海でのリハビリ
咲と合流した後、バスに乗り、海に向かう。バスの中は、老人が多く静かな空間だった。若者は、席に座っている俺と咲しかいない。
『こんなに静かだと、話しづらいね』
咲が俺にメッセージを送る。
『こんなにも、静かだもんね』
老人達は、何しているかと言うと、新聞を読んでいたり、老眼なのか顔を遠ざけたりしながら本を読んでいる。後は、寝ているようだ。
『ねぇ、何かして遊ぼうよ』
『何する?』
遊ぶと言っても、咲と俺が共通してできる遊びが思いつかない。何しようか、考えていると、咲からメッセージが届いた。
『んーとね、花札!』
花札か渋いな。確かに、おばあちゃん家に行った時とか、花札をした記憶はあるから、なんとなくはできるかもしれない。
『やるか』
『やった! このアプリダウンロードして』
咲が見せてきたアプリをダウンロードする。
『ダウンロードできた?』
『できたよ』
『よし、早速やろう』
咲と一緒に花札のアプリをやる。昔、家族とやっていたおかげで、割とすぐにルールは理解でき、一緒に楽しめるぐらいまでは、できるようになった。咲と花札を楽しんでいる間、バスは目的地に向かって俺達を運んでくれた。
バス停を何個か止まっていくと、何人か降りて行く。バス停に止まる、人が降りるを繰り返しているうちに、気づけば、俺と咲だけになった。
「誰もいなくなったね」
誰もいなくなったのがわかると、咲は話し始めた。
「もうすぐで、目的地だ」
後何個かのバス停に止まれば、目的地に着く。
「あ、光! 見て!」
咲に肩を叩かれて、窓の外にある景色を指さす。
「綺麗だ……」
バスの外から見えたのは、白い砂浜と視界一杯に広がる青い海だった。
「海、大きいね」
咲は、海をずっと見つめて感動した様子で言った。
「あぁ、永遠と続いているみたいだ」
海の奥には、何があるのだろう。子供の頃に思った素直な疑問を、大学生になって再び思い出した。
「終点、終点」
バスのアナウンスが聞こえた。海の景色に感動している内に、気づけば俺達が降りる終点に到着している。
「咲、降りるか」
「うん」
咲と一緒にバスを降りる。少し強い日差しを浴びながら、海の方に進んで行く。
「風、気持ちいね」
咲は、帽子が飛ばされないように手で抑えながら、笑顔で言った。
「涼しくて良い風だ」
風が潮の匂いを運ぶ。海に来たことを改めて実感した。
「砂浜歩きたい!」
「行くか」
咲は、俺の返事を聞くと、砂浜に向かって軽く走る。
「光、早く追いで!」
咲は、俺の方に向かって手を振った。
「今行く!」
咲の方に向かって走る。
「すごい! 砂浜さらさらしているよ!」
咲は、砂を片手にすくうと、ゆっくり傾けて砂を落としてみせる。すると、太陽の光を浴びて輝く砂は、さらさらと手から落ち、風で飛ばされていく。
「すごい、さらさらだな」
「だよね!」
咲は、海を楽しんでいる様子だった。俺は、海の写真を撮ってみる。なかなか、良い写真が撮れた。咲に見せてみるか。
「咲、見て、綺麗な写真が撮れた」
「え、すごく綺麗な写真。太陽の光が、海面で反射して輝いて見えるよ。私も、写真撮ってみる」
俺の写真を見て、咲も写真を撮る。
「咲、綺麗に撮れたか?」
「なんか、砂浜が二つあるみたい」
「砂浜が二つ?」
気になって、写真を見てみると、海面が、太陽の光で白飛びして、真っ白になっていた。確かに、もう一つの砂浜が、咲の写真には存在していた。
「こういう事もあるさ、俺が撮った写真送るよ」
「ありがとう」
咲に、さっき撮った写真を送る。
「ねぇ、光」
「ん?」
「綺麗な貝殻を探そう!」
咲は、足元にある貝型を拾って、貝殻探しを提案した。
「いいね、しよう」
咲と貝殻探しをする。いつもは、意識して見ていなかった。意識して貝殻を見ると、様々な模様があり、観察してみると面白い。
「光、この貝殻、目があるみたい」
咲が見せてくれた貝殻は、黒い点が良い感じの間隔であって、目に見える。珍しい柄をしている貝殻だ。
「本当だ、目に見える」
「でしょ?」
「咲、これ見て、貝殻の口が黒くなっていて、具合悪そうな貝殻に見える」
「本当だ。こんなに具合が悪そうな貝殻、初めて見たかも」
咲と、見つけた貝殻を見せあいながら、貝殻探しをする。
「光、これ見て」
しばらく貝殻探しをしていたら、咲が、俺に一つの貝殻を渡した。貝殻を見てみると、白以外の色が混じっていない綺麗な貝殻だった。
「すごく綺麗な貝殻だ」
「でしょ! もう一枚同じ貝殻見つけた。一緒に持ち帰って、部屋に飾ろう」
「いいな。それ」
「貝殻探し、したかったから小さい袋持ってきたんだ。一枚あげる」
「ありがとう」
咲から小さな袋を一枚貰い、貝殻を中に入れる。海行って何しようかと思ったけど、咲と楽しむことができて良かった。
一通り海を楽しむことが出来た、俺と咲は海を眺めていた。
「ねぇ、光」
「ん?」
「海、楽しかったね」
「あぁ、楽しかった」
咲は、満足そうに海を眺めていた。咲が楽しめて何よりだ。
「光」
「何だ?」
「今日の目的をやろう」
俺を見た咲の目は、真剣だった。今日の目的とは、リハビリの事だ。海を満喫する事は、できたが、肝心なリハビリをしていなかった。
「咲、大丈夫なのか?」
先週は、手を繋いだだけで、ビンタが飛んできた。まだ、時間はあるし、無理に頑張らなくても良いと思う。
「うん。この日のために、予定が決まってから一週間。心の準備をしてきた」
「わかった」
咲の決意は固かった。なら、俺は、その決意に答えなければならない。俺も心を決めて、咲の隣に移動する。咲の顔を見ると、少し緊張した顔つきをしていた。
「いきなり、手を繋がないで、少しずつ慣らしてからにするか?」
「うん。そうしてくれると嬉しい」
まずは、手の上に手を重ねてみる。
「ひっ……!」
咲は、身体を震わせて、小さな悲鳴をあげた。
「大丈夫か?」
「大丈夫……続けて」
重ねた手を手の甲から、ゆっくりと手の平に移動させる。
「んっ……」
「やめるか?」
「だ、大丈夫。まだ、衝動を理性で抑えられている」
それは、大丈夫って言えるのか? ビンタされるのは、俺なのだけど。
「わかった。続けるぞ」
咲に気を使って、いま中断することは、一週間かけて決意を固めてきた咲に失礼な事だ。咲が勇気を出してやっているなら、俺が、ビンタされようか、殴られるのかは、どっちでもいい。
「指を絡ませるからな」
「わ、わかった」
ここからは、先週の壁を越えられるかの勝負になる。咲が、少しでも落ち着いてリハビリができるように、アクションを起こす前、声をかけることにする。俺ができる、最大限のフォローだ。
お互いの指を絡ませ合う。咲の体が硬直しているのを感じる。体に、かなり力を入れているみたいだ。
「大丈夫? 体に結構、力が入っているみたいだけど」
「だ……大丈夫。緊張しているだけ」
「大丈夫なら、手を繋ぐぞ」
「待って、深呼吸をさせて」
咲は、そう言うと、大きく息を吸って、吐いてを繰り返す。
「よし、大丈夫よ」
「わかった」
絡ませた指に力を入れて、手を繋ぐ。
「い……、んっ……」
咲は体を硬直させ、震わせる。自分のトラウマと戦っているようだ。
「頑張れ、咲」
応援したい気持ちがあふれて、口に出して応援する。五秒は、経過しただろうか。咲は、震えながら口を開き始める。
「よ……」
「よ?」
「よけてぇ!」
ビンタが、飛んできた。は、速い!
「ゆ……油断した」
避ける事が、できなかった。想像以上の威力で、砂浜の上に倒れてしまった。
「ご、ごめん。光」
咲は、涙目になった目を覗かせて謝る。
「頑張ったな。五秒間も保ったぞ」
前回は、一瞬でビンタが飛んできたから、大きな前進と見て、いいだろう。
「また、ビンタしちゃった」
「大丈夫だ。生きている」
ずっと寝ていると、咲に心配をかけてしまう。立ち上がって、大丈夫な事を証明しなければ。
「立って、大丈夫なの?」
「あぁ、これぐらい大丈夫だ。安心しろ」
少し、頭がくらくらする。咲のビンタは、どんな威力しているんだ?
「咲、一つ聞いても良いか?」
「何?」
「なんで、ビンタが飛んでくるんだ?」
「じ……自己防衛反応……かな」
咲の本能から見たら、俺は、敵とみなされているのか。
「ちゃんと機能しているな」
「う、うん」
並大抵の男なら、近寄っても返り討ちにあうだろう。俺が、身をもって保証できる自信がある。
「今日は、ここまでしとくか」
「そ、そうだね」
その後、ビンタされた頬を、咲に写真を撮って見せてもらったら、綺麗な手形が自分の頬についていた。
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