第8話 痴話喧嘩

 赤紙を避ける方法がある、訳でもなく、ここまでくると小手先でどうにか成るものではない。EROS自体正体がハッキリしない。分かったところで極東の小国の一庶民に忖度するはずも無いし誘導する方法も無い。   

 諦めている訳では無いが、焦ってもしょうがない。赤紙の来る来ないは運次第だと思っている。シナモンの香りが鼻腔をくすぐり、意識を思考から現実に引き戻した。手前のほうで争う声。こんな時期に痴話喧嘩かと思っていると、優秀君とハロウィンちゃんじゃないか。聞き耳を立てるまでも無く、大声で怒鳴り合っている。どうやら、優秀君に赤紙が届き、それで自暴自棄になった優秀君にハロウィンちゃんがたしなめようとして喧嘩になったようだ。彼女としては、執行までの残された時間を大切に過ごしたいのだが、優秀君には届かないようだ。泣いている彼女をおいて、彼は去っていった。他人への関与は極力避けたいと思っていたが、少なからず気の高ぶりもあったのだろう。カップを置いて、彼女に近づくと、

「大丈夫、何とかなるから。彼氏をなだめ、まだ承諾していないなら、出来るだけ時間を延ばすようにしなさい。」

 驚く彼女は、涙でメークが流れ、ろうそくの量を間違えたジャック・オー・ランタンのようだった。

「安心するんだ。そして、安心させるんだ。そして、そのメークはやめたほうが良い」

唖然とする彼女に笑顔で答え、その場を離れた。

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