第二章 中部の都

「まもなく名古屋です」




東海道新幹線のぞみ700系の車内アナウンスが約二時間の短い旅の終わりを告げた。




「名古屋までって以外と近いんだな」




「そうだね。あっという間だったわね」




「しかし、本当にお前付いて来たんだな」




「もう、そういう事何回も言わないの。全く」




再び卑屈になった。




東京を出てから一体何度目だ?




正直自分でもどうして付いて来たのか分からないし、御神君もどうして僕なんかを誘ったのかが分からなかった。




勇気を出して親の前で今までとは違う自分を見せて折角、旅費を貰ったのに。








「・・・・・それはそうと、亜理紗と俺はもう友達だよね」




「何よ、急に。そんなの当たり前じゃない」




「うん実は、俺の名古屋の山鍋佳純という友達が今度結婚する事になって、その結婚相手の兄というのが山光興業というホテル運営会社の部長なのだが、今度その山光興業が名古屋に新しく開業するツインホテルというオープンパーティーにその兄から佳純に「今度、是非、友達を誘って名古屋に遊びに来てね」と誘われていて、その連絡が佳純から俺に二日前に来たんだ。考えた挙句、俺はその誘いに乗る事にし、佳純にそう告げた所、今度は「是非、大勢の友達を誘って来てね」と追加条件を出してきて・・・・・」




「行くー。でそのオープンパーティーって何時なの?」 




亜理紗が笑顔で間髪を容れずにOK返事をした。




「五日後の六月八日の土曜日の十九時からなんだけど、その前日の夜にはホテル入りするつもりだから金曜日、学校が終わったら直ぐ名古屋に向かうよ」




「分かった。大勢の友達を誘っても良いという事だから当然妙子も行っても良いよね。それは私から誘うとして後は・・・・・」




「聞いていたぞ。俺も行く」




盗み聞きをしていた半籐が突然会話に割って入って来た。




「分かった。だとしたら今、妙子を含めて四人だけど、後は・・・・・三堂、君も一緒に来ないか?話は聞いていただろ」




御神君が隣の席に座っていた僕を唐突に誘った。




戸惑った。




初めて、御神君から呼び捨てで呼ばれた事も含めて。




「三堂かよ、御神。こいつがいると何か全体が暗くなるんだぜ」




「そういう事を言わないの。旅は大勢の人がいた方が楽しいわよ」




「まぁ、誰を付いて行かせるのは御神が決めるべきだし、俺はただアドバイスしただけだよ」




「悪いな、半籐。後は個人的に宮内を誘いたいんだが、良いか?」




「あいつもかよ。あいつも何考えているんだか解らない奴だけど、三堂よりはマシか」




「ったく、あんたいい加減にしなさいよ」




「へいへい、生徒会長様」




「・・・・・で三堂、君は付いて行くのか?」








制服姿の御神一行が人の混み始めた名古屋駅の構内を歩いている。




「そう言えばこの間の中間テストの順位って学年一位が宮内で、二位が松井、三位が御神で四位が亜理紗だったよな」




「そうだけど」




「亜理紗、いつも指定席取られたな」




「まぁ蓮司、授業の様子とか見ていると頭良さようだったし、今回学年一位を取るんじゃないかと思っていたから私にしてみれば逆に意外かも。まぁ、私はどのみち抜かれちゃったけどね」




「そうだよな。数学の授業の時にスカラー量とは座標変換しても不変な量だとか、テンソルの何とか微分とか訳の解らない事、言っていたもんな」




「共変微分。まぁ、一般相対性理論とかに良く使われる数学らしいのだけど、私もさっぱり何言っているのか解らなかったな」




「・・・・・っていうか、お前まで付いて来るとはね」




半籐が突然、横目で宮内を見て言った。




「俺は御神という人間に興味があるから行く事にしたんだよ」




「その為だけに付いて来たのか?お前、御神のストーカーかよ」




「だっ、誰がその為だけで付いて来たと言ったんだ。・・・・・まぁ、何とでも言え」




「ふん、お前の考えている事は解ら・・・・・」




「皆、この地下鉄に乗るよ」




御神が二人のバトルを遮った。




そして、大きな荷物を持った六人が金山駅までの切符を買う為に列に並び始めた。




高さ百五十メートルを超えるツインホテルはスカイタワーとグランドタワーの二塔の総称で愛知県の名古屋市熱田区に位置し、そのホテルの最上階から夜、北を向けば名古屋市の中心街のネオンが、南を向けば名古屋港のイルミネーションを一望出来るという事だけが御神達の予備知識だった。




「さぁ、全員切符を買ったようだし、出発しましょう」




亜理紗が人ごみの騒音に負けじと大声でそう発すると、六人が改札に向かって歩き出した。




「妙子、貴方、蓮司の事好きでしょう」




十秒位歩いた所で亜理紗が御神に聞こえない程の声で突然、東京からずっと口を噤んでいた妙子にそう問い質した。




「どっ、どうして・・・・・そう思うの?」




妙子の美白色の顔が徐々に赤く染め上がる。




「だって、妙子あの蓮司との東京案内からずっと様子が変だからよ。私が教室とかで蓮司に話し掛ける時、前までは私の傍にいて会話に混ざっていたのにあれからそういう事、恥ずかしがってしないし」




「・・・・・うっ、うん、もしかしたら私、御神君の事好きになってしまったのかもしれないの。だけど御神君みたいな人、私なんかじゃとても釣り合わないから・・・・・」




「それでずっと黙っていたのね」




「・・・・・うん」




「確かに彼カッコイイし、頭も良いし、性格も良いからライバル多いけど、あの東京案内から妙子の事、妙子って呼び捨てで呼ぶようになったし、話し方もフレンドリーになったじゃない。現時点でかなり他の子よりも一歩リードしているわよ。それにもしかしたらあっちも妙子に気があるかもよ」




「・・・・・そうだと良いけど」


 


妙子が暫く間を取り小さな声でそう答えた。




「もし自分から言いにくかったら、私が代わりに蓮司に妙子の気持ちを伝えてあげようか?」




「・・・・・うん、もしかしたらお願いするかも。でも今回の旅行期間中は言わないで欲しいな」




「分かったわ」








「ねぇねぇ、あの人超カッコ良くない!」




「本当だ!」




御神達集団に向かって何処からかそう聞こえてくる。




恐らく御神の事を言っているに違いない。




発言者は口調から推測すると恐らく女子高生だろう。




先頭の御神が立ち止まった。




「皆、十九時二十三分発の藤が丘行きに乗って、栄駅で名城線の左回りに乗り変えて、金山駅で降車するから」




「分かったわ」




御神がそう説明すると、亜理紗がそう答えた。 




電車を待っている間ずっと皆無言だったが、僕の前に並んでいた御神君が突然、振り返り話し掛けて来た。




「三堂、どうかしたのか?」




内心その言葉に焦った。




自分でも気付かず憂鬱な面持ちしていた。




何故なら先程までの大谷さんと秋山さんの会話をこっそり聞いてしまったからだ。




「いっ、いや何でもないよ」




そう答えるだけで精一杯だった。




「まぁ、それなら良いけど。少し様子が変だったから声を掛けてみたんだ」








「栄方面、藤が丘向きが参ります。白線の内側でお待ち下さい」




駅のホームに電車の接近メロディと入線アナウンスが流れる。




半籐が「行きますか」と促すと、ホームに到着した電車に六人が乗り始めた。




乗車中、御神君の傍に正直いたくなかった。




このもやもやした気持ちはなんだろう。




これは御神君への嫉妬心なのか。




一年程前、机からシャーペンを落とした時、秋山さんが「はい」と言って拾ってくれた事を自然と思い出してしまった。




もしかしたら、その時からそれが原因で自分でも不釣り合いと分かっていても、知らない間に好きになってしまったのか?




秋山さんは可愛いし、頭も良いし、性格も優しくお淑やかだ。




まともな感覚を持った男だったら好意を抱いてしまうのが普通だ。




だとしたら今僕が抱いている気持ちは御神君へ対する嫉妬心だ。




そう思っていたら気付いたら栄駅に着いていた。




「名城線はこっちだな」




全員が電車から降りた事を確認すると、半籐が先頭になって六人が帰宅ラッシュのサラリーマンが主な人混みの中を歩き出した。




「しかし、名古屋も人が多いわね」




歩きながら亜理紗がここまで来たのに普段と変わらない光景を見て、そう不満を口にした。




ただ、この不満などこれから降り掛かる恐ろしい出来事に比べれば、軽微だという事をこの時まだ旅人達は知らなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る