参 惨劇の夢

 肩透かしを食らったかに思えた〝人肉館〟の肝試しであるが、意外や怪奇現象が撮れて大満足だった俺達……だがその夜、家に帰ってベッドに入った後のことだ。


 ベッドの上で眠りに落ちたはずなのに、気がつくと俺は見知らぬ建物の中にいた……。


 鼻をつくニンニクの臭い……やけに銀色をしたステンレス製品の多い室内……どうやらここは、どこか飲食店の厨房のようである。


 飲食店……いや、待て。あの壁際に設置された巨大冷蔵庫には見覚えがある……そうだ。なんだか綺麗になってはいるが、ここはあの〝人肉館〟の厨房の中だ。


 だが、その厨房のよく掃除された床の上には、ゴミや土埃が散乱している代わりに、何やら大きな物体が二つ、転がっている……。


 サイズはどちらも大型犬程度。なぜかその物体を中心に、みるみる赤色をしたものが床一面に広がっていっている……。


 そうか。ここは焼肉屋だし、まるまる一頭仕入れたブタか、牛肉の巨大ブロックか何かが床に置かれているのか……そう、思った矢先。


「……うっ!?」 


 その物体をよくよく観察してみた俺は、それの正体を一瞬にして理解するのと同時に、酸っぱいものが胃から込み上げてくるのを感じる。


 それは、子供だった……いや、子供の死体だ。幼稚園児か小学校低学年と思われる男女の子供が、二人とも頭をカチ割られ、血だらけで床に横たわっているのである。


「ひっ……」


 その地獄絵図に、俺は思わず背後へ仰け反る……が、その時、客間へと続くドアの方でただならね気配を感じる。


「……っ!」


 咄嗟に振り返ると、そこにいたのは白いコックコートを着た中年男性だった……その眼は血走り、手には血に塗れた肉切り包丁を持っている。


 また、コックコートの白い布地にも真っ赤な鮮血が飛び散っている。


「……あ、あなた、やめて!」


 男を見た俺の口からは、なぜか俺ではない女性の叫び声が発せられる。


「……た、助けて…」


 と、その瞬間、俺は前頭部に激痛を感じ、視界が真っ赤になって意識を失った。


「ギャアっ…!」


 ……いや、その逆だ。俺は激痛とともに覚醒した。


 すべては、夢だったのだ。


「……ハァ……なんだ夢かよ……」


 気づけばぐっしょりと寝汗をかいており、深い溜息を吐いた俺は額の汗を拭う。


 きっと〝人肉館〟なんか行ったもんだから、あんな怖い夢を見たんだろう……ずいぶんとリアリティのある夢ではあったものの、所詮は単なる夢だ……。


 と、思ったのだが。


「……うっ! ……うぅ……」


 突然、身体が重くなって指一本動かせなくなる。


 いわゆる金縛ってやつなんだろう……金縛になったのは、生まれてこのかた、この時が初めてだ。


「……うぅ……うぅぅ……っ!」


 初めて経験する異常事態に動揺する俺だったが、その金縛なんかよりも恐ろしい出来事がさらに俺の身に襲いかかる。


 何かが、俺の枕元に立っているのだ……。


 視界の外にいるので姿は見えないが、その気配だけで明らかにヤバイものだと本能でわかる。


 見てはいけない……そう思うのだが、その意思に反して俺の目はそちらへと無意識に向いてしまう。


「……!」


 そこには……あのコックコートを着た店主が、肉切り包丁を振り上げて立っていた。


 その血走った目は俺を凝視し、不気味に口元を歪めながら肉切り包丁を振り下ろす。


「……ひぃっ…!」


 その瞬間、俺の視界はまたもや真っ赤に染まり、今度こそ本当に俺は意識を失った──。

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