第8話 ドーナツ①

 パンケーキ――もとい、エクンプがあるチェスローという国に、しばらくの間滞在した。


 何日かごとにヘラルドが街に食材とエクンプを調達しに行った。その時は宿に1泊するが、それ以外はわたしがいる森の中で簡易的なテントのようなところで寝泊りしていた。

 何度も宿の方が身体痛くならないよ、と言っても、必要ないからと毎回断られて、ヘラルドがとても頑固なことを知れた。ここなら人も、大きな獣も来ないからわたしは大丈夫なのに。


 食材調達に行かない日は、ヘラルドが今まで見聞きしたいろいろなことを話してくれた。レフベス以外にも食べられる木の実があることも教えてくれて、前の世界の何に近いか考えたり、エクンプにトッピングして一緒に食べたりした。


 エクンプも、チェスロー国も味わい尽くした頃、そろそろ次の国に行こうかと、ヘラルドが提案してきた。


「次に行くところは、ラマグレットって国で、プラトっていう少し苦味がある、食感が面白いお菓子があるんだ。子どもよりも大人の方が好んでいるかな」

(ぷらと……どんなのだろ)

「チェスローからだいぶ離れているから、飛んで行っても数日はかかるかな。途中、こんな感じで野営しながら行こうか」

(うん、わかった)


 出発する前に、もう一度チェスローに行って道中の食料を用意することになった。もちろんエクンプも添えて。


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 1か月くらい過ごした森を名残惜しみながら、ヘラルドを背に乗せてチェスローから飛び立った。ここから南東の方角へずっと行ったら、目的の国があるらしい。


 アルヴァレス家からチェスローに来たよりも少し長い距離を飛行した後、開けた低山の頂上に降り立つ。今日はここで野営するらしい。


「……、よしっと。じゃあ、ご飯の準備しようか」

(うん。……あ、レフベス近くにあったりするかな?)

「んー、どうだろう。探してみようか?」

(! ううん! わたしが探す!)


 いつもいろいろしてもらってばかりだから、何か手伝いたくて木が茂っている方へと歩く。揺れを起こさないようにゆっくりと。木を倒したくはないから、手前で停止して辺りに目を凝らす。


(あ! あれ、かな……?)


 陽が落ちて薄暗くなっているから少し見えづらいけど、木にっている赤い何かが確認できた。ただ、そこに行くには木をなぎ倒していくしかない。


「ヨリ? あった?」

(うん、あそこの……違うかな?)

「ああ、なんかあるね。ちょっと待ってて。取ってくるよ」


 ヘラルドは森の中をずんずんと進んでいった。

 結局、手を煩わせてしまった。何か役に立ちたかったのに。

 よっぽど申し訳なさそうな顔をしていたのか、レフベスを持って戻ってきたヘラルドが心配そうに覗きこんできた。


「――ヨリ? 大丈夫?」

(……ごめんね、取りに行ってくれて)

「俺も食べるから構わないよ」

(ん……)


 優しい手付きで頭から顎にかけてを撫でられる。心地よさに思わず目を細める。

 何が嬉しいのか分からないけど、ヘラルドもこちらを見据えながらふんわりと微笑む。


「、ご飯、すぐ準備するね」

(う、うん、ありがとっ!)


 野営地の方へと歩くヘラルドの背中についていく。

 ヘラルドの歩みが速かったのは気のせいだろうか。


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 チェスローで買った最後のエクンプを食べ終わってお腹も気持ちも満ち足りて、そろそろ寝る準備でもしようかという時に、ふと気が付いた。


 そういえば、エクンプはなにかの穀物の粉を使ってるんだっけ。小麦……じゃないと思うけど、近いものではありそう。ヘラルドがパンみたいなものを食べていたのを見たことがあるから、多分醤油と同じように名前だけが違って限りなく近いものなんだと思う。


 ……じゃあ、もあったりしない、かな?


(ドーナツ……!)

「どーなつ?」

(あ、なんでも……なくはない!)


 せっかく何を食べてもいい身体になったのに、ここで遠慮したらもう食べることはないかもしれない。もしかしたら、この世界にもドーナツがある可能性もあるし。


(ドーナツっていう、甘い物があるんだけど……)

「聞いたことはないなぁ。どういうもの? 名前が違うかも」

(えっと、ヘラルドがいつも主食してるやつを、丸くして、真ん中に穴があって……)


 前足で地面にドーナツの絵を描いていく。穴が開いてないのもあるらしいけど、開いてる方がドーナツ感が強いから、そっちを伝えてみる。

 ヘラルドはその絵を見つめながら、記憶を辿るような仕草をする。


「んー……見たことない、と思う。世界のすべてを知っているわけではないから、断言はできないけど」

(そっか……)

「ヨリはその、どーなつの作り方を知っているの?」

(詳しくはないけど、なんとなくなら)

「――じゃあ、作ってみる?」


 そう言われると思っていなくて、隣にいるヘラルドの方へ勢いよく首を向ける。

 生クリームの時も試してみるって言っていたし、普段のご飯も外で作っているにも関わらず結構手の込んだものが多いから、ヘラルドは料理が好きなのかもしれない。


(いいの……?)

「もちろん。あの時、ヨリが甘い物を食べたいって言ったから、今、一緒に旅しているんだから」

(ヘラルド……! ありがとう)


 夜空に煌めくたくさんの星々を眺めながら、ヘラルドにドーナツの作り方を教えた。

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