1章 異世界放浪編

第4話 始まりは銃の乱射から

 自衛隊に近づくに連れ、彼らの話し声が聞こえて来る。

 幸か不幸か、それに注意を向けたの翔太朗しょうたろうだけのようだった。


「前回は久裏くうらがいたからな……。今回は期待大だ」


 妙な言い方だと思った。

 本命がすでにいるのであれば、むしろ自分たちは望み薄であろう。

 真意を探るべく、もう少し彼らの会話に、耳をそばだてていたかったところだが、すぐさま上官と思わしき男に叱られていた。


「おい! 私語は慎め!」


 ほどなくして、死刑囚たちにも説明が入る。


「ようこそ、罪人の諸君! 君たちはこれから、第三次調査団としてゲートの中に入って貰う。調査員の目的は事前になされているとおりだ。簡単ながら、こちらで装備品を用意した。班ごとに分かれているので、どんな武器を持つのかは、各自で話し合って決めて貰いたい。諸君の健闘を期待する! まずは、①班からだ」


 言い終えるやいなや、隊員の一人がダッフルバッグをゲートの中に放りこむ。あれの中身が装備品であることに疑いはないだろう。


 ゲートの厚さは、横から見る限りでは五センチにも満たない。

 投げられた鞄がどこに行くのかと目で追っていれば、それは唐突に姿を消した。

 外側に落ちたわけではない。

 何か大層なからくりがあるのとも、また違うだろう。

 そこに不可視の溝でもあるかのようにして、ダッフルバッグは忽然と見えなくなったのである。


「……」


 あんなものを間近で示されたのだ。そう易々と自分の身で飛びこむことなぞ、恐ろしくてできないのではないか。


 そんな大半の予想に反して、①班の行動は実に素早かった。

 あっという間に、六人全員が渦の中に入っていったのである。

 結果的に、それは後続に考える時間を与えない選択となっただろう。

 雰囲気に飲まれた一同は、次々と、自らゲートに向かって足を進める羽目になったのだ。


(ちょっ……待ってくれ。俺はまだ……)


 自衛隊の存在に怪しむところがあるだろうと、翔太朗しょうたろうはきょろきょろと仲間を探したが、どうにもほかの調査員は、いかに自分が有利な武具を手にいれるのかと、そこだけに関心が向いているらしい。翔太朗しょうたろうと目が合う者は、一人としていなかった。


 それは我らが⑤班にあっても変わらず、リーダーの真司しんじを差し置いて、拳斗けんとが鞄に飛びつくようにして、異世界のゲートを潜っていく。そのあとを愛莉あいりたけしとが追った。


 目に見えて、翔太朗しょうたろうが緊張していることに気がついたのだろう。真司しんじ翔太朗しょうたろうの肩に手を置くと、彼を励ますように挨拶の言葉をかけた。


翔太朗しょうたろう、先に行くぞ」


 返事をする代わりに、どうにか翔太朗しょうたろうもうなずいてみせる。

 残すは自分と宗一郎そういちろうとのみだ。

 宗一郎そういちろうが歩いている間に、あと少しだけ呼吸を整えよう。そんなふうに考えていれば、何を思ったのか宗一郎そういちろうは順番を辞退していた。


「私は最後で構わない。と言うより、自分よりあとから他人が来るのが許せないのでね。申し訳ないが、先に行ってくれたまえ」


 仕方なく、翔太朗しょうたろうが前に進む。

 足がもつれるように感じられたが、それはたぶん気のせいなのだろう。

 翔太朗しょうたろうの体は瞬く間にゲートに接近し、そして、すでに見慣れぬ世界に放りだされていた。

 着地。

 勢いあまって地面に手を着くが、落下する原因になった地点は存外低い場所だ。階段一つくらいの高さから、投げだされた具合だろう。


 直後、横から飛んで来た真司しんじが、翔太朗しょうたろうをタックルして地面に押し倒す。

 何事かと彼を払いのけようとすれば、真司しんじが顔に似合わぬ怒声を上げていた。


「伏せていろ!」


 一瞬の間。

 翔太朗しょうたろうの理解もようやく真司しんじに追いついていた。

 銃声が鳴っているのだ――それも、極めて近い場所から。

 首を動かしてそちらを見やれば、銃を持っているのは拳斗けんとにほかならない。

 彼は高らかに笑う。


「冗談だろう、てめえら? 仲良しごっこでもするつもりかよ。俺はお前たちを殺したくて、ずっとうずうずしていたぜ!」


 先に着いたチームはともかくとして、まだ④班以降はまともに装備を回収できていない。

 肉を貫く音。

 遅れて上がる悲鳴。

 まず間違いなく、誰かが撃たれたのだろう。

 さすがに①班は状況判断が早い。ゲートに入るのを即決しただけのことはある。


『うちらも混ざりますか、しげるさん?』

『いや、まだいい。ライバルが減るに越したことはないが、恨みを買うタイミングは今じゃない』


 何を話しているのかは聞こえないが、その内容は拳斗けんとに応戦するかどうかについてだろう。つまりは、自分たちの弾薬を消費してまで、仲間を助けるのかどうかということである。


 これは事前に協議し合った共同作戦じゃない。言ってみれば運の悪い事故だ。自分たちの身を危険に晒してまで助ける義理は、不幸なことにないのである。

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