種なしブドウの種

あめはしつつじ

種よ、人の滅びの喜びよ

 預言者に託された石板タブレットには、

 たった一つの戒めが刻まれていた。


『汝、ブドウの種を飲み込むな』




 ブドウは寄生植物である。

 熟れた果実の甘い芳香は、

 動物の認知能力を失わせ、

 その実を食べさせ、

 種を飲み込ませる。

 飲み込んだ動物の胃液と反応し、

 その種子は発芽する。

 胃の中で伸びる根、

 肉体を蝕む蔓、

 ブドウを飲み込んだ者は、

 ブドウに飲み込まれる。

 ブドウを飲み込んだ者はまた、

 他者を飲み込むブドウになる。

 

 世界地図の八割は、

 ブドウによって、

 飲み込まれていた。 




「大臣、ついにやりました。

 これを、ご覧になられてください」

 国立種苗研究所の研究所長は、

 興奮していた。

 二つのブドウの鉢植えの上にネットがあり、

 そこに、いくつかのブドウが実っていた。

 研究所の所長は、

 その実を一つ摘みとり、

 ナイフで半分に切り、

 その断面を大臣に見せる。

「これは!」と大臣が驚く。

「種なしブドウです。大臣。

 しかも、既存のブドウと交配すると、

 次世代のブドウも種ができないのです」

 所長は白衣のポケットから取り出した、

 一粒の種を大臣に見せる。

 大臣は思わず口を押さえる。

「種なしブドウの種です。

 既存のブドウに放射線処理をして、

 種を作ることをできなくしたのです。

 ただ、一つ問題があるとすれば、

 特定の動物にしか、寄生せず、

 発芽しないということですかね」

「その動物とは?」と大臣は尋ねる。

「この二つのブドウは、

 私の妻と娘です」

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種なしブドウの種 あめはしつつじ @amehashi_224

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