人形の町

アカニシンノカイ

人形の町

 埼玉に岩槻というところがあるんです。知ってますか、岩槻。


 人形で有名な町なんです。昔は岩槻市だったんですけど、今はさいたま市に吸収という形で合併して、岩槻区となってしまいました。

 政治や経済のことはよくわかりませんが、政令指定都市になるんですから、使えるお金も増えるわけです。岩槻としては大歓迎……というわけでもなかったようです。というのも、岩槻は歴史ある町ですから、それを誇りに思う岩槻の人々もたくさんいたわけで。

 そんな岩槻出身の若い男性が、結婚をするので彼女を実家に連れてくることになった話です。


 この男性、合併には賛成派。江戸時代の人形がどうのこうのなんてのは古臭くてダサい、人形というよりもフィギュア、それもアニメのキャラクターのものが大好きというタイプ。

 恋人に出身地を訊かれても、岩槻ではなく、さいたまと答えていたくらい。

 まぁ噓ではないですから、多目にみてあげましょう。

 東北出身の彼女からすれば、新幹線が停まる大宮駅周辺こそがさいたま市のイメージ。

 大宮駅から岩槻区までは、そうですね、およそ一〇キロといったところでしょうか。


 栄えた大宮の町並みとは程遠い岩槻の町に彼女は多少、驚いたようですが、無事に親への紹介も済みました。結婚に反対されるわけでもなく、彼氏、ほっとしたはいいものの、両親から彼女と一緒に泊まっていけと迫られます。

 彼女は明日、都内の会社に出勤しないといけないから、と断り、二人は車に乗り込みます。


「さいたま市っていっても、田舎で驚いただろ」

「田舎ってほどでもないじゃない。車は一台も通っていないし、人は少ないけど、岩槻駅には快速停まるし、駅前にコンビニもあるし」

「駅前にコンビニのない駅なんてないだろ」

「あたしの実家はないけど」


 不機嫌そうに言ってしまったことをとりなすように彼女は言います。


「人形博物館なんてあるんだね。さすが人形の町。行ったことある?」

「ないよ、できたのは知ってたけど、どこにあるかもわかんないし」

「じゃあ、今度、連れてってよ」

「面白いのかな。あれだろ、雛人形みたいなのがたくさんあるんだろ」

「日本人形って、なんか怖いよね。勝手に髪の毛が伸びる人形の話ってなかったっけ」

「不気味だよな。全然、人間に似てないし。せっかく人形の町って宣伝するんならさ、今はフィギュアみたいにリアル路線をやらないと」

「あんなに目や胸の大きい女の子はいないし、手首や腰の細い女の子も存在しないけど」


 どうやら機嫌を損ねたらしいと彼は慌てて口にします。


「でもさ、人間そっくりの人形つくったら話題になると思うんだよなぁ」

「ホントだよね。最初、本物の人間だと思ったよ」


 妙なことを言うなぁ、と彼氏は恋人の顔を見ます。


「どうしたの」

「ごめん、なんのこと? なにを本物の人間だと思ったの?」

「道にいっぱい立ってたじゃない。人形。あれ、人形の町だから飾ってあるんでしょ」


 助手席から彼女は歩道を指差します。


「赤いランドセルの女の子。こんな夜中にあんな小さい子がいるわけないし、格好も鬼ごっこをしている途中でいきなり時間が止まったみたいだし、あれ、昼間に車で走りながらちらっと見ただけなら人間だと思ったよ」


 そんなオブジェなどなかったはずだが、と彼氏は目を凝らします。


「それにあの信号のところのサラリーマン。青なのに止まってるでしょ。急いでいるんだから早く信号変われよって顔しているのに。岩槻の職人は芸が細かいね」


 鼓動を早めながら、男は車を走らせます。道にはたくさんの人の形をしたものが、ぴくりとも動かずに存在しています。


「こんなに完成度高い人形って、どうやってつくるんだろうね」


 無邪気に言った後で、彼女はハンドルを握る恋人の異変に気付いたようです。


「ねぇ、あれ、人形だよね」

「うん、人の形をしたなにかだ」

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