スペース紅衛兵

C'est la vie

スペース紅衛兵

 さて、諸君らは自らがこの宇宙においてただ一つの知性であると思うだろうか。現状、我々の観測し得る中では我々以外の知性は確認されていない。しかし、我々が精査し得るのは限りなく広い宇宙の中でほんのわずかである。我々は肉眼で見ることができないが微生物は確かに存在しているように、我々がそれを判別できないほど遠い宇宙には確かに幾多の知性が繁栄しているのだ。少なくともまだお互いに出会っていないだけで、この宇宙には知性が満ち溢れているのである。これは数百年、あるいは数百万光年先の出来事である。

 先に述べた知性の一つに——彼らの言葉を用いても読者が理解できないことは明らかなので我々の言葉で述べるとするならば、アンドロメダ人と呼ぶべき存在があった。彼らは我々の文明ではアンドロメダ銀河として知られる星団のとある星系で、地球の人類よりもはるか以前に誕生した。地球と似通った環境で誕生した彼らは、偶然かあるいは収斂進化の好例と言うべきか、我々と似通った姿へと進化した。つまり二本の足で立ち、二本の腕を使い、まっすぐ立って歩く、驚くほど我々と似た姿になったのである。

 彼らは我々と同じように、しかし我々よりはるか昔に群れ、国家を作り、文明を建設した。やがて我々の祖先がメソポタミアでレンガを積んでいた頃、彼らはすでに宇宙から母星を見下ろしていた。一日どころか数千年を先行している彼らの技術力はすばらしいものであった。我々が夜空に輝く星々を神々と仰いでいたころには彼らは光を超える速さで銀河に漕ぎ出し、輝く星々を間近に見ていた。我々が飢えと疫病で苦しんでいる間に、彼らは自在に物質を生み出す技術を持ち、万能薬を創り出していた。

 さて、彼らは素晴らしく発達した文明を持っていたが同時に伝統というものを固守していた。彼らにとって人種を隔てるものは遺伝では無く先祖代々の文化であった。永く伝統を保つことが民族の誇りであるため、文明の発達にとって著しく有害でなければ───その程度の柔軟性は持ち合わせていた───多少の不便は甘受して父祖の生活様式を守り続けていたのである。そのため文化が数十年で急変することはまずあり得なく、数百年、数千年単位で文明の発達に合わせて緩やかな、およそ人の寿命のうちには感じ得ない早さをかけて衣服の流行が変化するほどだった。

 そのような変化に乏しい社会だったためか、彼らは自分以外の知性との交流を渇望していた。ある者は刺激性の薬物を摂取して精霊と交信し、またある者は肉体を捨てることで未知の世界に踏み込もうとしたと伝えられる。尤もこれは過激な例で、理性的な大多数は宇宙に漕ぎ出してそのような知性を探し求めることを選んだ。幸い、アンドロメダ人の技術は光速をはるかに超えることを実現し、その手段は与えられていたのである。

 そのような探検船の一つ───その名前を我々の言葉に直せば“碧い河”号───はアンドロメダ銀河から240万光年も離れた渦巻銀河の端っこにいた。真っ黒な空間には無数の恒星や星雲が光点となって浮かび上がり、紡錘形の宇宙船を包んでいるが周囲は全くの虚無である。正直この船に乗っていた4人のアンドロメダ人は果てし無い虚空に飽き飽きしていた。そろそろ母なるアンドロメダに帰ろうかと思っていた時である。電磁波センサーが微弱な電磁波を捉えた。あまりにも微弱なそれは当初パルサーの信号かと思われたが詳細に検分するとその特異性が明らかになった。明らかに人の手が加わった、パルサーより複雑ながら規則性を持つ信号だ!

 4人のアンドロメダ人は驚きのあまり数時間も身じろぎさえすることができなかった。生命維持システムが入眠したと判断したほどである。長い驚愕の後に来たのは爆発的な歓喜だった。その信号は渦巻銀河───我々の言うところの天の川銀河───の端っこにあるいたって平凡な惑星系、つまり太陽系から発せられていて、十数秒あまりの周期で一連の振幅が不規則な電波が繰り返されるというものだった。あまりにも単純だが自然には存在し得ない電波である。

 彼らは興奮しきっていたがしかし冷静だった。コンピュータが割り出した方位、強度、発信元などの情報に報告に受信した信号を添えて母星に送信した。まもなく、光の数百万倍の速さで送られたそれを受け取ったアンドロメダの大衆は沸き返った。我々以外の知性だ! 友人になり得るかもしれない他者だ! この偉大な発見を届けた探検家たちは“四人組”と呼ばれ英雄として崇められた。

 しかし受診された信号は万人の頭を悩ませた。聴いてみればただの電子音にすぎないそれが一体何を意味するのか、誰も分からなかったのである。相手が未知の知性であるだけにそれを知ることは尚更困難だった。アンドロメダ人は早速大評議会に長老たちを呼び集め、彼らの呼びかけであまねく文明圏からのべ1000万の学者が集まり、信号の解析にあたった。まさに総力戦体制だ。

 そしてまさに有史以来の努力の結果、彼らが導き出した結論はそれは音楽であるというものだった。技術の限界なのか、長い間宇宙を伝搬してきたことによる劣化か、あまりにも貧弱なサウンドであるがそれは確かに音楽なのだ。想像力豊かなアンドロメダ人はこのエキゾチックなメロディーを作り出した民族のことを想像していた。ああ、どんな人々がこの歌を歌ったのだろう…遠い虚空に発射されるほどであるから、彼らにとってどんなに重要な歌だったのだろう…。

 ところで、彼らはそれが1970年に東方紅1号から発信された東方紅であることを知る由もなかった。


 舞台を40世紀の地球に移そう。激動の20世紀からすでに20世紀、人類は想像もできないほどの進歩───未だにアンドロメダ人には劣るが───を遂げていた。まず世界が統一され、人類は争うことを止め、先進科学の粋を集めた生産プラントは飢餓を屠殺し、高度なシミュレーションによる完璧な配分システムは貧困を過去の物にした。人間の思考はこれまでになく啓蒙されて人類は「地球人」となり、一切の差別はジョージア州の赤土に埋もれた。共産主義などという原始的な時代の遺物は忘れ去られ、人類はまさに理想郷を建設していたのだ。そしてより速く、より高く、より強く、人工の太陽───もとい核融合炉を得た人類は光の速度に限りなく肉薄し、その生存圏は月へ、火星へ、地球の隣人たちへと広がりつつあった。有人の前哨線はすでに天王星に達し、今、人類はさらにその領域を広げんと初めて有人太陽系外船を送り出そうとしているところであった。著名な政治家の名を取ってSSニクソン号と名付けられたその船は、とびきり強力な核融合エンジンと冬眠装置を備え、9人の乗員を乗せてプロキシマ・ケンタウリに向かうことになっていた。

 さて、人類は夢想家である。彼らは可能性は低いと知りつつも、今回の探査が彼らに新たな友人をもたらす可能性を期待していた。プロキシマ・ケンタウリ星系から生物の兆候は今のところ認められていないにも関わらず、である。メディアはファースト・コンタクトの可能性をセンセーショナルに書き立て、宇宙局が馬鹿馬鹿しいと思う一方で大衆の熱は加速していった。ニクソン号の任務は宇宙人との接触であると大真面目に信じられたほどである! そしてニクソン号がカイパーベルトを抜けた時、それは計らずして現実となった。

カイパーベルトを抜けたニクソン号の第一報───まだ乗員は起きていた───はひどく慌てたもので、画像データに「共産主義の亡霊に遭遇した!」とコメントが添えられているだけだった。人々はこの突飛な報告を訝しんだが、間もなく映像を目にして驚愕したのである。そこに映っていたのは、混じりけの無い鮮やかな赤に星が5つ───まぎれもなく、太陽風を受けてはためく五星紅旗だったのだ!

 少し昔話をしよう。1960年代中国、この国では毛沢東という湖南の田舎のボンボンがトップに居た。しかし彼は革命が得意だったものの百姓仕事は全くできず、史上最大の人災とも言われる大凶作をもたらしたのを反省して隠居していた。だが後始末を丸投げした部下が自分よりは知性的な方法で上手くやったのが気に入らなかった。歴史書を読み漁ってインテリぶっていた彼は自分より頭が良い人間の存在を許さないと言わんばかりに彼を猛批判、ミーハーな若者どもがそれに便乗して始めたのが文化大革命である。いわゆる文革と呼ばれる、中国に産しないトマトに代わって棍棒と人間を使い10年間続けられたトマト祭りにおいては革命の名のもとに古来からの伝統が山ほど破壊された。王府井の老舗の看板は打ち砕かれ、幾千の住宅が襲撃され、数知れぬ寺院が放火され、数え切れぬ古典が破り捨てられたのである。全てはそれを“正しい”文化——誰もそれが何なのか分かっていなかったらしいが——に置き換えるためだった。

 話を戻そう。最初こそ混乱していたが、続報でそれが五星紅旗をぶら下げた未知の宇宙船であることが判明した。なぜこんなところにこんなものが?まさかレッド・チャイナの置き土産か?この時、人類は第三次世界大戦の悪夢がフラッシュバックし、世界を席巻しつつあった中国人が偏見の目に晒された。そして古の映画フィルムの山から掘り出されたラスト・エンペラーがおよそ2000年ぶりのヒットを飛ばしたのはまた別の話である―――その船と通信を繋ぎ、相手がなぜか訛りがキツい中国語でしゃべり始めた時緊張は最高潮に達したが、宇宙局の厨房に居た四川料理人がその言葉を訳した時、人類は一転して歓喜した。彼らは異星人だったのだ!人類はまるで五星紅旗の事は忘れたかのようにこの異星人たちを歓迎した。とんとん拍子で地球での歓迎式典の段取りが決まり、相変わらず紅旗をたなびかせながら地球に向かってくる異星人の船を地球人皆が心待ちにしていた。しかし皆の心の中には一抹の疑問が残った。彼らは地球人がなじみやすいようにその文化を調べて来たと言うが何故五星紅旗?そしてなぜ中国語?

 しかしその謎は地球に異星人が降り立った時に明かされた。地球人の前に姿を現したのは赤い星が付いた緑の帽子に緑の折襟洋服、赤い腕章も鮮やかに生え際が後退したおっさんのイカツイ肖像画を高々と掲げ、右手には赤い小冊子——そう、紅衛兵そのままの姿だったのだ! 何を隠そう、彼らは極めて限られた情報を基にまず東方紅から妄想と推測で地球の文化を調べ上げたアンドロメダ人だったのだ! 彼らの信じる“地球”の歌謡に依れば東から赤い太陽が昇ると言われているので環境が似ているであろう赤色矮星を主星とする星系5つから選抜された地球調査隊——その構成から“紅五類”と呼ばれていた——を送り込んできたのである!またもや驚愕している地球人を目前にしてアンドロメダ人は失望していた。そこには彼らが期待していたもの、つまりあらゆる空間に掲げられた毛沢東の肖像画も、町中の壁という壁に大書された語録の一節も、それどころか赤い星さえ無いではないか!赤い小冊子を手に闊歩する活気に満ちた民衆はどこに行ったというのか!

 困惑する地球人をヨソにアンドロメダ人はそれを探索することにした。しかし見つかるのは語録を忘れ、思想も啓蒙も何もない、娯楽ばかりのカラッポな書物を読み漁る人間ばかりである。雀を追うことを忘れ、FPSゲームにふける児童である。忠字舞を忘れて脳が腐りそうな音楽に合わせて奇怪なダンスを踊る若者である! どこを探し求めても五星紅旗が翻る地は無く、大字報は貼ろうとすれば美観条例で即刻剥がされ、“地球人”達が目の敵にしていたジーンズなる衣服は40世紀の世にあっても未だに流行を保っていた!

 しかし彼らはなんとか見覚えのある場所を見つけることができた。そう、天安門である。しかしあるべきものの姿が無い。というかごっそり無い。世界が統一され、中華人民共和国が歴史から引退したとき天安門の毛沢東の肖像画と「中华人民共和国万岁」「世界人民大团结万岁」のスローガンが降ろされていたのだ!まっさらで寂しい天安門を見て、アンドロメダ人は気づいた。彼らの知る“地球人”は、すでに居ない。彼らの奉じる神と思しき肖像が姿を消しているのである。彼らの文化は破壊されたのだ。アンドロメダ人にとって文化が破壊される要因は征服以外にあり得なかった。彼らにとって文化とはすなわち人種である。文化を破壊することは彼らにとって民族浄化に等しいのだ。40世紀の地球における、きわめて合理化された生活様式は合理性よりも伝統を選択する彼らにとっては破壊的な文化としか映らなかった。合理を徹底した結果である無個性、均一性はアンドロメダ人にとって人種とか民族の概念を破壊し、無数に存在する伝統を粉砕する物だった。

 アンドロメダ人は考えた。我々が地球の調査に余りに時間をかけすぎてしまったために、その間に地球人が破壊的な文化を持つ蛮族に征服されてしまったに違いない。我々は彼らを救うことができなかった。今やできることは弔い合戦だけだ。アンドロメダ人にとっても、あのような均質で無個性な、破壊的な人種は撃滅されなければならない。そして侵略者の文化を正しい文化で塗り替えて、正しい地球を取り戻さなければならない!

 紀元40世紀、地球に軌道爆撃の雨が降り注いだ。ガス惑星の前哨基地は重粒子線で粉砕され、金星の空に浮かぶテラフォーミング・マシンは容赦なく硫酸の海に叩き落された。摩天楼が群れをなす大都市や人類に巨万の富をもたらす大プラントは深くえぐれたクレーターに姿を変え、着弾の衝撃による大地震を生き延び、瓦礫から這い出て天を見上げた地球人は東の空から昇る五星紅旗を見るだろう。そして語録を掲げて行進する軍団を見るだろう。地球は有史以来初めて、異星人———アンドロメダ人の攻撃を受けていた。地球人からすれば攻撃されるいわれは全くない。アンドロメダ人はたしかに奇妙な連中だったが無礼を働いた覚えはなかった。埃にまみれた地球人は、棍棒を、あるいはツルハシを手に迫る緑服の軍団に叫んだ。

「何故、我々を攻撃するのか。私はあなたがたに何かした覚えはない。助けてくれ!」

彼らは答えた。無慈悲に、彼らにとっての正義の戦いの名を、そして彼らが仇を取らんとしている“地球人”の戦いの名を叫んだ。

「文化大革命だ!」

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