第33話 助けるために①

 それからまた世界中を旅して、各国の偉い人にヘラルドの考えを伝えた。元々、竜という種族が友好的であること、それに、人間に多大な利益を与えていることから、多くの国が賛同してくれた。


 ヒベルタウにも行ったけど、竜を幽閉している家の当主や王は代替わりしているにもかかわらず、賛同してくれなかった。ヘラルドが言うには、まだ竜は地下に閉じ込められているようだったという。なんとなく分かっていた結果とはいえ、これだけの月日が経っても変わらない体勢に悲しくなった。

 でも、もし竜を助けるこの願いが実現したら、その竜も助けられるかもしれない。そう考えて、痛む胸に背を向けて、別の国へと交渉に飛び立った。


 ただ、いくらかの国は賛同してくれたものの、資金面などの援助を渋るところもあった。まだ実現するかどうかも分からないものに投資できないということには納得できる。

 どこの国がどれだけの人や資金を出すか。そういう細かいことを決めるために、各国の代表を集めて会合を開くことになった。この世界で一二を争う大国・グラスネスで、まずは食事会を行った。たくさんの人が集まってくれたらしい。食事会の後に場所を移動して話し合いをする。その場所は――。


「っ!? どうしてここに竜がいるんだ……?」

「群れからはだいぶ離れているのに……」


 グラスネスの中心地から遠く離れた森。そう、わたしが隠れている森だ。


 多くの人を引き連れて帰ってきたヘラルドは、わたしを見つけた瞬間、表情が明るくなった。コミュニケーションに長けている彼でも、さすがにこの人数相手だと疲れるらしい。

 ぞろぞろと各国のお偉いさんと思われる人がやってきて、わたしの姿を見ては驚いていく。でも、列の最後尾にいた人は少し目を見張っただけで、へにゃりと表情を崩した。別れた時よりもだいぶおじいちゃんになっていたから、その笑顔を見るまで分からなかった。


(オズウェン……?)

「久しぶりだねぇ」

(ほんとに! また会えると思ってなかった!)

「おれも。また姿見れて嬉しいよ」


 オズウェンは近寄ってきてわたしの身体に触れる。このゴツゴツとした手、懐かしい。あのカパルーノでの一件以来の再会だ。


(どうしてここに? オズウェンが偉い人になると思えないんだけど……)

「辛辣ぅ。おれが今いる国の代表はこっちの人。で、その付き添いがおれってこと」

(そうなんだ)

「うん。ヘラルドって名前聞いて、もしかしてって思ったら、当たってたよ。それで付いていきたいってお願いしてね」


 オズウェンの手が頬へと移動してきて、気持ちよさと再会の嬉しさとで、少し気恥ずかしくなっていると、ヘラルドがひとつ大きな咳払いをした。どうやら話が始まるらしい。オズウェンもそれを感じて、わたしから手を離す。


「えー……この場所までわざわざご足労いただいたのは、彼女のことを紹介したかったからです」

「紹介? どういうことだ?」

「実は、彼女とは30年ほど一緒に旅をしてきました。それと……俺は、竜の言葉が分かります」


 そうヘラルドが告げると、一斉にみんながざわつき始めた。当然の反応だ。竜と長い間一緒にいた。捕獲しているわけでも匿っているわけでもないけど、場合によっては重罪になりかねない。これから竜のことを守りたいと言っている人が、自らその法に反することをしているとなると、援助どころか賛同すら白紙に戻そうと思うだろう。

 すると、代表のうちの一人が手をスッと挙げた。


「すみません、いいですか」

「はい」

「彼女、は嫌と思っていないんですか? 嫌がるのを無理矢理引き連れていたとしたら、それは……」

(! 嫌なわけない! わたしはヘラルドと一緒にいたいから!)


 聞こえるわけないことをその人に伝えるけど、もちろんヘラルドの方しか見ていなかった。ヘラルドはわたしの首を優しく撫でる。


「彼女は嫌と言ってないです。俺も彼女も一緒にいたいから、そうしています」

「……ヘラルドさんがどれだけ真面目で実直な人かは理解しています。ですが、竜の言葉が分かるというのが証明できるわけでもないので、偽っている可能性もありますし……」

「それは……そう思われてもしかたないですが……」


 ヘラルドの手に力が込められたのが分かった。伝わらなくて悔しいのはわたしも一緒だから、なにかアピールしなければ。ヘラルドは分かっているよ、とか、嫌なんて思ってない、とか、いろいろな意味を込めて片翼をあげて、軽く羽ばたかせるけど、みんな何をやっているのかといった目で見てくるだけだった。


(やっぱり、だめ、かな……)

「……大丈夫、おれに任せて」

(え?)

「はぁい。おれも実は竜の言葉分かるんですよねぇ」


 ざわつく中でオズウェンは手を挙げて、そう言った。人々の視線が一気にオズウェンに集まって、森の中がしんとなった。

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