第13話 マカロンと金欠と②

 次の日もその次の日も、話し合いは平行線を辿り、交わりそうになかったので、二人の意見を両方採用することになった。つまり、ヘラルドは依頼を受けるし、わたしの鱗は自然に落ちたやつだけを売りに行くことになった。

 自然に落ちるまで少し時間がかかるので、ヘラルドは半月ほど街に依頼を受けに行って、その後ここに戻ってきて落ちた数枚の鱗を持って、また街に行き売ってから依頼を受ける。


 その生活がおよそ3か月ほど続いた。


 その間、必要事項以外ヘラルドとの会話はなくて、少し……いや、かなり寂しかった。旅を始めてから、買い出しの時以外はずっと一緒にいて、ずっといろいろなことを話していた。


 百年以上、ひとりぼっちでも、痛みを与えられても平気だったのに、ヘラルドと出会ってから、いつの間にかこんなにも弱くなってしまった。


(ヘラルド……っ)


 頬に月の光が反射した気がした。


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「……ただいま」

(おか、えり……)


 ヘラルドが依頼を受けるだけだともう少し日を要する予定だったが、鱗も売っているおかげで早めに多くの資金を貯めることができた。ただ、テンベルク周辺が暖かくなるまではまだ時間がある。だから、その時まで以前のようにたまの買い出しのみで、ここで過ごすことにした。


 久しぶりにヘラルドとのんびり一緒にいられるのは嬉しいけど、この間のことがあったからわたしも、きっとヘラルドも気まずいのか、事務的な会話を済ませた後は沈黙が続いた。

 謝らないといけない。ずっとこのままなんて嫌だから。……ヘラルドに嫌われたくないから。


 水と風と、それから鳥のような動物と、そんな音だけが鳴り響く中、口を開いたのはわたし。と、ヘラルドだった。


「(あの!)」


 ふたりの声が重なる。先ほどまで一度も合わなかった視線が交わる。


「……ヨリからどうぞ」

(え! い、いや、ヘラルドから……)

「……」

(、……)


 お互いに遠慮して再びしばしの間静寂が訪れる。

 その沈黙を破ったのはヘラルドの方だった。


「……あの時は」

(! うん……)

「あの時は、いきなり大声を出して、ごめん。でも、どうしてもヨリには自分を傷付けるようなことはしてほしくなくて……俺が、疲れるとか、そういうのは別にいいんだ」

(っよくないよ!)

「いや、いいんだよ」


 ヘラルドは左右に首を振る。


「俺の疲労は休めばすぐになくなる。けど、ヨリが痛みを感じた記憶は消えないんだから」

(それは、そう、だけど……でもっ)

「俺も超人じゃないから、確かに疲れるよ。でも、でもね、ヨリ――」


 ヘラルドの手が頬を撫でる。大事なものに触れるような手付きに、鼓動が高鳴る。


「ヨリの顔を見るだけで、すぐに元気になれるんだ。これは嘘じゃない」

(、へらるど……)

「ヨリが、こうやって俺の傍にいる。ただそれだけが、俺の一番の幸せだから」

(……っ)

「でも、そのヨリが傷付いていると、悲しい。し、辛くなる。例えそれが俺のせいじゃないとしても、心苦しくなる」


 頬から顎、また頬にいって次は頭に。ヘラルドの手が優しくわたしの顔周りで動く。

 撫でられる感触は心地いいけど、照れくさくて目の前のヘラルドの方を見ていられなくて、視線が左右に泳いでしまう。


 でも、伝えたいことはちゃんと言わないと。


(わ、わたしも……ヘラルドが傷付くのはいやだ……)

「、そっか」

(ヘラルドが大変になるのもいやだけど、元気になれるなら、よ、よかったの、かな……?)


 なんか上手く言いくるめられているような気がしなくもないけど、今はとりあえずこれで保留しておこうと思う。……じゃないと、わたしに向けられるおおきな感情が止まりそうになかったから。


「あ、それと、……これ」


 何日か分の食料がある荷物の中から小さな包みを取って、わたしの目の前に差し出してきた。なんだろうと不思議そうな顔をしていたからか、ヘラルドは包みから中身を取り出した。


 それは、どうにかマカロンにしようとしたものだった。


(! どうしたの、これ?)

「依頼がそれほどない日に、ヨリが言っていたものに近付けようと何回も練習してたんだ。ここに戻ってくる前に作ったのが、一番上手くできたから、ヨリにプレゼントしようと思って」

(街でも作ってたの……? 作り方も曖昧だし、難しいから諦めたんだと思ってた)

「半ばね。でも、あんな言い合いになっちゃったから、これ作ったら喜んでもらえるかな、って。食べてみる?」

(うん!)


 一番上手くできたと言うだけあって、形はテレビで見たものに結構近かった。ドキドキと期待しながら食べる。


(……全然、違うと、思う……)

「はは、やっぱり?」

(あ、でもでも! わたしも、マカロン食べたことないから、多分だけど……。それに、これもおいしい!)

「挟むくりーむ、っていうのができれば、もっと近付くかな?」

(うん、少しは。でも――)


 この世界には生クリームというものがない、と以前ヘラルドが言っていた。脂肪分を気にしたことがないとも。

 わたしもマカロンの中のクリームのようなものが何でできているか知らないけど、おそらく生クリームは必要になるはず。生クリームがないなら、難しいどころか作ることもできない。

 そのことをヘラルドに説明すると、再び荷物を漁り始める。


「街にいる間にね、……あったあった。これ、そのシュクーカの脂肪を全体の半分くらい入れたもの」

(え!?)

「商店の人に聞いたけど、やっぱり彼らも脂肪分のことを考えたことなかったようで。どうすればいいか相談して、魔法で分離してみたんだ」

(魔法……すごい)


 これが前世の生クリームとどれくらい近いかは分からない。

 だから、まずはホイップしてみることにした。たしか、砂糖を入れてたくさん混ぜればできるはず。


(えっと、砂糖、じゃなくて、甘くなる粉……)

「ハカロ?」

(それをこのクリームに加えて、メレンゲの時と同じように固まってくるまで混ぜてみて)

「分かった」


 かき混ぜ始めて数分後、ボウルのような容器の中でできたものは、思っていたホイップクリームよりもかなり固めのものだった。

 少し舐めてみると、まろやかな甘みが口に広がる。生クリームもそう食べたことがないから、これが前世のものとまったく同じかは分からないけど、美味しい。


「……まかろんに挟んでみようか」


 甘さに浸っていたわたしに、ヘラルドはそう言ってマカロンに挟むが――。


(なんか……見た目が……)

「ん? 違う?」

(う、うん……ずいぶん、真ん中が分厚い……)


 クリームが固めだからか、その部分が薄くならず、まるでハンバーガーのようになっていた。こう見ると、そもそも挟むのはホイップじゃなかったかもしれない。

 そのマカロンバーガーを口に入れてもらう。クリームが加わったことで甘さが強くなり、牛、じゃなくて、しゅくーかの乳のコクが生地のさっくり感といいバランスで混ざり合う。


(マカロンとは、多分違うけど、これはこれでおいしい……!)

「ほんと? 俺もいただきます。……! この、くりーむってやつ、美味しいね! シュクーカの乳にこんな使い方もあったのか……」


 まじまじとクリームを見つめるヘラルドを見て、ふと思いつく。

 生クリームに近いものを作れたってことは、これからいろいろなお菓子が作れるんじゃ……?

 それに、このマカロンの見た目……そっくり……!


(ヘラルド!)

「、びっくりした。どうしたの、ヨリ?」

(今度はね!)


 ――マリトッツォっていうのを、作ってほしいの!

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