第21話 朝顔のある家(21、朝顔)


夏の朝。

大学に向かって歩いていると、一軒家が見えて来る。ごくごく普通の家。そこの玄関ポーチには、一鉢の朝顔があった。小学生が学校で使っているような、青いプラスチック製の鉢。そして少し歪んだ、同じ色の支柱。朝顔は順調に成長してるようで、蔓が支柱に幾重にも巻き付いているのが見えた。蕾もいくつかある。そろそろ咲くんじゃないか。他人事ながら、微笑ましい気持ちになる。

次の日の朝に通りかかると、鮮やかな青色の朝顔がいくつも美しく咲き乱れていた。傍らに、十歳くらいの男の子が立っている。

「やった!今年も咲いた!」

そう叫んで嬉しそうに笑うと、スッと消えてしまった。私は思わず立ち止まり、朝顔と男の子がいた場所を凝視する。咲いたばかりであろう朝顔の鉢には、古くかすれた字で『一年二組』とだけ書いてあった。名前はもう見えない。至る所が割れている。朝顔の瑞々しさと反比例する鉢の異様さにようやく気付き、私は走ってその場を後にした。

次の朝にまたその家の前に来ると、そこは廃屋のような空き家になっていた。昨日まで普通に見えていた玄関ポーチは、ボロボロになっている。そこには、茶色く枯れ果てた朝顔らしきものの残骸と、半壊状態に朽ちた鉢が転がっていた。何とも言えない気持ちになったが、出来ることも無い。私はそのまま立ち去った。それからは、朝顔が咲くことも男の子を見ることも無かった。

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