第21話 竜の声②

「お兄さん、いっぱい買ったなぁ」


 食料を買った店の人から話し掛けられた。これまでも、初めて会う商人には毎回似たようなことを言われた。そうやって何度も会話しているうちに、気が付いたらいい関係が築けていて、なにかと親切にしてくれた。


「え? ああ、ふたりで数日分だから」

「数日? ここからまた旅に行くのかい?」

「いや、砂漠の方で寝泊りしていて……」

「砂漠で!? こりゃまた、ずいぶんと物好きな……」


 暑さで死なないようにな、と縁起でもないことを言われたけど、それに軽く手をあげて返事をして店を去った。


 抱えた荷物を確認する。必要な食料はだいたい揃った。もう少し量を買いたかったが、暑さで傷むかもしれないから、いつもよりは荷物が軽い。買い出しの回数が増えるとヨリと離れる時間が増えるから、できるだけ多く買いたかったけど、今回はしかたがない。ヨリに傷んだものを食べてほしくない。


「あとは、エルートを買って……」

(――、けて)

「?」


 ヒベルタウでも有名だというエルートの店に行こうとしたら、どこからか声が聞こえた。

 辺りを見回すが、俺に向かって何かを言っているような人は見当たらなかった。


「気のせい、かな……」

(……たす、けて……)

「助けて……?」


 もう一度周りを見るが誰も困ってなさそうで、空耳かな、と不思議に思っていたが、ふと気付いた。

 その言葉が耳を通って聞こえていなかったことに。

 思っていることを伝える時に、いつも彼女が使っている方法と同じだ。


「ヨリ……じゃ、ないか。さすがに遠すぎる。じゃあ……」


 他の竜の声、だということになるけど、あんなに大きな竜がこんなに人が多く行き交う街中にいたらすぐに分かるはずだ。

 何度も弱弱しく助けを求めてくれたおかげで、その竜の声が聞こえる方へと行くことができた。


「多分、この辺り、なんだけど……」


 そこは家屋が連なっているだけで、その中でも、一際大きな屋敷が目に入った。


「まるで――」


 ――実家みたいだ。

 嫌な想像をしてしまう。地上には当たり前に竜は見当たらない。でも、地下は……?


(たすけて……もう、いや……!)


 今までで一番大きく聞こえた。やっぱりこの屋敷の地下に竜がいるんだ。以前のアルヴァレス家のように竜を捕獲している可能性がある。

 この声が聞くことができるのは俺だけだ。


 気が付いたら、その大きな屋敷の戸を叩いていた。


「はい」

「えっと……ここの、当主はいますか?」

「……どちら様ですか?」

「ヘラルド・アルヴァレスと申します。旅をしています」


 使用人と思われる人が出てきて応対してくれたが、俺の頭からつま先までジロジロと怪訝そうに見る。無理もない。なんの約束もない見知らぬ男がいきなり当主に会いに来たんだ。警戒して当然だ。


「……どのような御用でしょうか?」

「とにかく、当主と会わせてください」

「は? ……御用も仰らない方に、当主様にお会いさせるわけないでしょう。お帰りください」

「っ! 大事な話なんです!」


 屋敷の扉を閉められそうになるが、なんとかそれを阻止する。ここで門前払いされたら、二度とこの竜を助けることができなくなる気がした。

 使用人を押しのけて中に無理矢理入ってもいいけど、おおきな騒ぎになることは避けたい。捕獲している人を投獄したいわけではない。ただ、竜を助けたいだけ。


「――なにをやっておる!」

「! ジョエトロ様!」

「さっきから騒々しい……誰だ」


 使用人と玄関で攻防していると、ジャラジャラと高価そうな装飾品をたくさんつけた恰幅のいい男性が現れた。一目でこの家の当主だと分かった。こちらを視界に入れて、使用人に正体を問いかける。


「なんでもございません。ただの旅人で――! おい、待てっ!」


 一瞬の隙をついて屋敷の中へと入り、使用人の制止に逆らって当主の方へと歩み寄る。使用人は慌てて、当主に被害が及ばないように俺の身体にしがみつく。当主も警戒したように両腕を顔の前に掲げる。


「っどうして、地下で、閉じ込めているんですか!」


 俺の発した言葉に当主と使用人は、少し焦った表情を見せた。当主の額には汗が滲んでいる。使用人が俺の身体から離れ、当主の隣に移動する。


「……おい、言ったのか」

「滅相もございません」

「だろうな。……ハッタリか……?」


 小声で何か会話しているようだった。先ほど使用人にされたように、当主からもジロジロと全身を見られる。


「旅人でしたかな? はて、地下とは一体なんのことでしょうか?」

「地下に……竜を捕獲していますよね?」

「竜を捕獲? ははっ! そんな重罪、このジョエトロ・ランドルフが犯すわけ、ありませんなぁ!」


 大きな口をさらに大きく開いて当主は笑った。

 悪いことをしている人が、はい、やっています、なんて正直に言うわけはないことは分かっている。でも、少しでも、罪の意識が、竜をかわいそうだと思う気持ちがあったら、こんなに笑って言うことはできないだろう。


「では、地下を確認させていただけませんか?」

「……今会ったばかりの、それも相手を犯罪者呼ばわりしてくる人間に、屋敷を案内したいと思う人がいるとお思いで?」

「それは……」

「お帰りくださいな」

「っ、分かり、ました」


 もうどう足掻いても、地下に行かせてもらえないことを悟って、大きな屋敷――ランドルフ家を後にした。


 言い争っている間も、ずっと竜の声が聞こえてきた。このまま引き下がるわけにはいかない。これだけ大きな屋敷だと権力もあり、並大抵の組織ではもみ消されてしまうだろう。ランドルフ家の上に立つことができるのは、おそらくあそこしかない。


「――王宮に行こう」

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