第7話・拉致
なんだか、うまく寝付けない。
ユーチューバーコンビ、“カラフルガールズ”。それが、紗知が高校の友達二人と一緒に結成したグループ名である。最初は歌い手をやろう、という話だったのだ。現役女子高校生トリオの歌い手なんて、きっと面白いと思って貰えるはず。それでバズったら有名になれるし、なんなら広告収入で稼ぐことだってできるはず。憧れのユーチューバーの真似をして、自分達も親に頼らない小遣い稼ぎがしたい――最初はそれだけの動機だった。
みんなに覚えて貰えるよう、髪の色を染めよう。三人で別々の色にして、名前の通りカラフルにしよう。そんなことを言いだしたのは、一番派手な赤髪にした、
いつも自分はそうだ。自分が主導して、何かを始められたことがない。高校生になってからはいっつも、玲愛と真織の後をくっついて回っているだけ。二人が誘ってくれたことに、なんとなく便乗しているだけ。そして、彼女たちがやろうとしていることに、嫌という勇気もない。本当は髪の毛を痛めるから染めるのは気が進まなかったし、肌が荒れそうだから派手な化粧もしたくなかったし、なんなら顔出しだってしたくなかったのに。
――それでも、歌い手なんて面白そうだし、有名になれたらいいなって気持ちもあるから……だから参加するって言ったのに。
意気揚々と人気のボカロ曲を収録し、アップロード。
しかし再生回数はちっとも伸びない。まさか、二桁さえまともに回転しないと思わなかった。そりゃあ、YouTubeに一日にアップされる動画の数は膨大で、新人歌い手グループの動画なんかすぐに埋もれてしまい、そうそう見て貰えるものではないのかもしれないが。
『いっぱいアップして気づいてもらわなきゃ駄目なんですよう、ぜーったい!うちらももっともっと、いっぱい動画アップしないとお!』
それでも、最初のうちはみんなポジティブだったのだ。特に赤髪のお嬢様、玲愛はそう言って、次々新作のアップを提案した。だから、紗知と真織も協力して、他の歌い手がアップしている人気曲を調べ、次々挑戦していったのである。
そのうち気づいて貰えるはず。そのうち認めて貰えるはず。そんな自分達の目論見が甘かったと気づいたのは、とある動画が急に伸びてからのことだった。伸びたといっても三桁程度だが、それでも一桁二桁ばかりだった自分達にとっては快挙である。最初は紗知も喜んだものだ。――大量の低評価と、厳しいコメントがいくつも寄せられるまでは。
『究極的にオンチ。なんでこれでアップしようと思ったん?』
『あの、下手すぎて耳が腐るんですが』
『もう少しちゃんと歌を練習した方がいいと思います。せめてサビ部分のユニゾンだけでも揃える努力されたらいかがですか?』
『声出てないし、そもそも声きもいし、やばすぎでしょこれ。今どきの女子高校生ってみんなこうなの?こんなゲボ声なの?』
心ない言葉の嵐。まさかと思って少し調べてみたところ、某大型掲示板の“底辺動画晒しスレ”なる場所に、紗知たちカラフルガールズの動画が張られていたことがわかった。つまり閲覧数が伸びたのは人気が出たのではなく、晒されてプチ炎上したためであったのである。
慌ててコメント欄は閉じたものの、そうしたら今度は低評価が爆発的に増えた。自分達はそんなに歌が下手だったのか――あの時は、基本明るく前向きな玲愛と真織もそれなりに落ち込んでいたようだった。まあ、彼女達のこと、その落ち込みも長くは続かなかったのだが(そしてそれが二人の良いところでもあるのだが)。
『アタシ、決めた!歌がダメなら、他のことで有名になってやる!それで、掲示板に溜まってる老害どもを見返してやんのよ!』
真織が最初にそう言い出した。気合を入れて、プリンになりかかっていた金髪を染め直し、新しく化粧品も買い直したという真織。戸惑ったのは紗知だ。あくまで自分は、歌うことが好きで、歌い手をやるというからグループに参加したのに。他の目的に切り替えるなら、ユーチューバーを続ける意味がまったくないではないか。
しかし。
『うんうん、うちら、馬鹿にされるほど酷いようなことしてないですもんね!他のユーチューバーの人達に負けないくらい、面白い動画撮影して、それで人気者になってやりましょー!ね、ね、紗知ちゃんもそう思うよね?』
『う……うん……そう、だね』
玲愛にまでそんなことを言われてしまっては、紗知にはどうしようもない。ここで“歌以外はやりたくない”なんて言ったら、友人二人に嫌われてしまうかもしれない。同じクラスに、彼女達以外に仲良しの友達なんていないのだ。ここで二人に嫌われて、クラスで独りぼっちになってしまう事態だけはなんとしてでも避けたかった。
玲愛がお嬢様で、ちょっとばかり人よりお金があったのも災いしたのだろう。
ホラー系の動画を撮る。しかも、映画の聖地として有名になった山奥の村に行くと言った時、紗知はストップをかけることができなかった。お金は玲愛が出してくれるし、送り迎えだって彼女の家の人がしてくれる。そして、お嬢様だというわりに玲愛の家が放任主義(彼女の上にお兄さんが二人いて、跡継ぎでもなんでもない妹は特に気にされていないというのが大きいのかもしれない。そうでなければ派手な髪色だって許されはしなかったことだろう)。これは無理だからやめよう、なんて紗知が言える理由が何一つなかったのである。
結局、三人で下蓋村まで車で送ってもらい、今に至るというわけだった。
電波は少し悪いが、それでも携帯が通じないわけではない。明日、帰りの時間になったらまた玲愛の家の使用人が迎えにきてくれることになっている。それまで、この村で動画撮影という名の田舎旅行を楽しむと、そういう流れになってしまった。
――いくら、映画の聖地だからって。こんな、コンビニもショッピングモールもないところに来たがる意味がマジでわかんないよ……。
まったく、踏んだり蹴ったりではないか。
ホテルについてそうそう、車酔いのせいで気分が悪くて寝込むことになるし。空調の効きが悪いのか、ホテルの部屋にいてなお暑くて寝苦しいし。そもそも、どうしても旅行に行くというのなら何故夏休みになってからにしないのか。――結局、理由をつけて学校をずる休みしてしまった。どうして自分はこうなのだろう。いけないと思っていることを、そうだと言う勇気もない。人に嫌われるのが怖くて、ついつい言うことをきいてしまう。
何かあったら自分も、玲愛と真織と同罪扱いでお叱りを受けるのは目に見えているというのに。
――紗知、ホラーになんか、興味ないのに。この村の地下にいるおばけ?とかなんとか……そんなの全然好きでもなんでもないし。変な場所に入って𠮟られるとか、マジ勘弁なのに……。
それにしても、暑い。額に浮いた汗を思わず手首で拭った、その時だった。
「!?」
右手首を、誰かに捕まれた。一瞬にして眠気が吹っ飛ぶ。
そして気づいた。まだ昼間であるはずなのに、妙に部屋が暗いということに。カーテンの向こうから、赤い光が差し込んできている。まさか、全然寝付けないと思っていたのに、いつの間にか夕方になるまで寝てしまっていたのか?
いや、そんなことより、手首を握るこの感触は――。
「この女であっているか?」
目の前から低い声がした。傍で別の人物が、おう、と頷くのがわかった。どうやら室内にいるのは複数の男達であるらしい。
「や、やだ!だれ!?何すんの!?紗知をどうすんの!?」
思わず声を張り上げるものの、相手は全く意に介する様子がない。そのまま体が宙に浮きあがった。おだんごにした頭が垂れさがる。何者かに、肩に担ぎあげられたらしいと気づく。
「や、やだ!どこに行く気!?離してよ!離してってば、ねえ!?」
これは、誘拐だ。一体何がどうしてこんなことになったのだろう。ホテルのドアには鍵がかかっていたはず。もっと言えば、フロントには常に人がいるはずだ。こんな不審者が、どうやって侵入できたというのか。そもそも、もう夕方の時間帯だというのなら、友人達はなぜ戻ってきていないのだろう?紗知がこんなことになっているとも気づかず、呑気にお祭りの屋台でも楽しんでいるのだろうか?
「離して!離してってば、ねえ!」
叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ。しかし、自分を拘束する屈強な腕はまったく離れない。薄暗い廊下を抜け、階段を降り、建物の外へ。無理やり頭を上げようとしたその時、紗知は周囲の景色が自分が知っているものとはまるで異なっていることに気付いたのだった。
ホテル“かのきや”の正面には広い駐車場があり、駐車場の前は大通りとなっている。そこを少し歩けば、たくさんの屋台が並ぶ歩行者天国の道路だ。具合が少しよくなったら、自分もそこまで歩いていって、友人達と一緒にまずは屋台見物をしようということになっていた。映画の聖地になったということもあり、観光地として有名になりつつあったこともあり、そこそこ人で混みあっている印象だったのだが。
「なに、これ……?」
それらが一切――ないのだ。
建物の外には、駐車場さえない。観光バスも、搬入のトラックも、別の観光客の乗用車も何一つ見当たらない。何処までも続く、田んぼのあぜ道が、オレンジ色の光に舐めるように照らされるばかりである。
――意味わかんない。紗知、普通にホテルで寝てたよね?他の場所に一気に移動したとか、そんなことないよね?
次の瞬間、体がふわりと浮き上がった。
「きゃああああああああああああああああああ!?」
投げられたのだと気づいた次の瞬間、背中を強かに打ち付けている。何かの木の板の上、であるようだ。痛い、何すんの、と文句を言おうとして気づいた。――打ち付けた背中と、茶色に染めた髪の毛が。張り付いたように動かない、と言う事実に。
「え、え?」
僅かに首と視線を動かして確認する。どうやら、自分は深く掘った穴に落とされたらしい。落下した先にあったのは、べニア板のようなものの上。その板は、大量に穴の底に敷き詰められた藁の上に置かれていたようだった。
「な、何これ、痛い……?な、なんか貼り付いて……どういうこと!?」
自分以外の男達は全員、穴の上から己を見下ろしている。そこでようやく、紗知は男達の恰好が現代人に似つかわしくない、ボロボロの和装ばかりであると気づいた。青い作務衣のような服を着た男が、冷たい目で自分を見つめて言う。
「ふむ、一時拘束するなら、わざわざ縛ったり打ち付ける必要もないようだな。あの接着剤はなかなか優秀らしいぞ」
接着剤。紗知は冷や汗をかいた。まさか、髪の毛や背中がくっついて動けないのは、べニア板に接着剤を塗りたくっていたからとでもいうのか。何でそんな滅茶苦茶なことをするのか。瞬間接着剤なんて、指にはりついただけでもとんでもないことになってしまうのに。
いや、しかもこの状況。どう考えても、紗知を穴に落として、板にくっつけて終わりではあるまい。
「様々な方法が考え出されたが……やはり、地獄に蓋をするならば、炎による浄化が一番であろう」
やがて作務衣の男は、恐ろしいことを言いだすのである。
「まずは、試してみる他あるまい。……皆の者、火を放て」
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