第5話 乱戦

 推進に伴い、景色が後方へ流れてゆく。


 視野の狭窄、圧倒的な動の中、正面から来る紅と紫の2機。

 この2機を頭部もたらす視界で捉え、斬り墜としにかかる。


 長刀は、その長さを生かさず、刃渡りを目視で見え辛くするため後方へ切っ先を向けた脇構え。


 頭の中はいたって冷たく荒涼とした風の吹く。

 神経と同調した『鋼骨塊こうこっかい』はさながら血肉そのもので、空を舞う翼に等しく同調する。


 これより討ち滅ぼす7機。

 堕とすは7機。

 この世からいなかったことにする7機に皮肉を込め哀悼あいとうの意を表し殺してやる。

 そうだ、殺してやる。


 これはもはや恨みと呼べない。

 『六道衆』に故郷と両親を焼かれ、奪われたこともあったが、それは全てモチベーションとはなり得ない。

 とっくに枯れた感情の代わり狂気が芽生えたウォーモンガー。

 敵を殺し、敵を堕とし、殺し、自分はそれでも空を舞い続け、自由と非自由の彼我の差を感ずることで脳内麻薬分泌し、絶頂に至る中毒症状。


 殺すは俺、殺されるは相手。


 その単純な図式に身を置き、興味と関心を注ぐ。


 こうして『灼光雀しゃっこうすずめ』に乗る瞬間は自分のインモラルな側面と向き合っている。


 それは己の二面性なのか、それ含め単一の自己なのかは時折考えることだ。


◆◆◆◆


——接敵


 『紫剣李半しけんりっぱん』、『紅奇晶こうきしょう』の2機は当初の予定通り敵目掛け全速で推進。


 また、ナガト操る『灼光雀しゃっこうすずめ』も臆さず、両斜め前から迫り来る2機を視界の両端に、真正面にマルムークの『紫檀鋼晶したんこうしょう』を捉えつつ、いかにそれらを斬り伏せるか思案したような、反射的にシミュレートしたような、そんな時間。


——結果


 『紫剣李半しけんりっぱん』は腰で二分に断たれて、『紅奇晶こうきしょう』は流れ様に胸を貫かれた。


 瞬に満たぬ交錯こうさく——


 まずナガトは前方3機の内、『紫剣李半しけんりっぱん』が最も練度の低い事を制動の機微から見抜き、第一の標的とした。


 そのため僅かに機体を寄せ、まるで刃渡り隠すように右腰に柄を寄せた脇構えは、振り上げるでも掬い上げるでもなく、その刃を地面と水平に据え、そのまますれ違いの一瞬を狙い『真核』から力のモーメントで『灼光雀しゃっこうすずめ』を1回転。


 回転する独楽こまが突っ込んでくるような状況を前に、それでもなお長刀振り翳しふりかざし斬りかかった瞬間、『紫剣李半しけんりっぱん』の操術師の命運は定まった。


 気付けば己が機体の上半身、下半身が泣き別れ。


 溶けかかった断面を見せびらかし落ちてゆくソレ。

 すぐさま意識の潰えた操術師はその理由が理解できなかったものの、一呼吸程度、斬りかかる速度に差があっただけの事。


 続け、勢いのまま真横ですれ違う『紅奇晶こうきしょう』にガン無視決め込み僅かな方向転換で1番奥へスピードを落とし佇んだ『紫檀鋼晶したんこうしょう』へ詰める。


 『灼光雀しゃっこうすずめ』が次に選ぶ手立ては分かりやすく切先を真正面に向けた、ただ突きかかる突貫の構え。


 さながら戦闘機が先端から特攻を仕掛けるような命知らずの猛進は受ける側には手に取るように対応のし易さやすさ


 ただそれは十分な練度と冷静さを備えた場合の話で、『紫檀鋼晶したんこうしょう』を操るマルムークは十分にその練度を備えていた。


 だから切先を跳ね上げ後の先をとるカウンターを狙うが、逆にそれを察したことで『灼光雀しゃっこうすずめ』駆るナガトも簡単に狩れる相手ではないと察し——


 故にその読み合いが膠着こうちゃくを生み、マルムークの跳ね上げを試みた切先はその実、突き入れを諦め下ろす力を加え『灼光雀しゃっこうすずめ』の勢いそのままに鍔迫り合いつばぜりあいへ移行。


 互いのブレードがかち合い軋みを上げる中、互いの推進が押しとどめ合い両機空中に止まる。


 こうして、一機狩られたのを除けば、マルムークの思惑通り敵機の推進を封じた訳で


(いけるっ!)


 戦闘中に判断を誤れば死ぬ。

 ならばその勢いに任せた思考は、僅かに気取った死の予感を踏み倒し勢い任せの行動へ駆り立てた。

 

 それはこの場で最も近く、なおかつ『灼光雀しゃっこうすずめ』の背後を取った『紅奇晶こうきしょう』。

 これを操る操術師のその思考は機体を翻しすぐさまその隙だらけに見えた白い背中へ奇襲を


「待てぇっ!!」


 敵に聞かれることも鑑みず、鍔迫り合いしつつ即座に回線開き『紅奇晶こうきしょう』操術師へ送ったマルムークの指示は、ワンテンポ遅かった。


 その声を捉えつつ、既に切り掛かった『紅奇晶こうきしょう』操術師は、次の瞬間には派手に命を散らした。


 空中で押し合いへし合い鍔を迫り合った『紫檀鋼晶したんこうしょう』と『灼光雀しゃっこうすずめ』の2機は、無論地面を踏んでいないので、常にその位置を360度変えつつ回転しながら押し合うことになり『紅奇晶こうきしょう』操術師はちょうど『灼光雀しゃっこうすずめ』が背を向けた瞬間を狙い澄ますが、それは逆に誘われたものだった。


 その瞬間にちょうど鍔迫り合いを解いた離れ様、『灼光雀しゃっこうすすめ』は背後へ足先の蹴りを放ったのだ。


 『鋼骨塊こうこっかい』の頭部はその気になれば人の可動域を越え回転する。

 その為、視界はしかと『紅奇晶こうきしょう』を捉えていた。


 無論、機体正面からはマルムークの『紫檀鋼晶したんこうしょう』が追撃に切り掛かるが蜂のようにスルリと避け『紅奇晶こうきしょう』をその鋭利な足で貫く。


 こうして『六道衆』『鋼骨塊』7機の内、その2機


紫剣李半しけんりっぱん

紅奇晶こうきしょう


 は墜ちて、残りはマルムーク駆る『紫檀鋼晶したんこうしょう』に加え、


暗奇翼手あんきよくしゅ

月俸金華げっぽうきんか

灘立方なだりつほう

傲魔鬼巾ごうまききん


の5機が残った。


 それら5機を尻目に何を思ったかナガト駆る『灼光雀しゃっこうすずめ』は突如全て振り切り上へと舞い上がる。


 それを誰も追いかけようとしなかったのは、彼我の実力差をどうしようもなく感じたからか。


 そして、太陽によく似た白さで、下の5機全てを下から見れば太陽に並ぶ位置で見下す『灼光雀しゃっこうすずめ』。


 その内部でカメラ越しに今殺すべき全ての標的を見下ろしたナガトは呆れたように一言、


「弱い」


 とだけ呟いた。


 なお、その一言はナガトがわざわざ回線を開かなかったため誰の耳にも届かなかった。


◆◆◆◆


(六道衆りくどうしゅうと言ってもピンキリか……)


 多少の諦めを交え搭乗席の中、ナガトは考えた。

 実力の差を真っ先に突きつけ、彼の『灼光雀しゃっこうすずめ』が見下すこの状況下、奇妙な戦況の停滞が生まれていた。


 互いに出方を窺ううかがう時間と言っても良い。


 とはいえナガトにしてみれば相手への興味がやや惰性に変わりつつある事が理由。

 六道衆は敵が強大なため策を練る必要があったと、理由は全く異なっていたが。


(結局、強い連中は大方死んじまったってことか)


 思い出されるのは、ある都市国家で盛大にやらかした連中。上空から多数の爆弾を撒き散らし、破壊の限りを尽くした上で、慌て迎撃に出た『鋼骨塊こうこっかい』の群れを無勢で多勢を討ち取る大立ち回りの末、壊滅させた『六道衆』きっての過激派筆頭、トジバトル・ハーンを首魁しゅかいとした一派。


(あれとり合うのは心が躍った……)


 などと、『灼光雀しゃっこうすずめ』で無茶をやらかした時のことを思い出すが、それに比べて目の前の連中のなんと弱いことか。


(強い奴は夢みたいな目標掲げて八つ当たりかますからバタバタ死んでいく)


 その一方で


(弱い奴は先の展望もないままコソコソ延命するからますます弱くなる)


 所詮かつて英雄と呼ばれたあの連中も、放っておけば滅ぶ存在。


 であればその意義は。

 今回はたまたま遭遇しただけだが、わざわざ討って出たその意義は。


 引導を渡してやる——ノーだ。それほど親切じゃない。介錯してやる義理もない。


 正義のため——これもノー。今回に限った話じゃないが客観的には正義のため戦ってるよう見えるだけだ。


 復しゅ——全然違う。故郷とか肉親とかそもそもそんなに好きじゃなかった。今住んでる村の方が居心地が良い。


 であれば、結局それが本能だからだ。

 互いの命を狙い澄まし、刺し合うその瞬間の生と死を同時に感ずる心地良さ。

 生きてる実感が得られるこの瞬間を、この世の誰よりナガトは愛していた。


◆◆◆◆


(誰だコイツはっ⁈)


 マルムークは既に目の前の『鋼骨塊』の乗り手が自分の知ってる人物とまるで違うことを見抜いていた。

 彼の知るその人物は、確かに人外と呼べる領域にあった。


 その操術の精度はさることながら、刃物を持たせれば舞うようで刺すようで更には毒を孕むような一連の動きは美しいの一言で言い表せて、確かに今上空で佇むあの機体も、それとほぼ同一のものを備えている。


 しかし、あれは極端なまでに他者の命へ価値を感じていない。


 目の前で家族の命と見ず知らずの他人の命、どちらを取るかという選択の余地なき選択を、コインの裏表で選んでしまえるような人格と倫理。


 あれに乗ってるのが本当に人なのかどうかすら疑わしい。


 だから、恐い。


 身も凍り、神経を焼くような悍ましさおぞましさ


 その、恐怖の権化が不意に、偶然選んだようにこちらへ迫る。

 それにマルムークの『紫檀鋼晶したんこうしょう』含め全機がそこへ殺到する。


 多対一の戦闘で、本来『一』の側の唯一の勝ち筋とは地形や状況を利用し各個撃破に持ち込むこと。


 あの白い機体はマルムーク達を一斉に相手取ったとしても全く問題なかろうが、わざわざ相手の有利に載らず、こちらは数を利用する。


 そのための次なる作戦はグチャグチャの乱戦に持ち込むことだ。

 上下左右もなく至近距離でもつれ込む乱戦に。

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