第三七話 反逆王女vs王国の天才と破壊砲②

 セラが俺に初めて『フィジカルアップ・フィフス』という魔法を見せてくれた日の夜。あの子は俺にもう一つの魔法を見せてくれた。『無属性魔法』の極致に至ったセラの魔法。それは単純にして強力だった。


「「………………」」


 セラと相対するレイズとナナは警戒した様子で口を噤んでいた。


 魔力を持っていない俺でも分かることがある。今、周囲の……王都中の空気がセラの魔力によって震撼していた。


 セラはゆっくりと口を開き、


「いきますわよ、『フィジカルアップ・テンス』」


 静かに魔法を唱えた。


「テンス!?」


 ずっと戦いを傍観していたマナは思わずセラの言葉を復唱した。


「一〇倍の身体能力向上だと……! ハ、ハッタリに決まってる!」


 気丈に振る舞うレイズ。自分に言い聞かせるように喋っていた。


「……そう思いたいけどね……でも、魔力の感じがおかし――!」


 ナナが喋り終わる前にセラの周りから煌めく白色の魔力が噴出する。


 彼女の体は燦々さんさんとした白色のオーラに包まれると同時に強風が吹いた。


「ファル君は知ってたの……? この魔法を」


 マナは窺うように俺に問いかけてくる。


「ああ、つい最近な。それがどうかしたのか」


「ん、ううん! なんでもない……」


 マナはかぶりを振って尻すぼみに喋る。何か思うところがあるのだろう。


「あいつがあれに辿り着いたのは俺のおかげだと言っていた」


 俺は先日のことを思い出しながら喋る。


「どういうこと?」


「王国に反逆すると決めたセラは『ファル様がいたからこそ強くなれましたし』と、言っていたんだ。最初は意味が分からなかったが、セラは防御を鑑みない俺の打ちこみを見て、他の技を学ぼうとしないからこそ、その道の達人になりやすいと思ったんだ。それを魔法に当てはめたというわけだ」


「だから、極めたんだ『無属性魔法』を……いや、『フィジカルアップ』の魔法だけを……」


「ああ、それが今の状態というわけだ」


 俺達は会話をやめてセラの方を見る。


 セラは未だに燦々としたオーラを纏わせながら佇んでいた。


「来ないのか? それともその魔法はハッタリなのか?」


 レイズは冷や汗を掻きながらセラに問う。


「フフ……」


 そんなレイズを見たセラは冷笑した。


 そして――


「まずい!」


 ――レイズは叫ぶ。突如、視界からセラは消えた。


 目で追える速度じゃない。だが俺は覚醒した空間把握能力でセラの動きを頭の中で思い描き、セラの行動を把握していた。


「えっ、あがっ⁉」


 突如、ナナは目の前に現れたセラに腹部を殴られる。


 瞬く間に鎧は拳の形に穴が開き、直接、拳が肌に当たっていた。ナナは後方に体を吹っ飛ばされ建物の壁に衝突すると、壁は崩壊し、ナナは壁に弾かれて地面を転がる。


「…………」


 ナナは仰向けに倒れたまま白目を向き、起き上がらなかった。


 肩越しにレイズが気絶したナナの様子を見ると、


「馬鹿が、油断しやがって! こういう手合いには距離を空けるんだよ! 『スターモード』!」


 ナナを叱咤し、魔法を唱えて体を黄金のオーラに包ませる。


 『スターモード』――『フィジカルアップ』と重ね掛けできる『光属性魔法』の身体能力向上魔法だ。『スターモード』は『フィジカルアップ・サード』より効果は弱いが自由自在に飛翔できるという利点がある。


 レイズは後ろ向きでステップを踏むように移動し、セラと一〇メートルほどの距離を空け、


「『ギガライトセイバー』」


 両手から光の剣を放出しながら、頭上で両手を合わせる。すると雲に届くかと思うほどの巨大な光の剣が生成された。


「これでどうだ!」


 光の剣はそのまま振り下ろされる。振り下ろされた剣が吹かす風はもはや暴風で俺が着ている外套を大きくなびかせた。


「冗談、じゃない……!」


「アハハ!」


 セラは片手で光の剣を受け止めていた。


 次にセラはその場から消え、一瞬にしてレイズの目の前まで移動し、彼女の腹を蹴り上げる。


「ぐぅえ!」


 レイズは血反吐を吐きながら上空に飛ばされる。だが、レイズは蹴られたことを利用してさらに上空へと飛翔する。


「『スターライト――』」


 レイズは王国最強の遠距離攻撃魔法『スターライト』を発動し始めた。レイズはこの技が由来となって『魔法王国の破壊砲』と呼ばれている。


 片手を空に掲げて膨大な量の光を顕現させたかと思えば、王城よりも遙かに大きな光の玉が生成された。


「でっか」


 さすがの俺もその大きさに目を見張った。


 しかし、町中で撃つような技じゃないな。大勢の人々が死ぬぞ。


「あのガキ、どこに消えやがった!」


 レイズの言う通りセラの姿はいつの間にか地上から消えていた。だが、俺は脳内で彼女の動きを把握していた。


 どんな魔法も俺の因果律無効の魔眼で当たらなくなるように、彼女は身体能力でそれを体現しようとしている。


「ぐぶぅぇ!」


 レイズは突然、呻く。セラが背後からレイズの顔面に回し蹴りを食らわせていたのだ。レイズの体は乱回転しながら吹き飛ぶ。


 それからレイズは建物の壁に打ちつけられ、大の字で壁にめりこんでいた。彼女もまた、白目を向いたまま動くことなかった。


 セラがやったことは単純明快だ。その足で建物の壁を走って跳んで、レイズに攻撃を食らわせていた。


「はぁ……長くはもちませんわ」


 地上に戻ったセラは身体能力向上の魔法を解き、多量の汗を掻いていた。


 疲労の色が濃いようだが、ほぼ無傷で彼女は将軍二人を倒したのだった。

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