無力な少年

転落

 目を覚ますと、いきなり全身に激痛が走った。階段から転げ落ちたらしい。


 でも待てよ、確か俺は翔に包丁で滅多刺しにされたんじゃ──


「うっ……! あ、ぁ……!」


 嫌なことを思い出してしまった。落下の衝撃のせいか翔のことのせいかは分からないが、叫ぼうにも叫べなかった。声が出ないのだ。


 一体何が起こっているのかは分からないが、まず焦らずに周囲を確認しよう。


 ここはどこだろうか。木造建築の家のようだな。電気が消えてる……っていうかそもそも照明が見当たらない。一体何時代だってんだ。


 階段の横に貼られた鏡には──え、なんだこれ。俺が……俺じゃない!?


 その鏡に映ったのは幸村力輝などではない、全く別の誰かであった。

 倒れた状態からの視点であるため断言は出来ないが、恐らく男子小学生中盤程度の体格。そしてイケメン。髪は黒髪のセンター分け。目と肌が白い。着ている服も見覚えのないもので、少し古びた無地のものだった。そしてイケメンだった。


 まさかとは思うが、この状況では疑わざるを得ない。俺は転生したのではないだろうか?


 生前、俺は異世界転生モノのラノベが好きだった時期がある。いわゆる厨二病というやつだ。

 だが、今でも心の中では、非現実的なあの世界に憧れていた。確かにバカにされることも多い”なろう系”だが、俺をどこかに連れて行ってくれるようなあの世界観が、俺は好きだった。


 そんな俺から言わせてもらえば、ここまでの展開にはやはりなろう系らしい箇所がいくつもあった。例えば、脈絡もなく命を落としたこと。


「う゛っ……!」


 殺されたことを考えると頭痛が酷くなるのが厄介だが、今思い出してみると、あの時の翔の行動は手際が良すぎた。

 なろう系ならではの、ご都合展開で間違いないだろう。


 「二度目があったら」なんて死に際に考えていたが、まさか本当にもう一度チャンスが来るとはな。

 ……待てよ。それは誰が何の為にやったんだ? 目的が理解できない。

 なろう系とはいえ、実際に自分が体験している世界で、ここまで都合のいい流れだと、誰かに利用されているんじゃないかと思ってしまう。


 いやいや、ご都合展開の力を侮ってはいけない。生前あんなに苦労したんだ。ご褒美くらいあってもいいはずだ。恐れることは無い。


 そもそも、今はこんなことを考えている場合じゃない気がしてきた。

 さっきから全身が痛くて動けないし、声も出せない。この場所は屋内。そして人の気配がしない為、たまたま気づかれるということも期待できない。


 つい先程疑ったご都合展開がもう一度起きることを祈るしかないなんて、皮肉もいい所だ。


 あ、誰かの足音がする! 頼む、気づいてくれ!


「あっ……! あぁ、あ!」


「おいマハト! 俺だ、兄さんだ! しっかりしろ!」


「あの高さから落ちたのか!? ああ、なんてことだ!」


 良かった。この二人は俺を知っているらしい。どうにか助かったみたいだな。

 マハト……というのは俺の名前だろうか?聞いたこともない名前だ。


「とにかく、マハトを早くベッドまで運ぶんだ!」


「そうですね父上。いきますよ、せーのっ!」


 二人の男は軽々俺を担ぎあげ、 ベッドへ俺を運んでいく。その間、彼らは俺を心配する旨の言葉をずっとかけ続けていた。その内容から、二人は俺の家族だと分かった。


 俺は前世で丁度反抗期だった。また、両親も俺には無関心で、弟を可愛がっていた影響で家族とは人生を通して不仲だった。

 そのせいだろうか。この二人にまず受けた印象は”過保護”だった。とはいえ、親切にしてくれるんだからその気持ちを返したいとは思うが、あまり信用しきれない。

 元々そのはあったものの、翔に殺されてから少し人間不信が酷くなっているようだ。


 しかしこれは、救急搬送されている最中に考えることじゃないな。


 ベッドまで運ばれ、心配そうに俺を見る顔を二つ認識した。

 すると、父上と呼ばれていたその男が俺の頭に手を乗せてきた。無意識に怯えてしまったのがバレていないか心配だ。


回復ヒール


 なんだ!? 父上の手のひらから黄緑色の光が溢れる。それと同時に、俺の体の痛みがみるみるなくなっていく。

 そうか、この世界には魔法があるということか。

 良かった。ちゃんと異世界だ。少しだけこれからの生活が楽しみになってきたな。


 そういえば、回復ヒールによって体だけではなく喉の異常も治ったようだ。せっかく声が出せるんだし、無事であると伝えよう。


「父上、兄さん、ありがとうございます。おかげで助かりました」


「そうだったか、良かった。だがな、本当に心配したんだぞ? お前は私たちの大切な家族だ。もう危ないことはするなよ」


 そう言った父上の言葉は、声が低いのもあり厳しい言葉のようにも聞こえた。だがその内には安堵や愛情の念が確かに含まれていたように思える。

 前世ではこんな風に父親に心配されてことなんてなかったな。この男には、誠実な対応を心がけよう。


「はい、気をつけます」

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