第25話 竜にとっての『幸せ』②
(あ! ヘラルドだ!)
「どこどこ……おー、あの小ささで分かるもんなんだねぇ」
(なんとなく。それに、わざわざここに向かって来る人なんてヘラルドくらいだし)
「あと、おれとかね」
オズウェンは自らに人差し指を向けながら笑って言った。
ヘラルドが戻ってくる今日までの間、オズウェンとたくさん話をした。わたしたちと同じようにいろいろなところに旅をしているらしくて、そこで見聞きしたことや各地にある竜の群れでのこと。他の竜がどんなことを話しているか、とか。
わたしが今まで出会った竜は母と祖父だけだったので、その話はとても興味深かった。ヘラルドとずっといるわたしはさておき、群れで暮らしている竜もまるで人間のような会話をしていた。
オズウェンの話を聞いて、竜の母や祖父はなにをしているのかなと少し思いを馳せた。きっと祖父はもう死んでいるだろう。200歳から数えるのをやめたと言っていたから詳しくは知らなかったけど、オズウェンが竜の寿命について教えてくれた。300歳まで生きているのは滅多にいなくて、だいたいは250歳くらいで亡くなっているらしい。
彼らの元を離れてから120年くらい経っただろうか。もしかしたら母はまだ生きているかもしれない。元気で暮らしているだろうか。そう零したら、オズウェンが会いに行ってみるか、と提案してくれたけど、断った。わたしが捕まったあの場所は、おそらくアルヴァレス家があったルガランズという国だ。サルヴィオにもう近付かないと約束したから、行くわけにはいかない。
それに、今はヘラルドと一緒にいられることの方が大事だから、と。
(ヘラルド、おかえり!)
「っ!? ヨリ、離れて!」
(え? ああ、大丈夫。この人は多分安全だよ)
「でもっ」
「はは、あんだけ話してもまだ『多分』なんだなぁ」
慌ててオズウェンとわたしの間に入るヘラルドと対照的に、オズウェンはへらへらと笑っていた。そんな態度だと怪しさが増すというのに。
ヘラルドも同じように感じたのか、普段はしないような鋭い表情をオズウェンに向ける。
「おれ、大丈夫な人だよぉ」
「そんなわけ! ……あれ、どうして?」
臨戦態勢をとっていたヘラルドは、オズウェンから視線を逸らし、不思議そうにわたしの方を見た。その感覚にわたしはすでに2回なったことがある。ヘラルドよりも先輩だ、と、少し自慢げにしてみせる。
(あ、ヘラルドも気付いた?)
「なんで、今、この男……もしかして……?」
(うん。この人も言葉、分かるみたい)
ヘラルドは再度オズウェンを見る。きっと驚いた表情をしているに違いない。わたしもそうだった。ヘラルド以外に、竜の、わたしの言葉が分かる人がいるとは思っていなかったから。
「分かっちゃうんだなぁ、これが」
(そうやって、ヘラヘラしてるから疑われるんだよ、オズウェン)
「ええ? おれのこの愛嬌ある笑顔がだめなの?」
(愛嬌って……ふふ、ないよ。怪しさ満点!)
「ヨリは辛辣だなぁ。おれ、泣いちゃう」
オズウェンは手で涙を拭う仕草をして泣き真似をする。ヘラルドよりも、前世のわたしよりも年上だというのに、言動はどこか子どもっぽい。見た目も年相応だから、余計にそのギャップが面白い。ヘラルドといる時とはまた違う感情が生まれてくる。
会話をしているわたしたちに、ヘラルドはもの言いたげな視線を送ってくる。
(ヘラルド?)
「……ずいぶんと、仲良くなったんだね」
(え! あ、いや、時間いっぱいあったから、それで話してただけで……)
「そっか。俺がいなかったからね」
ヘラルドは買ってきた荷物を片付けながら言う。どこか刺々しい声音に聞こえるのは気のせいだろうか。
(ヘ、ヘラルド? 怒ってる……?)
「別に。それより、ごはんにし――!」
(なんで不機嫌なのかは分からないけど、わたしが悪いんだったら、ごめんなさい)
こっちを向いてくれないヘラルドの背中に頭を軽く擦り付ける。ヘラルドは身体を少し硬直させた後、はぁとため息をついた。さらに怒らせてしまっただろうかと不安になっていると、振り向いてわたしの顔を優しく撫でてくれた。
「ヨリは何も悪くないよ。俺が、――っとにかく、もう機嫌直ったから、大丈夫」
(ほんと……?)
「ほんと。それより、お腹すいてない? 何か作るよ。あと、ついでだから、オズウェン、さんの分も、作りますね」
「え、いいの? やったぁ」
オズウェンは嬉しそうにワクワクと待機していた。
彼とふたりだった間、何度も食事をしたけど、毎回ろくなものを食べていなかった。野菜をそのまま食べたり、焼いたものに少し塩のようなものをかけて食べたり、まるでわたしのごはんそのものだった。
聞いたら料理はほとんどしないらしい。そもそも街で寝泊りが当たり前で、店で食べることしかしないという。
だから、久々のまともな料理が楽しみなのだろう。それに、わたしがヘラルドは料理が上手だと何度も言ったからというのもあるかもしれない。
少ししたら、いいにおいが漂ってきて、お皿に乗った料理が差し出される。それを見て、オズウェンは目を輝かせていた。もちろん、わたしも。
「じゃあ、遠慮なく、いただきまーす」
(わたしも、いただきます! ……んー! おいしい!)
「……たしかに……へー」
オズウェンは料理を見つめて頷いた後、ヘラルドの方をジッと見ていた。それに居心地が悪くなったヘラルドが疑問を投げ掛ける。
「、なんですか」
「いやぁ、ヨリがね、ヘラルドのごはんは美味しいんだよ、って熱弁するから、どんなもんかと思ったら、こりゃうまいねぇ」
(でしょ! いろいろな甘い物もおいしかったけど、ヘラルドのごはんが一番!)
「……得意気なヨリ、かわいい」
(? なんか言った?)
「ううん、なんでもない。美味しいならよかった」
ヘラルドはそう言って、先ほどとは打って変わってとても満足そうにごはんを食べていた。
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