言っているな、と冷静な部分が冷笑している。

 カスパールはそうやって自分を俯瞰ふかんする。


 つまり、こちらから手を出しておいて、許しを乞うている。

 だが、許しを乞うにはこちらの足並みを揃える必要があった。


 意思の統一の必然。


 そのために血気盛んな連中は死ぬに任せた。


「どうだ?」


「嫌だね」


 予想通りの答えが返ってきた。

 いや、声が思ったより若々しいのは想定外だったが。


「一応、理由を聞かせてもらえないか」


 ここで返ってきた返答でカスパールは相手を推し量るつもりだった。

 普通のやつであれば「5機まで損害なく堕としたのに、残り2機を前に降参を認めるのはあり得ない」という感じの返答で返すだろうか。


 だがこの男は


「気付くの遅れたけどさ、お前ら、お前達2人かなり強いだろ。つーか、あの時の連中だな?」

 

 

 

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