ブランコ

めへ

ブランコ

京都市在住のTさんは宇治市にある木材店で働いている。

その木材店の裏にはマンションがあり、マンションには公園が併設されているのだが、木材店の塀に隠れるようにして、店の敷地からは上四分の一程ブランコが見える状態らしい。


つまり、店の敷地内からはブランコに誰が乗っているのかまでは分からないが、揺れがあるかどうかは分かるので、誰かが使用しているかどうかは判断可能である。


しかしそのマンションには子供がいないのか、今時の子供はブランコに乗ったりしないのか分からないが、Tさんはブランコが揺れているのを見た事が無かったという。


そう、あの日までは。


その日、Tさんは職場に忘れ物をして取りに戻った。どうしても次の日必要な資料だったらしく、深夜二時を回っていたが店に車を走らせたそうだ。


資料を持って車に入ろうとした時、ふと塀の方へ目をやり「おや?」となって視線がそこで止まった。

ブランコが揺れているのだ。

こんな夜中に子供が遊んでいるはずが無い、きっと大人が乗っているのだろうと思った。

ブランコは一つ揺れていた。残業帰り、もしくは飲んだ帰りの会社員だろうか。


その後も、何某かあって深夜に店へ行く度、ブランコが一つ分揺れているのを見た。

どうやらこの公園は、大人が主に利用する場となっているらしい。


一体どんな人がこんな深夜にブランコに乗っているのだろうと気になり、ある夜店に用事も無いのにTさんはその公園へ行ってみる事にした。


昼間でも人通りの少ないマンション周囲は、深夜更に人けが無く静かで、虫の鳴き声や葉のざわめきしか聞こえてこない。

公園に近付くにつれて、キイ…キイ…というブランコの揺れる音が聞こえてきた。


――やはり、今夜もいる。


公園の敷地にさしかかり、ブランコのある方を見たTさんはぎょっとした。


そこには熊か何なのか分からないが、ファンシーな着ぐるみ姿の誰かがブランコに腰掛け、楽しそうに揺らしている。


着ぐるみ姿の誰かは、やがてブランコから降りると滑り台へ向かい、子供のように楽しそうに階段を上がり、滑った。

二回目の滑り台で、着ぐるみの人は声も出せずに硬直しているTさんに気付き、楽しそうに手を振ったという。

そして、手招きした。


実に楽しそうに遊具で遊ぶ着ぐるみの人を見ていて、Tさんは自分もそのように遊びたい、という気持ちになっていた。

なので誘いに応じ、フラフラと着ぐるみの人の方へ歩いていった。


Tさんはその夜、着ぐるみの人と一緒に目一杯遊んだという。シーソーに乗ったり、ジャングルジムを登ったり…ブランコが、今度は二人分揺れた。

時間はあっという間に経ち、二人は「また遊ぼうね」と約束し公園で別れた。


「毎日、仕事が終わって深夜になるのが楽しみで…ブランコ乗ったり、シーソーしたり、やる事はいつも同じなのに飽きないんですよね。睡眠不足なはずなのに、不思議と辛くないんですよ。やっぱ楽しみがあるからかな?」


そう活き活きと話すTさんを見たのが最後だった。その後、彼は行方不明になったのだ。店にはもちろん、自宅にも実家にも帰っておらず、家族は捜索願を出したが手がかりは見つかっていない。


私はなんとなく、Tさんは深夜の公園の遊具で遊んでいるのではないか、と思う。着ぐるみ姿で。昼間どこにいるのか見当もつかないが、着ぐるみ姿の相方と一緒である事は確かな気がした。

今宵もブランコは、二つ分揺れる事だろう。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ブランコ めへ @me_he

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説

貴船神社

★9 ホラー 完結済 1話