第22話 同盟成立。からの、合同⑤班の開始

 権蔵ごんぞうが片方の眉を吊りあげている。


「でまかせ言い出してんじゃねえよ。パースのことを何も知らねえお前に、車の有無なんかわかるわけねえだろうが」


 良くも悪くも、この世界の知見の量に、調査員同士での差異はない。

 当然である。

 数日前に着いたばかりの死刑囚――厳密には、ここに派遣された時点で、刑の執行がなされたとみなされるので、元死刑囚――に、何が解明できるというのか。


 情報の程度に違いがないからこそ、真司しんじたちは、寮雨転蝉タービュローチャー食捕ヴォルプラントといったいくつかの発見が、そのまま手柄になると考えたのだ。翔太朗しょうたろうにパースの事情が判断できるはずがないと、そう断じた権蔵ごんぞうの指摘に、おかしなところは見られない。


 だが、そんな権蔵ごんぞうの返答は誤りであると、翔太朗しょうたろうは首を横に振った。


「いや。ここにいる全員が理解しているはずだ。そうと気がついていないだけでな」

「もったいぶるな。ごまかしてねえで、証明できるならさっさと言え」


 権蔵ごんぞうの短気さを茶化すように、軽く肩を竦ませた翔太朗しょうたろうが、いよいよ④班の説得に取りかかっていた。


「……ゴミだよ。ペットボトルなどのプラスチック類を、俺たちはまだ、パースに来てから一度も目にしていない。竜巻や台風、洪水や海流の動きによって、地球上であれば、どこにいたってプラスチックゴミが手に入る。この世界が、俺たちのよく知る地球と同じくらい、文明を発達させているんだとすれば、そういったゴミを他所よそからの侵入者は、ゲットできているはずなんだ。それこそ、無人島の中でもな。もちろん、その中にはこういった熱帯林も含まれる。今はサバイバル中なんだから、撥水性の優れたビニールなんかを目にした日には、必ず拾って来ているさ。だが、実際はそうじゃない。万が一、俺が見逃しているだけなんだとしても、見るからに、ここにいる全員が現代生活の所産と縁なしだ。ありえないだろう、そんなの? だから、ここの文明はお粗末だと言い切れる。酒はともかく、少なくとも車の運転なんてできやしねえよ。権蔵ごんぞう。お前、一から自分で自動車を作れるのか?」


 沈黙。

 何も言い返せない権蔵ごんぞうは、口を閉じていることしかできない。

 権蔵ごんぞうは有期懲役――つまりは、待っていればいずれ外に出られたにもかかわらず、それができずにパースくんだりまでやって来たのだ。結果が同じどころか、日本にいた時よりももっと悪いとあっては、さすがに認識を改めざるをえないだろう。


 それでも、俄かには納得できない権蔵ごんぞうは、自分の知らない範囲であれば、いくらかまた状況が異なるのではないかと、同じ班の成員に助けを求めていた。


曜介ようすけ。お前よく、川に水浴びに行っていたよな? 何か目にしたりしねえのか……要するに、そういうプラスチック製品をよ」


「あ~……そ~いや、何も見ね~な。昨日は氾濫していたから、翔太朗しょうたろうの言うと~り、適当に流れ着いていてもおかしくね~んだけど、何も知らね~や。俺も、現代文化ならではのものがあるなら、ちょっと欲し~な。空き缶とか。意外に便利だし」


 思わぬ方向から来た、翔太朗しょうたろうへの加勢。

 たしかに、曜介ようすけが無自覚に補足したように、カンカラの一つとってみても、あるかないかで調理にも相当の違いが出る。こちらも同じく、十分に工業が発展した時代だからこその雑品だ。拾えていないという事実は、パースの文明を計るうえでの、バロメーターとなりうるだろう。


 今が好機だと言わんばかりに、翔太朗しょうたろうは畳みかけた。


曜介ようすけ。お前のさっきの考えにも、十分再考の余地があるぞ。なにも早めに帰り方がわかっても、すぐに離れる必要はないんだ。後顧の憂いを拭ってから、思う存分にパースを楽しめばいい」


「ん~、たしかに? 俺、あんまり頭よくね~から、わかんね~けど」


 所詮、曜介ようすけへのアプローチは副次的なものに過ぎない。直球な表現をすれば、曜介ようすけ権蔵ごんぞうとの相容れない価値観を浮き彫りにし、互いの関係を悪くするための茶々だ。


 あくまでも、本命は権蔵ごんぞう

 だが、どうやらそれも心配ないようだ。すでに彼の心は変わりつつあるらしく、しきりに首を揺らすように捻っていた。


「車……車か。なしは、さすがにきついな。これじゃあ、わざわざ司法取引に応じた意味がねえ。……曜介ようすけ、酒についてはどう考える?」


「う~ん……。そっちは最悪、芋を噛んで吐き出せば、たぶん俺たちだけでも作れると思うんだけど、自家製で作ってもまずいだけっしょ。地酒とだって、そんなに違いはね~と思うよ。文明が発達していないなら、缶ビールなんて夢のまた夢になっちまうかな~。俺もちょっと飲みたかったんだけど……。旨いものをたらふく飲み食いしたいなら、やっぱ日本に戻るのが一番じゃね? 帰ったら、俺たちは金も自由も貰えるんしょ?」


 その答えは、概ね権蔵ごんぞうの想像に違わなかったようで、彼は諦めた様子で、小さなうなずきを繰り返すばかりだった。


「……そうなるよな」


 言うが早いか、愛莉あいり翔太朗しょうたろうの腰を小突いた。

 その口元に微笑が浮かんでいるところからして、どうやら翔太朗しょうたろうのことを褒めているらしい。


「地球に帰るっつう話なら、さすがにお前らを、手下の関係にしとくわけにはいかねえか……。この土壇場で翔太朗しょうたろう、お前やるじゃねえか」


 降参だ。

 そう言外に伝えるように、権蔵ごんぞうが両腕を軽く持ちあげる。

 もっとも、翔太朗しょうたろう本人としては、今回の説得を自分の手柄だとは思っていなかった。その大部分が、偶然によるものだったからである。


 ⑤班は武器を所持していなかったからこそ、ここ数日は、気にし過ぎなくらいに周囲を用心していた。そこに来て、車軸を流すような昨日の大雨である。ずっと飽きることなく、同じ景色を見つめていた翔太朗しょうたろうには、パースの文明が、日本と比較した時に低いものだと、そのように確信できたのだ。運命の女神が、たまたま味方してくれただけなのである。


 だが、それでも結果は結果。勝者は、いずれ勝者である。

 ゆえに、権蔵ごんぞうはお約束とでも呼ぶべき、台詞を言わなければならない。


「いいぜ。わかった。④班は今から⑤班と同盟を結ぶ。目的は、お互いを日本に帰すこと。裏切りはなしだ」


 翔太朗しょうたろうのほうへと差し出された手に、彼は真司しんじをあてがった。自分たちのリーダーは真司しんじなのだ。こういう場では、真司しんじを前に出したほうがいいだろう。


 意図を察した真司しんじが、翔太朗しょうたろうに苦笑いで応じる。


「助かるよ。心強い味方だ」


 権蔵ごんぞう真司しんじとが固い握手を交わしていた。

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