不穏な感じ

「待ったー?」


「今、来たとこだよ」


「無事集合できたし、鯉のぼりを見に行こう!」


 咲は、笑顔で歩き始める。テンションと表情を見るからに、楽しみにしていたみたいだ。


「ねぇ、何番線だっけ?」


「ゼロ番線かな。一回ホームに戻って、別の階段から降りて行くよ」


「了解。光について行けば、安心って事だね」


「理解してなかっただろ」


「へへっ」


 普段より明るい咲は、笑顔になっている事が多い。それだけ、楽しみにしていたって事か。


「電車は、まだ来ていないみたいだな」


 乗り換えの電車が来る所まで来たけど、電車が、まだ来ていない。


「そういえば、光と初めて一緒に電車乗るね」


「そうか、前はバスだったな」


「騒がないでね?」


「俺は、修学旅行の小学生か?」


「冗談だよ」


 咲は、笑顔で言った。本当に、この日を楽しみにしていたんだな。


 そんな会話をしていると、俺達が乗る電車が、やってくる。


「光、この電車だよね?」


「そうだよ。乗ろう」


 電車に乗って、車両の中を見渡してみる。隣の市は、都会って感じの街じゃないので、乗っている人は少なかった。席も普通に空いているので、立つことなく座れそうだ。


「そこの席に座ろう」


 俺が指さした席に俺と咲は座る。


「どこまで、乗るんだっけ?」


「終点までかな。そこから、少し歩いて向かうよ」


「わかった。それまで、のんびりだね」


「あぁ、ゆっくりしていよう」


 終点に着くまで、俺と咲は雑談し、時々、一緒に外の景色を眺めていた。


 会話をしていると、気づいたら、終点の駅に着いていた。


「もう終点の駅。あっという間だったね」


「話していたら、すぐに着いたな」


 電車が止まると、車両の扉が開いた。降りてみると、休日って事もあるのか、家族連れやカップルの人達を見かける。


「光、行こう」


「行くか」


 咲と改札口を出る。



 携帯のアプリで、地図を開いてナビ通りに目的地へ向かう。


「知らない土地を歩くって、なんか緊張するね」


「そうか?」


「そうだよ。冒険しているみたい」


 言われてみれば、知らない土地を歩くって、冒険しているみたいだな。自分達にとって、未踏の地を歩いている。


「確かに、冒険だ」


「でしょ。この新鮮な気持ち楽しもう!」


 咲は、楽しそうに言った。


 しばらく歩いていると、同じ方向に進み、同じ所で曲がる人達を前方に見かけた。


「あの人達も、俺達と一緒のとこ行くのかな?」


「そうかもね。あの人達にガイド任せてみる?」


「前を歩く知らない人達に、圧倒的な信頼をしすぎだよ」


 咲が、前を歩く人に対する信頼度が高すぎて、笑い混じり言ってしまった。


「さすがに、信用しすぎか。人の家まで、ついてったら通報されるかも」


「一応マップ開いて、確認しながら歩くよ」


 前に歩いている人と共に、だんだんと目的地まで近づいていく。気づけば、人通りも、多くなってきた。


「もうすぐ、到着するって感じだね」


「マップで確認したら、もう後、数分で到着するみたいだ」


 人通りも多いし、車の数も増えてきている。観光地に来た事を実感する光景だ。


「あ、光! 『鯉のぼりの道はこちら』って看板があるよ!」


「あの看板を曲がった場所が、目的地みたいだな」


「どんな、光景が待っているんだろう。楽しみ」


 楽しみにしている咲と共に、看板が指している矢印を曲がる。



「すごーい!」


 咲が感動している声を出す。目の前には、鯉のぼりの大群が列なして、空を飛んでいた。


「圧巻だな」


 俺の予想を超える光景だった。こんなに大量の鯉のぼり、初めて見た。


 赤、黒、青など様々な鯉のぼりが、風で体を揺らしながら、空を漂っている。


「光、見て小さい鯉のぼりの群れがある!」


「本当だ。あそこにある鯉のぼり、小さい鯉のぼりが集まっている」


 鯉のぼりって、いろんな大きさがあるんだ。見ていて、飽きないな。


「屋台もあるみたいだし、鯉のぼりを見ながら散策しようよ」


「そうだな。散策しようか」


 咲と一緒に、鯉のぼりを見ながら散策を始める。


「いろんな種類の鯉のぼりがある事も驚いたけど、屋台もいっぱいあるね」


「まるで、お祭りだ」


「確かにお祭りだね。私、お腹すいてきた」


「俺も、お腹すいてきたな」


 屋台を見てみると、いろんな料理がある。


「ねぇ、フライドポテトが食べたい」


「いいね、フライドポテト食べるか」


 フライドポテトを売っている屋台を見つけて、フライドポテトを買った。


「美味しいー! 屋台のフライドポテトって、なんか特別の感じがするのよね」


「そうだよね。何かが違って、特別な味に感じる」


「フライドポテト美味しいけど、塩気があるから食べていると喉が渇くね」


「そうだよな。飲み物も買っとくか」


 ちょうど、飲み物を売っている屋台を見つけられた。


「咲は、何飲む?」


「えーと、カルピスにする! 光は、何飲むの?」


「俺は、レモンティーにしようかな」


「光、レモンティー好きそう」


「そう?」


「勝手な私のイメージ」


 咲は、笑顔で言う。俺って、レモンティー好きそうに見られていたのか。


 フライドポテトをつまみ、飲み物を飲みながら、散策する。


「あ、光。これ見て、可愛いよ!」


 咲が、ある屋台を見つけたら、そこに駆け寄って行った。屋台をよく見ると、屋台の看板に黒い鯉のぼりが大きく描かれている。変わった屋台だ。


「何見つけたんだ?」


「じゃーん! これを見つけたんだよ」


 咲が見せてくれたのは、指先でつまんでも持てるぐらい、小さくて軽そうな棒付きの鯉のぼりだった。


「それ、可愛いな」


「でしょ。これ持ち帰って、部屋に飾ろうと思う」


 咲は、迷う事なく、小さな鯉のぼりを買う。


「良い物、買えちゃったー」


 笑顔で歩く咲を見ると、ここに来て良かったと思える。


 しばらく歩いると、二人座れるぐらいの大きさがある、ベンチを見つけた。


「少し座って休憩するか」


「うん、そうしよう」


 俺と咲は、ベンチに座る。目の前の視界は、たくさんの鯉のぼりが空を泳いでいる。


「綺麗だね」


「あぁ、綺麗だ」


「光、ここに来て良かった?」


「もちろん。こんなに楽しいとは、思わなかった」


「そっか、楽しめたら良かった」


「咲は、昔から鯉のぼり好きなの?」


「うん。おじいちゃん家でね、毎年五月になると、鯉のぼりをそらにあげていたんだ。ゴールデンウィークになって、おじいちゃん家に行くと鯉のぼりが必ずあった。その時に、空を泳いでいる鯉のぼりが、かっこよく見えて、好きになったんだ」


「なるほどね」


「光のおじいちゃん家とかは、なんかやっていた?」


「俺のじいちゃん達は、何か物でやるより、節目になると特別な料理を作っていたな」


「年越しそば、みたいな感じ?」


「そうそう、そんな感じ。お正月は、おせちとか、いろんな料理を作っていたよ」


「それも、いいなー」


 咲は、羨ましそうに言いながら、空を泳いでいる鯉のぼりを見る。


「もう、何回か回ってから帰るか」


「うん、そうしよう」


 咲と出店や鯉のぼりを、しばらく見て回ってから、帰路に着く。


「今日も楽しかったね」


 咲は、手に持っている小さな鯉のぼりの棒を指先で回しながら言った。


「そうだな。また来年、見に行きたいな」


「光、また来年見に行こうよ」


 咲は、明るく言う。


「そうだな。来年また見に行くか」


「うん!」


 来年も、リハビリ関係が続いているのだろうか。そんな疑問がふと、頭に浮かんでしまった。よく考えれば、この関係も、お互いの異性恐怖症が無くなったら終わってしまう関係だ。もしかしたら、来年の今頃、咲が歩いている隣には、咲の好きな人が歩いているかもしれない。


「ねぇ、光。私達、これから帰るのに、今から鯉のぼり見に行く人多いね」


「あ、あぁ。そうだな」


 俺が感じた不安をよそに咲は、話題を変える。確かに、俺達が向かっている方向と、逆の方向を進んで、すれ違う人達が多かった。


 ここの鯉のぼりは、俺が思っているより人気な観光名所らしい。見かけた看板には、『夜は、ライトアップ! 神々しい鯉のぼりを刮目かつもくせよ!』と書いてある。どうやら、時間帯を気にせず、来ることをできるのが、人気の理由みたいだ


「ねぇねぇ、どんな鯉のぼりが、あるんだろうねぇ?」


 すれ違った女性の声が聞こえた。この声、聞き覚えがある。


「誰だ?」


 振り向いて、誰か確認しようとしたが、人が多くてわからなかった。


「光?」


 咲が、不思議そうな顔して俺を見る。


「知り合いとすれ違ったと思ったんだけど、気のせいだったみたいだ」


「人多いもからね。私も知り合いとすれ違っていたかも」


 咲は、疑問が解消されたらしく表情が元の明るい表情に戻った。


 まさかな。


 あの時、聞こえた声は、俺の元カノである青衣の声に似ていた。

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