第7話 パンケーキ②

 ヘラルドがえくんぷを食べ切るのを眺めながら、溢れる感情を落ち着ける。涙は止まってくれたが、代わりに、一枚じゃ足りないとでも言いたげにお腹が鳴った。

 完全に不意打ちだったから、顔に熱が集まる。竜の皮膚がこういうことで赤くならないのを祈りたい。


「……ふふ、きっとひとつじゃ足りないだろうと思って、いくらか買ってきておいてよかった。とは言え、限りもあったから、肉も少し買ってきたけど、食べる?」

(お肉……あ、あの、そのえくんぷを温めたところで、焼いてみたりしてくれたらなぁ、なんて……)

「焼くなら、俺の火魔法で直接炙った方が早いかな? それでもいいかな?」

(うん! あと、味なにかほしいなぁ、って……)

「味かぁ……あ、これとかどうかな。アソイハ」


 元々持っていた荷物の中から小瓶を取り出す。何か黒い液体のようなものが入っている。あそいは、ってなんだろう……。


(その、あそいは? 少し嗅いでもいい?)

「? もちろん」


 ヘラルドは持っている小瓶をわたしの顔の近くに持っていく。その瞬間、鼻孔をくすぐったのはとても懐かしい香りだった。


(醤油だ……)

「ショウユ? どこか、別の国ではそう呼ばれているのかな?」

(あ! ううん、気にしないで! これで味つけてほしいです!)

「分かった。少し待っててね」


 ヘラルドは片手に木の棒に刺した肉を持って、もう片方の手から炎を繰り出す。さっきも見たけど、魔法ってすごい。もう百年以上もこの世界にいるけど、魔法を目にすることはほとんどなかったから、まだしばらく新鮮に目に映りそうだ。


 程なくして、肉の焼けるいい匂いがして、何度か小さくお腹が鳴る。聞こえてないといいけど。

 小瓶を傾けて、肉に醤油――アソイハを垂らしていく。ジュウっと醤油が焦げていく。ますます食欲が増して、口が開いたままになってしまう。


「……っと、これでいいかな。ヨリ、できたよ! できたてで熱いから気を付けてね」

(うん、ありがとう! ……あふ、は、……ん! おいしい!)

「ならよかった! 今はアソイハしかなかったけど、また買ってきた時は違う味にしてみようか」

(……んくっ。楽しみ!)

「じゃあ、次はエクンプ、温めるね」


 思いがけず焦がし醤油のステーキを食べられたことで上機嫌になって空を見上げたら、あの赤い木の実が目に入った。


 えくんぷが焼ける匂い。

 

 ――そうだ!


(ねえ、ヘラルド)

「ん?」

(あの赤いのって、なに?)

「赤いの……ああ、レフベスかな。甘酸っぱくて、森で長い間冒険する時によく食べているよ」

(毒とか痺れたりとか、ない?)

「ないない! 子どもですら食べるものだよ。美味しいからヨリも食べてみて!」


 ヘラルドが嘘をつくわけがないから、勧められるまま口にする。

 小さいからほのかにしか味が分からないけど、言った通りに甘酸っぱい感じがする。苺に近い、かな。売り物の苺よりは野性味がだいぶあるけど。でも、食べられることは分かったし、苺っぽいのも分かった。

 これは、……いける!


(この赤いの、えっと、れふべす? と、えくんぷ一緒に食べたら、おいしいと思うんだ)

「一緒に? エクンプを割って中に入れるってこと?」

(そうじゃなくて、トッピング……は分からないか、上に乗せて一緒に口に入れる感じ、かな)

「……なるほど、やってみようか」


 温まったえくんぷを皿に乗せる。ひょいと軽快に木に登って、取ったれふべすをその上に置いていく。

 ナイフとフォークのようなもので、切り分けて一緒に口にする。醤油がある世界だから、きっと味覚が近い。美味しいはず。

 ドキドキしながら、ヘラルドの言葉を待つ。


「……! 美味しい。合うね、これ!」

(よかったぁ……)

「ヨリ、すごいね。エクンプもレフベスも知らないようだったのに」

(な、なんとなく? わ、わたしも食べよっと!)


 別の世界から転生したことがバレたところでなんともないと思う。でも、説明すればするほどおかしくなったのかと思われそうだったから、誤魔化すように、れふべすがトッピングされたえくんぷを食べた。

 

 素朴だった味わいに、れふべすの甘酸っぱさが加わって、深みが出た気がする。これにあと生クリームが盛ってあれば、テレビで見たパンケーキもどきができそうなんだけどなぁ。ヘラルドも試してみるって言っていたし、その日が来るのを心待ちにしていよう。


 今は、美味しくて楽しい、幸せなこの時間を満喫していたいから。

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