第18話 共闘

「──!!!」

「気を引き締めていきましょう」

「10秒だけでいいんでお願いします」


 空澄さんは頷くと咆哮するヒュドラの足元に潜り込み掌底を放つ。


「『雲響』」


 和太鼓のような衝撃音と共にヒュドラの身体が上下に歪む。

 砲弾のように打ち出されたヒュドラは岩壁にぶつかり9つの首からそれぞれ煙と共に液体を周囲にまき散らした。


 液体は地面にしみこむことなく広がり、ボコボコと湧きたちながら広がっていく。


「ヒュドラ謹製の毒沼ですか。厄介ですね」


 そう言いながらも空澄さんは臆せずに毒沼の中心にいるヒュドラへと飛び出していった。


 ☆


「エリーはなるべく離れて撮影してて!」

「わかったわ! 回復もしてあげるからね!」

「ステンノにはちょっと頼みがある!」

「何かしら?」


 緊張した面持ちのステンノの前で跪き、デュランダルを差し出す。


「『喚装:フラット』」


 異世界で何も授からなかった男。その男の装備に喚装する。

 その男は俺との旅路でも何も成しえていない平凡な男だった。ただひたすらに優しく気の合う親友だった。


「ステンノ、この剣に炎魔法を放ってくれ」

「焼身自殺したいの? あのおじさんは真面目に頑張っているのだけど」

「妹を見つけたいんだろ? ここで全滅したくなければ従ってくれ!」


 ため息をつきながらしぶしぶ両手で刀身に触れ、炎魔法を放つ。

 刀身を舐めるように走った炎は柄に到達することなく、留まっている。


「ありがとな。あとは見守っててくれよ」


 彼女が何か言いかけていたが、それを無視して俺は強く地面を蹴る。


 フラットは平凡な男だ。魔法がはこびる世界において魔法の才能も特殊な能力もなにも持ち合わせないゲームで言う村人Aのような男だった。


 ただ一つ彼自身すらも死の間際まで気が付いていなかった能力があった。


「空澄さん! ありがとうございました! ここからは俺が戦います!!」


 ヒュドラの背中で3つの首と格闘している空澄さんの後ろから迫っていた首を炎をまとった刀身で焼き切った。


 彼の能力は『自身が受けた魔法、能力をコピーし自身に付与する』というもの。

 一度攻撃を受けなければいけないため、戦闘ができないと思い込んでいた彼が気づくのは人をかばって致命傷を受けた時だった。


 切断された首の切り口からは煙と共に肉の焼ける匂いが漂ってくるだけで新たに首が再生する気配はない。


「やりますね」

「まあ、こういう輩には慣れてますから!」


 異世界でも毒沼に潜る魚とか切っても切っても分裂して死なないスライムドラゴンとか似てる奴なら倒したことあるからね。今更ヒュドラみたいなモンスターに後れを取るはずがない。


 空澄さんはヒュドラの背中から飛び降りると涼し気な顔で俺の隣に着地する。


「ここからは締めの作業に入りましょうか」

「空澄さんはクールダウンがてら殴っててくださいよ。俺が焼くんで」


 空澄さんは拳を俺は燃える愛剣を構えなおすと息を合わせて飛び出した。


「『まとい阿修羅アシュラ』」


 全身に風をまとった空澄さんがヒュドラの腹に打撃を加え注意を引き付けたところを俺が頭を焼き切る。


 首を数個焼き切るとヒュドラは首を垂れ、後ずさりするように神域の奥の奥へと逃げ出した。


「逃げられる前に畳みかけましょう」

「ちょ、一旦止まってください!」


 空澄さんが足の裏で滑るように静止するが、遅かった。


 ヒュドラは狭い通路に差し掛かると突然振り返り、残った首から毒霧をまき散らした。

 噴射された毒霧はすぐにヒュドラの全身を覆うと通路を伝ってこちらまで迫ってきた。


「この程度、支障はありません」


 全身に風を纏い、ためらいもなく空澄さんは毒霧の中へと突っ込んでいく。

 俺も後に続くようにヒュドラに肉薄する。


「カネシロさんも毒は効かないのですね」

「愛剣のおかげなんですよね」


 ぽつぽつとあたりさわりのない会話を繰り広げながら首を一つずつ刈り取っていく。


「これで最後!」


 最後の抵抗と言わんばかりにかみつこうとしてきた首を一閃する。

 完全に首なしになったヒュドラはしばらく痙攣していたが動かなくなった。


「神域の気配も消えましたね。帰りましょうか。ラーメン奢りますよ」

「いや、ラーメンはもういいかな……」


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