第26話 竜にとっての『幸せ』③

 それから、オズウェンはしばらくわたしたちと一緒にいることになった。特に行き先も決めておらず、あてもなく旅をしていると言っていたので、ここに留まることで旅程が崩れることはないから問題ないらしい。それよりも、わたしたちを観察したいだとかなんとか。

 話をしたいという当初の目的も、この数日でおこなっていた。わたしにしていた話の他にも、あの国の情勢はどうだ、とか、難しい話もしていた。


 三人での食事は楽しかったけど、予想外に一人増えたからいつもより食材の減りが早く、前回より短いスパンで買い出しに行くことになった。


「おれのせいだから、おれも行くよ」

(え!)

「別にオズウェンさんのせいってわけでは……元々、傷まないように少なく買ってたので」

「まあまあ、荷物持ちは多くいた方がいいでしょ、ね」


 そう言って二人で一緒に街へと買い出しに行ってしまった。

 またひとりに戻ってしまった。せっかくヘラルドを待っている寂しい時間を、オズウェンの面白い話で楽しく過ごせていたのに。ずっとひとりだったなら、こんなふうに思わなくて済んだのに。


(そういえば――)


 ヘラルドと旅に出て、初めてひとりでお留守番をした時にも、同じようなことを思っていた気がする。

 もうあれからずいぶんと時が経った。たくさんの国を巡ってきた。わたしは初めての場所や経験ばかりだから新鮮だけど、ヘラルドは飽きていないだろうか。


(まだ、一緒にいてくれるかな……?)


 そうだと嬉しいなと思いながら、二人が戻ってくるまでの退屈な時間を過ごした。


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「おや、ヘラルド。今日は連れがいるんだね。その人が一緒に旅をしてるって言っていた人かい?」

「いや、この人は――」

「おれは、なんというか、臨時メンバーってやつ? おばちゃん勘違いしないでよぉ」

「おば、お姉さんと呼びな!」


 オズウェンさんが店主の奥さんにパンッと頭を叩かれる。そこをいたた、と言いながらさすっていた。


「人数多いなら、この間より多く買うかい? おまけしておくよ!」

「ありがとう。助かるよ」

「あ! おれ、これ好きなんだぁ、おば、じゃなくて、お姉さん、これいっぱいちょうだい」

「ちょ、勝手に! まあ、いいか……」

「そうそう、彼女も好きだから、ねぇ」


 ニヤニヤとこちらを見ながら言ってくる。

 ヨリに危害を加えるつもりはないことは分かったが、飄々としていて食えない人だ。自分が物事にはっきりしているタイプだからか、オズウェンさんのような人相手はどうすればいいか分からなくなる。


「今日はもう宿屋に泊まって、明日買ったものを取りに来ます」

「はぁい。じゃあ、また明日~」


 ここの宿屋は食事も提供しているから一緒に夜ごはんを食べる気でいたが、オズウェンさんは宿屋の前で手をひらひらと振りながらどこかへと行ってしまった。

 引き留めようと思ったが、彼にも何か用事があるかもしれないと思い、見送ってから宿屋で一人で夜ごはんを食べた。



 ――次の日。


 あのあと、きちんと部屋に帰っていたようで、朝になったらすでに宿屋の入り口に立っていた。

 合流して二人で昨日買ったものを店で受け取り粗方確認してから、ここからおよそ1日くらいかかるヨリの元へと戻る帰路につく。


 朝から必要なことしか発していなかったオズウェンさんが口を開いた。


「……ヘラルドは、どうしてヨリと一緒にいるの?」

「それは……最初はヨリの願いを叶えてあげたいと思ったからです」

「甘い物が食べたい、ってやつ?」

「はい。元々竜が好きで。苦しんでいる竜を助けたい。それに、甘い物を食べると、どんな顔をするんだろう。そんな気持ちでした」


 絵本や図鑑の中で堂々と自由に空を飛んでいる姿を見ていたから、閉じ込められて痛みを与えられているヨリを助けたいと思った。彼女に初めて会った時は、新しい遊び相手が増えるくらいの気持ちだったかもしれない。

 だけど、家と縁を切る少し前に夜中に地下へと行った時には、毎日ヨリのことを考えていたからか、日に日に増した感情が爆発して、もう彼女のことを――。


「そっかぁ。でも、もう、それは十分なんじゃない?」

「――え?」

「おれとヘラルドは人間で、ヨリは竜。一緒にいることを法律が許さないっていうのもあるけど、竜は竜の元で暮らすべきだと、おれは思うんだよね」

「そ、れは……」


 考えたことはあった。事実、ヨリを助ける時、最初は甘い物を渡してすぐに竜の群れへ返すつもりだった。久しぶりに会った彼女を、とても、大切なひとだと思ってしまったから、無理だった。


「おれも竜の言葉が分かるからさ、どんなこと話してるんだろって群れの近くで過ごしたことあるんだ」

「……それで?」

「いろいろなこと話してて面白かったよ。案外人間と話してること変わらなかったりしてさ。……でも、竜は竜で、おれたちは人間。ヨリは竜の中でも、すごく人間っぽいけど、それでも竜なんだよ。竜として生活してる方が彼女にとっても、いいんじゃないかな」

「……っ」


 反論、するつもりだった。ヨリの幸せはヨリが決めることだとか、人間に友好的だから分かり合えるかもしれないだとか。


 でも、何も言えなかった。


 オズウェンさんに言うことが全部自分に返ってくるような気がした。俺は俺がそうしたいからというだけで、ヨリをいろいろな場所に連れていっているから。一緒にいたいと思っているのは俺だけかもしれない。


「地図、ある?」

「え? ああ、はい」

「ありがと。ええっと……ここと、この辺りもだったかな」

「何が、ですか」

「竜の群れがある場所。もし返すつもりなら。最初にいた場所がいいかもしれないけど、あんまり行きたくないってヨリが言ってたから」


 最初にいた場所……ルガランズの近くだろうか。捕まった場所だからというのもあるだろうけど、きっとヨリのことだからサルヴィオのことを考えているに違いない。

 どこまでも人のことを考えられる優しい彼女だから。


「……ごめんね、酷なこと言って」

「いや……」


 それからヨリのところに到着するまで、俺もオズウェンさんも言葉を交わすことはなかった。

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