第一章

新しい生活

 部屋中に鳴り響く音で目が覚める。


「朝……今日から大学生か」


 そう呟き、目覚ましの音を止めた。今日から大学生活、普通なら喜びと緊張の感情が来るところだが、俺は悲しさと辛さが襲って来た。


「二週間経っても、立ち直れないか」


 今から二週間前まで、俺には付き合っている彼女がいた。名前は、細川青衣。高校二年生の夏に、友達同士で夏祭りに出かけた時、青衣から『ずっと前から好きでした』と言われ、付き合うことになった。自分にとって人生で初めての彼女だった。


「思い出している時間はない。早く大学に行こう」


 この二週間、ずっとこれの繰り返しだった。何か、行動をしようとすると、元カノの事を思い出してしまう。初めて付き合うことになった夏祭りの日、一緒にすごしたクリスマス、様々な思い出が蘇る。


 頭の中で、元カノとの思い出と葛藤しながら、朝食を食べ、スーツに着替えて、洗面台に行き歯を磨く。


『私、光の事を彼氏だと思った事ないから』


「……っ!」


 握っていた歯ブラシに力が入る。一番思い出すのが、別れた日に言われた言葉。この言葉が、一字一句鮮明に記憶されて、忘れる事ができなかった。


「じゃあ、なんで俺と付き合っていたんだよ」


 洗面台に写る自分を見ながら、そうつぶやいた。


 高校の卒業式から、何日か経った後に、友達から連絡が来たのを思い出す。


『青衣、他校の男子と高校二年生になった時から、付き合っていたみたいだよ』


 その事実を聞いて、さらに絶望へ落とされた。時系列で考えると、青衣には、俺より付き合う前に彼氏が、いたことになる。なんで、彼氏がいるのに、俺と付き合うのか、訳がわからなかった。俺の高校生活半分の思い出は、一気に灰色の思い出となり果てた。


「もう、こんな時間。家から出ないと」


 今、家には、母だけがいたはずだ。妹は部活の朝練で、俺より早く家を出ているし、父は、単身赴任で家にいない。


「行ってきます」


「行ってらっしゃい! 気を付けてね!」


 台所の方から元気な母の声が聞こえる。母と妹は、彼女と別れたのを察したのか、高校を卒業してから、話題に振ってこなかった。気を使ってくれていたのだと思う。母親の返事を聞いたので、カバンを持って、俺は二週間ぶりに外へ出た。



 二週間ぶりの外は、眩しかった。目がチカチカする。日光そのものを久しぶりに浴びている気がする。眩暈めまいみたいのもした。家に二週間も出ないと、こうなるのか。だけど、空の青さを見ると、心が少し晴れた気がする。


「確か、駅前からバスが出ていたな」


 これから通う大学は、地元にある光晴こうせい大学。家が近いからという理由で、ここにしたが、結果その判断に救われた。もし、一人暮らしする必要のある大学だと、まともに準備ができなかったと思う。


「入学式は、大学の体育館か」


 大学と言っても、小規模な大学で、一学年二百人程度しかいない。全学年、合わせても八百人ぐらいだ。いや、そう考えると、八百人って結構多いな。そんな事を考えながら、バスに乗り、揺られる。


 外を見ると、永遠と続く田んぼ風景。とても、大学がありそうな感じがしない。しばらく走っていくと、だんだんと薄いピンクの外壁をした建物が見えて来た。


「あれが、光晴大」


 これから、四年間通う事になる大学。


「見て、見えて来たよー」


「本当だ」


「建物の中、どうなっているの?」


 バスの中が騒がしくなる。考え事していたせいで、バスの中をよく見ていなかったが、よく見てみると、同じスーツ姿の男女が何組もいた。同じ学年の人達か。


 バスから降りてみると、薄いピンクの色が特徴的な外壁の建物が何棟も建っているのがわかる。


「中学や高校と違って、学校感がある建物じゃないな」


 どちらかと言うと、総合体育館とか公共施設を、少しかっこよく作った感じがする。


「新入生は、こちらです」


 大学の職員だと思われる人が、新入生を先導している。案内通りに行くと、体育館だと思われる建物に辿り着いた。『受付』と書かれている所を見つけたので、そこに行ってみる。


「入学式のプログラムは、こちらです」


 プログラムが書かれた紙を受け取り、カバンにしまう。


「文学科は、あっちか」


 自分が行く学科の所に行く。そこに行くと、既に友達作りが始まっているみたいで、グループがいくつも出来ていた。何列にも並ばれた椅子に座っている人も、数人いる。


「ぼっちも、悪くないか」


 一人の人がいても、話しかける気分になれなかった。自分の学籍番号が、書かれた紙を貼ってある椅子に座る。


「ねぇ、文学科ってここであっている?」


 今日は、午前中に入学式があって、午後から教科書配布か。


「ねぇ、聞いているー?」


 教科書、どれだけ配られるのだろうか。このカバンに入るか? 最悪袋をもらって、そこに詰めるか。


「ねぇねぇ!」


「ん、俺?」


 女性の声がした瞬間、肩を叩かれる。俺に話しかけていたのか。振り向くと、スーツを着て、ポニーテールをした女性が、むすっとした表情で、立っている。


「ここ、文学科?」


「そうだよ。俺も文学科だ」


「良かった。ねぇ、なんで無視したの?」


「ごめん。俺に話しかけられたと思っていなかった」


「そうなの?」


「うん」


「それなら、仕方ないか許す!」


 彼女は笑顔になって座る。笑顔になった彼女は、可愛らしかった。異性に好かれるタイプの女性だな。


「ねぇ、名前なんて言うの?」


「黒崎光」


「光ね。私の名前は桜木咲、よろしく!」


「よ、よろしく」


 いきなり呼び捨てかよ。距離感の詰め方凄いな。まぁ、他人行儀で接しられるよりは、ましか。咲と挨拶を交わした後、俺は前を向いて、プログラムを再び眺めた。


「良かった、怒鳴られなくて……」


 ちょっと引っかかる言葉を咲が独り言で言っていたが、俺は気にしない事にする。


 しばらくすると、入学式が始まり、学部長の話などを聞いているうちに入学式は終わりを迎えた。その後、教科書を配布されたが、案の定というか、俺の見通しが甘くて、結局袋を貰うことになり、両手を埋まった状態で帰宅した。こうして、新しい生活の大学生活一日目が、終わった。

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