奏詠歌の章

第2話 同接が1桁なんて(私)よわよわすぎぃ!

 カーテンで閉め切った暗い部屋の中だ。


「えへ、えへ、えへへ。残り……じ、13人、お願いこれ以上減らないでぇ……」


“――あ~、残念(^ω^) もう忙しいから落ちるわ”


「え、えええ!! 待って、待ってよぉ! きょうは私の生誕祭なんだよぉ!? お願いだから一緒にいてよぉ!」


“すまんな。ワイかてヒマや無いんや(ニッコリ)”


「うそ、うそ、うそォ! 君最初から居てくれた人だよね!? 最古参だよね!? 私のこと捨てるのぉ!? ヤダヤダヤダ! あああ、行っちゃったぁ~~」


“ぷげら、リリカナ様必死すぎてワロ”

“落ち目のVtuber、哀れ哀れ”

“メスガキキャラは泣かせてなんぼやなぁ^^”


 どんどん減っていくカウントにオロオロ。パソコン画面に表示された同時接続数は減る一方。冷笑的な他のリスナーも面白がって次々と退室していった。 


「うえええん。みんな私のこと嫌いなのぉ!?」


“嫌いじゃないけど特に好きでもないな”

“今はしおらしいけど、リリカナ様すぐ暴言吐くしなぁ”

“前もせっかく来た新参者に、キモいだの私に声かけるなら泥水で口をすすげだの、無茶苦茶いって高笑いしたしな。過疎るのはしゃーない”

“キャラが玄人向けすぎるんよ”


「そ、そんなこと言ったってぇ……愚民ぐみん君たちがそうすれば喜ぶからぁ」


“いやいやいや、限度(^ω^)”

“リリカナ様、あんたやりすぎたのよ……”

“そんなわけで俺たちもバイバイ。あ、生誕おめでとさん”


「にゃあああああああああああああぁぁぁぁああっ!!!? 私の同時接続数ドーセツがついに一桁にぃいぃぃい!」


“リリカナ様は、自らの行いを見直したほうがいいな”


「だって、だってぇ……、ザコザコよわよわのおじさんたちを罵倒ばとうして何が悪いのよぉ。どうせみんな彼女なし、仕事なし、外見チー牛の社会的弱者さんでしょぉ……。超絶美少女のリリカナ様と話ができるだけで、幸せなはずじゃないのぉ……っ!!」


“そゆとこやぞ(^ω^)”

“アカン(あかん)”

“付き合いきれんわ……”


 なんてことをやっていたら、さらに減った。残り“1”。


「あああああぁぁ、みんな居なくなっちゃうぅぅ」


“最近はVtuberも下火ですぞ。今の流行りはダンジョン配信ですな。リリカナ様の態度が悪いのもありますが、みんなの興味が移ったというのが大きいですなぁ”


「ダンジョン、配信……? でも、リリカナの配信も楽しいはずでしょ?? そんなこと言われたら私どうすればいいのっ!」


“リリカナ様もダンジョン配信すればいいと思うのですぞ。まぁ吾輩はもう見ませんが。実は彼女ができましてな。デュフフフ”


「お前の彼女なんか知るかァ! チー牛が嘘ついてイキッてるんじゃないよォ!」


“……(^ω^)(^ω^)(^ω^)<し・ね・♡”


 そしてついに同接は“0”になった。


「あんぎゃあああああぁあああああああ――――ッ!!」


 少女は、絶叫とともにひっくり返った。椅子ごとひっくり返ったせいで頭を打って悶絶。床を転がりまわる。


「うええええん! 痛いよぉ! 私が何をしたっていうの? いくら何でもこんな仕打ちってないよぉ!」


 と嘆いている。だが彼女自身の普段の行いが招いた結果でもある。この場に他人がいたならば、自業自得と言っただろう。


「痛いよぉ、悲しいよぉ、さみしいよぉ……。ううう、誰も私を見てくれない。誰も居ないよぉ。独りぼっちだよぉおお……」


 ゴロゴロと転がってしくしくと泣いていた。


 転がろうと誰もなぐさめてくれないから、スライムのような粘っこい動きで机に戻った。どうかさっき起こったことは見間違いであってほしいとPC画面を見る。


 ――だが、視聴者はゼロ人だった。何度見直そうとゼロはゼロだ。

 

「ううわあああああん! やっぱり、ひとりになっちゃったぁああ~~~~! あんなに頑張ったのにぃぃい!! 私やっぱりダメなんだ~~!!」


 彼女の名は奏詠歌かなでえいか。Vtuber『芦屋リリカナ』の中のひとである。


 詠歌は頑張っていた。寝る間も惜しんで頑張った結果、チャンネルは人気になり登録者も1万人に達した。個人勢としてなかなかの偉業だ。


 だが、今は減りに減って200人を切っている。それもほとんど非アクティブだ。

 減った原因は明白だった。界隈に大きな異変が起きたからである。


「ダンジョン配信んん! あれができてから誰も来なくなったぁ! もう許せないっ! 憎い! ダンジョン配信さえなければだよ!」


『ダンジョン配信』の台頭である。


 配信ドローンをもって、地下迷宮に潜るというだけのコンテンツ。だがそれに人気がある。今やだれもかれもがダンジョン配信に夢中だ。


 配信サイトはダンジョン配信一色になり、詠歌の様なVtuberは衰退の一途をたどっていた。


「いやいや、嫌だよぉ……。もう私には配信しかないのにぃ」


 ぐずぐずと泣いている。

 

「うう……、何かいい方法はないの? 一発逆転の手は? リリカナはまだ終わってないよぉ」


 諦めが悪いのが彼女の長所である。眼を血走らせ何かないかと考えた。どうにかして、自分がもう一度注目されないだろうか? 


 そんなときに、リスナーの残したコメントに目が止まった。


 “流行りはダンジョン配信ですぞ”


「――やっぱり、ダンジョン配信をやるしかない」


 彼女は決意した。


「わかったよダンジョン! 私が行く。私ならできる!」


 彼女は窓に向かう。防音のために分厚いカーテンを閉めていた。そのカーテンに手をかけてバッと開いた。外は見事な満月の夜である。


「良い月夜だしね! 今日くらい外に出たって、きっと見逃してくれるはずだよ。あやかしどもだってそこまでクソじゃないよ」


 希望的な私見を胸に窓枠に手をかけ、そして開いた。


 そうすると――。


「オオオォォォオオ コロスゥ!! 破軍巫女はぐんみこォ、シネェエエエッ……!!」


 身の毛のよだつような叫びと共に、巨大な髑髏どくろの怨霊が詠歌の前に出現した。


「――――やっぱり、クソだよぉ……」


 奏詠歌という人間は恨まれている。あやかしどもにつけ狙われている。

 そのために、一歩も家の外に出られないでいるのだ。

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