海から帰る

 ビンタされたけど、海に来たことは良かった。俺と咲、二人の楽しい思い出が多く作れて満足できた。


「そろそろ、帰るか」


 楽しい時間は、過ぎるのが早い。あっという間に夕方になっており、帰りのバスに乗る時間になった。


「うん、楽しかった、帰ろう」


 咲とバス停に向かう。


 バスが来るまで、時間がかかるかと思ったが、長く待つことはなかった。バスが来たら俺と咲は、乗車する。バスの中は、運転手以外は誰もいない状態だった。


「ねぇ、光」


「ん?」


「海に来て楽しかったね」


「楽しかった。ここまで、楽しいとは思わなかったよ」


 外を見ると夕日が海の奥で沈もうとしている時だった。


「咲、外見てみて」


「すごく綺麗」


 夕日は、空を赤く染めて沈んでいく。


「あんなに大きな光の塊が、見えなくなってくる」


「本当に綺麗だね」


 俺と咲は、夢中で夕日が沈んでいくのを見守っていた。


「沈んじゃったね」


「あぁ、沈んだな」


 バスは、進んで行き次第に海も見えなくなる。しばらく俺は、外の景色を眺めていた。


「ん?」


 俺の肩に何かが寄りかかった。


「寝たのか」


 咲が、俺の肩に寄りかかり、寝息をたてて寝ていた。ずっと外にいたからな。疲れて、当たり前だ。


「すー、すー」


 咲の寝息が聞こえるが、気にしないことにする。今日、撮った写真を見て、思い出を振り返るか。


「大学生になって、大学以外の場所に初めて行ったな」


 海の写真に、咲からもらった貝殻。これは、大切に残しとこう。俺も少し寝ようと思ったが、咲が俺に寄りかかっているため、寝ないで目的地まで外を眺める事にした。



 バスに乗ってから、気づけば三十分経っていた。俺と咲が乗ったバス停まで、もう十分もかからない。咲は、まだ寝ているが、起こしておいた方が良さそうだ。


「咲、そろそろ着くぞ」


 咲の肩を叩き、目を覚まさせる。


「ん」


 咲は、小さな声を出すと、眩しそうに目を開けていく。


「そろそろ、着くぞ」


「あれ? 私、もしかして寝ていた?」


「あぁ」


「ぎりぎりまで、起こさないでくれたんだ。ありがとう」


「気にしないで良いよ」


 そう会話をしているうちに、俺と咲が降りるバス停に着く。


 バスから、降りると見慣れている景色が広がっている。帰って来たんだな。時間にすれば、海に行っていたのは、ほんの数時間だ。


「帰って来たね」


「そうだな」


 俺と咲は、歩き始める。俺の家は、ここから徒歩で十分ぐらいの距離だ。それに対して、咲は、電車でここに来ている。ここから、駅まで十分ぐらいかかる、駅まで送ってから帰る事にするか。


「駅まで送るよ」


「うん。ありがとう」


 しばらく、お互い何も話さないで、歩く。俺は、その間、今日の思い出を頭の中で振り返っていた。恐らく咲も、自分の中で思い出の余韻に浸っているかもしれない。


「光」


「なに?」


「今日、楽しかったね」


「あぁ、最高の日だった」


「貝殻探しもして、海の写真も撮った。海でしか作れない思い出が、たくさん作れて嬉しかった」


「俺もだ」


「私、トラウマ克服できているかな?」


「前回と違って、数秒間だけだけど、ビンタする衝動が抑えられていたから、大きな成長できているよ」


「本当?」


「本当だ」


「良かった。私、次こそ、ビンタしないように頑張るね」


「応援する」


 咲は、片腕を真上にあげて、頑張る決意を示した。


「あ」


 今日の思い出を振り返っていたら、一つやれば良かったことを思い出してしまった。


「光、どうしたの?」


「帰り、バスの中で見た夕日、写真を撮れば良かった」


「あ、私もすっかり忘れていた」


 咲も、やってしまった感じの顔をする。


「あまりにも、美しい夕日で、写真を撮る事を忘れていた」


「私も、夕日に見入っていたし、その後すぐに寝ちゃった」


 そこまで、話すと咲は、歩くのを辞めて止まってしまう。


「どうした?」


 咲の所まで戻り、近づいて行く。すると、咲は恥ずかしそうな顔で、俺の方を見る。


「私、何か寝言とか言っていた?」


「寝言は、言っていないかな。寝息は立てていたけど」


 咲は、それを聞くと頬を赤く染めていく。


「私、光に聞かれるぐらいの寝息立てていたの?」


「うん」


「……れて」


「ん?」


「忘れてー!」


 咲は、そう言うと、俺の肩を軽く叩き始める。


「大丈夫だよ。寝息の一つ二つぐらい」


「光が良くても、私は、恥ずかしくてだめなの」


「授業中でも、寝落ちしたら寝息立てちゃうだろ?」


「私、授業中寝ない。それに、修学旅行で仲が良い友達以外に、寝息聞かれた事ないから恥ずかしいの!」


 咲が言っている事は、本当のようで、頬を通り越して、どんどん顔が赤くなっていく。


「わかった。今日聞いた寝息の事は、心の中にしまう。これからは、話の話題にも出さない。それで許して」


「本当に、そうしてくれる?」


「本当にそうする」


「わかった。それなら、許してあげる」


 咲の高まった感情が静まってきたのか、少し後ろに下がる。


「約束ね」


「うん、約束だ」


 咲は、無言で歩き始める。俺も、その後に続いた。


 気づいたら、駅が見える所まで来ていた。


「光、今日はありがとう」


 咲が改めて、お礼を言う。


「良いよ。気にするな」


「また、一緒にリハビリできる場所探そうね」


「あぁ、今度はビンタが飛んでこない事を祈るよ」


「うん。次こそは絶対にビンタしない」


 咲は、真剣な表情で言った。絶対にビンタしないという決意を感じる。


「光」


「何?」


「また、月曜日、大学で会おうね」


「あぁ、月曜に会おう」


「またね」


「またな」


 そう言葉を交わすと、咲は駅の中に入って行った。それを見届けた後、自分の家に向かう。


「この関係いいのかな」


 咲とリハビリ関係を持ってから、距離感がわからなくなってきた。さっきの会話も、普通の友達関係だったら、しない会話だ。


「でも、咲が好きな人と恋愛が、できるようになるためだ」


 咲が前に進めるためだと考えれば、罪悪感はない気がする。そう考えていると、携帯の通知音が鳴った。


『気を付けて帰ってね』


 見てみると、咲からメッセージが届いていた。


『気を付けて帰るよ。咲も気を付けて帰ってね』


『ありがとう』


 スタンプを送って、携帯をしまおうとすると、再び通知音がなった。


『私、トラウマを克服できるように頑張るから』


 俺は、何を今更迷っていたんだ。咲が必死にトラウマと向き合っているのに、さっき俺は、この関係が良いのか、悪いのか、そんな事を考えてしまっていた。リハビリ関係になった時、覚悟は決めていたはずだ。


「俺は、ただ真っ直ぐ、目標に向かっていけばいいんだ」


『あぁ、応援する。最後までリハビリに付き合うよ』


『うん! 頑張ろう!』


 二度と迷わない。俺は、そう決意を固めた。

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