第九話 指名手配される②

 商人らしき夫婦が姿を消したので荷車に被せてある布をめくり、山なりに重なっている樽の中で端にあるものを転がす。


「重いっ……!」


 何が入っているんだろうか? お酒かな?


 荷車から落とせば鈍い音を響かせてしまい、夫婦に気付かれそうなので、樽を持ち上げてから下ろすことにした。


「っっ!」


 僕は顔をしかめ、樽を僅かに浮かせて、体重を預けるように樽を下ろした。


「はぁ……はぁ!」


 呼吸を整えてから、僕は下ろした樽を夫婦の目に付かないところまで転がす。あまり遠いところまで持っていくと誰かが盗りそうなので近くの曲がり角の先に置いた。


「ふっ」


 僕は思わず鼻で笑った。こんな中途半端な気遣いをしている自分自身を嘲笑あざわらっていた。


 心の中に申し訳ないと思う自分とこのまま死にたくない自分がいて、僕の天秤は後者に傾いた。


 荷車の上に空いた樽一つ分のスペースに移動し、そのスペースで身を潜めつつ、大きな布を樽ごと自分に被せた。


 しばらくして、


「ヒヒーン!」


 馬のいななく声がすると同時に荷車が揺れる。


 この荷車、馬に引かせるつもりだ。


 馬の数は足音からして一体だけじゃない、最低でも二体はいると思う。


「さて行くか」


 男性の声がする。


「ええ」


 男性に女性が応じていた。きっと商人らしき夫婦が戻ってきたんだ。


 浮遊感を覚える……荷車が動き出していた。


 ――――そろそろ王都の南門に着くと思った頃。


 ここまで布をめくられることなく、僕が荷車にいることがバレずに済んでいたけど、門兵がもしかしたら布を捲るかもしれない。


 緊張で心臓の鼓動が早くなっていた。


「おっ、今日も近くの町まで行くのかい?」


「ええ、需要が減ってきてこのお酒も売れなくはなってるんですが、高齢者の方に根強い人気がありましてね」


 門兵らしき人と商人らしき男がやり取りをしているみたいだ。


「では」


「いってらっしゃい」


 商人と門兵の仲が良かったおかげで荷車を調べられることはなかった。


「うーん、なんか違和感を感じるな……」


 南門を抜けてから数分後、商人の男がそんなことを言う。


「アナタどうかしたのかしら?」


「いつもと同じ量を運んでるのに馬の進みが早いのが気になるんだ。ちょっと荷物を見てくれないか?」


「分かったわ」


 まずい――


「よいしょ、きゃあああああ!」


「す、すみません!」


 ――女性は布を捲って僕を視界に入れると悲鳴を上げる。僕は謝りながら荷車から飛び出し駆け出していく。


「なんだなんだ!」


 商人の男も慌てていた。


 門兵との距離も近い、なんとか身を隠さないと!


 僕は王都の南門から続いている街道を走り、脇道にある王都近郊にある森を視界に入れると、僕は森の中へと向かった。


 やっぱり、浅はかな考えだったか。でもすぐに王都から出るにはあの方法しか思い付かなかった。


 僕は自分自身に失敗したことは仕方ないと言い聞かせながら道なき道を走って森の奥へと向かう。


 追手がいないことが分かると僕は木を背にして座る。


「……しばらくここでやり過ごせるかな」


 空を見上げると、僕の心を表わしているかのように曇っていた。

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