父と子供のお買い物

朝パン昼ごはん

地図 タブレット ブドウ

 日除け用の帽子。リュックサック。喉が渇いたときのためのドリンク。

 今すぐにでも出かけようとする息子を何とか押しとどめ、俺は身の回りをチェックする。


「おとーさん、はやくはやくー!」


 息子の裕樹が元気よく急かしてくる。全く元気なものだ。

 一日経てばおさまるかと思ったが勢いは止まりそうになかった。

 俺は妻の志穂と顔を見つめ合って苦笑する。


「裕樹、急ぐのは良いけどなにをしにいくかわかってる?」

「おかいもの!」


 志穂が目線を下げて裕樹に尋ねると、勢いよく返事がかえってくる。

 昨日仕事から帰ってきた時はもっと酷かった。

 なんでもテレビでやっていた番組に触発されたらしい。

 小さい子が一人で親の言いつけどおりに買い物にいく、そんなバラエティ番組。

 妻と一緒に見ていた息子は、自分もあれくらい出来ると息巻いてたらしい。

 裕樹は小学校にあがったばかりだ。

 じゃあお母さんと一緒に行きましょうかという志穂の意見を突っぱねて、駄々をこねていることに俺が帰宅した。

 昔から泣く子と地頭には勝てぬと言うが、子供に理屈は通じない。

 あれこれ妥協案を上乗せしてようやく了承出来たという訳だ。


「じゃあお買い物のために何をするか、お父さんともう一度確認しようか」


 俺はタブレットを置いて裕樹に確認させる。

 裕樹がタブレットに置かれたアイコンに触れると地図が表示された。

 既にマーカーは付けてある。今回のミッションは、そこにあるスーパーに昼のおかずを買いに行くことだ。

 大人の足でなら10分足らず。そんなに距離は離れていない。

 場所も道なりに行けばいいはずだから迷わないはず。

 裕樹と場所を確認しあうと、別のアイコンを触らせた。

 それは欲しい物を羅列した買い物メモだ。

 息子が忘れてもこのままタブレットを店員に見せれば必要な物は買い揃えられるだろう。

 念のため、買い物メモ欄には俺と志穂の携帯番号が記載してある。

 出かける前に何回も復唱させたせいで我が家の王子様も少々うんざりしている。

 だがこれは大切なことだ。彼は大丈夫と考えているが、大人はそれでも心配なのである。

 頭ごなしに駄目とは言ってやりたくがないための、念入りな準備は必要なのである。

 説明からようやく解放された裕樹は、満面の笑顔でドアに手をかけた。


「いってきます!」

「いってらっしゃい」

「気をつけるんだぞ」


 ブンブンと手がちぎれるくらいに振る息子に、俺たち二人はささやかに手を振って見送ったのだった。


 ◇ ◇ ◇


 息子が出かけてから数分後、俺も出かけるために支度をする。

 サングラスに帽子を被った俺の姿はちぐはぐだ。いつ買ったか分からないアロハシャツと派手なカラーの短パンが更に主張を激しくさせている。


「似合ってるわよ」


 先ほどとは違う苦笑を志穂が浮かべている。俺も同感だ。

 だがこの格好ならぱっと見父親とは分かるまい。

 一人で買い物に行くことは認めたが、セーフティーというのは大事だ。

 脇道に逸れたりしないか監視する必要がある。

 子供は勝手に育つ、というのは保護者の義務を放棄したものの詭弁である。

 木に隠れて子を見守るのが親と習った。

 俺のミッションは、裕樹が無事買い物を終了し帰って来られるのを見守ることだ。


「じゃあ行ってくる」

「ええ、お願いします」


 ドアを開けて外に出てみれば、昼前だというのにもう暑い。

 その熱気を受けた頭は既に良からぬ想像を生みだしてはいるが、逸る気持ちを押さえて俺は歩を進めた。

 大人と子供の歩みである。先に出た裕樹の背をもう捕らえることが出来た。

 その姿に、ほっと安堵の息を漏らす。

 ただ目的地まで歩くだけなのだが、それでも心配してしまうのが親である。

 帽子を目深に被り直しながら、視界の端に息子を捕らえて俺は尾行を開始した。

 息子はてくてくと前を歩いて行く。

 俺はそろそろを後をついて行く。

 端から見れば間違いなく不審者だ。

 警察に見つかったらどうしようという不安が頭によぎるが

 そうこうしているうちに第一の難関に辿り着いた。

 横断歩道である。信号は赤。

 裕樹はちゃんと目の前で止まって左右を確認した。

 良し、偉いぞ。

 近寄って頭を撫でたくなる衝動をぐっと押さえこんで俺は見守った。

 待つというのは意外と長く感じるものだ。

 それでも裕樹は駆けることはせず、キチンと青になってから向こう側へと渡りだした。

 この先を進めば目的地のスーパーである。

 後を追う俺であったが、裕樹が足を止めたので端に隠れることにした。

 リュックからタブレットを取り出している。

 画面を触って何か確認している。場所を確認しているのだろうか。

 大人の目線では見える部分が子供からでは見え辛いのかもしれない。

 もう少し進めばスーパーの看板が見えるはずだが、それは俺がわかりきっているからであろう。

 リュックサックにタブレットを戻し、裕樹はまた先へ進む。

 俺も見失わないように後を追った。


 広々としたスーパーの駐車場。

 その中へと入っていく息子がよくわかる。

 距離に注意しながら中へと続き、俺は裕樹の姿を確認した。

 いた。

 カゴを持ってタブレットを眺めている裕樹の姿がそこにあった。

 メモを見れば忘れ物は無いと思うが、はたして場所を探せるだろうか。

 動く素振りをみせた裕樹の後をつけようと歩を進めたが、強引に踵を返した。

 タブレットとカゴの両手持ちは疲れるのであろう。

 入り口のカーゴを取りに裕樹が戻ってくる。

 危なかった。危うく鉢合わせになるところだった。

 カーゴにカゴとタブレットを乗せながら、裕樹はスーパーの中を見て回っている。

 メモと商品を見比べて、ほいほいと詰めこんでいく。

 さすがうちの子だ。賢い。

 などと微笑ましく見ていると、肩を叩かれ店員に呼び止められた。


「申し訳ありませんがお客様、何をなさっていますか」


 そう言う店員の目は疑惑に満ちている。

 無理も無い。子供の後をつけ狙うように店内を徘徊しているおっさんは怪しい以外の何者でもない。

 俺はスマホの待ち受けにしている妻と子供の画像を見せて潔白を証明しようとした。


「あそこに子供がいるでしょう? あれ俺の息子なんですよ」

「へー、そうなんですか」


 声が冷たい。この画像も盗撮と思われているのだろうか。


「『はじめてのおかいもの』て番組知ってます? あれ見た子供が自分も行くって張り切っちゃいまして。でも一人で行かせるのは不安でこうやって尾行してるわけです」


 店員は買い物を続ける子供と俺を交互に眺める。

 そのうち懐にあるレシーバーで誰かと連絡を取り始めた。


「ちょっと待って貰っていいですか。今確認のためお子さんに他の者を向かわせています」

「ええ、いいですよ」


 遠目で裕樹の姿を捉えれば、別の店員がしゃがみ込んでなにやら話しかけている。

 二言三言のやりとりののち、その店員もレシーバーを取り出した。

 その内容が俺の目の前の店員から漏れ聞こえてくる。

 店員は頷き、俺にむかって微笑んだ。


「確認がとれました、疑うような真似をして申し訳ありません」

「いえ、仕方ないことです」


 昨今はとにかく物騒だ。子供を狙うような輩がどこにいるか分からない。

 だから俺はこうやって後をつけているし、店員さんはこうやって声がけしているわけだ。

 誤解が解けると俺はもう一度息子の姿を確認した。

 どうやらセルフレジのほうへと向かってるらしい。買い物は終わったのかな。

 息子はたどたどしいながらもバーコードを読もうとしている。

 はっきりいって遅い。後ろで待つ人たちにはすごく申し訳ない気持ちになる。

 すぐにいって手伝ってやりたいが、ここでバレてしまっては意味が無い。

 もどかしい気持ちを押し殺して、俺は会計が過ぎるのを待った。

 僅か数分の出来事、しかし俺には非常に長く感じた時間であった。

 会計を済ませた裕樹がリュックに買い物袋を入れる。

 会計を済ませたことを確認した店員さんが、それを手伝おうとしてくれた。

 ありがとうございますと裕樹が元気を良く御礼を言う。

 宜しい。大変に宜しい。

 他人様に御礼を言える子に育ってお父さんは嬉しいぞ。

 あとは帰るだけなのだが、フードコートで裕樹は一旦ひと休みしている。

 いつの間にか買っていたお菓子を食べているのはまあ目くじらを立てることではないだろう。

 買い物の駄賃だ。俺も小さい頃はそうしていた。

 キチンとゴミ屑をしまってから裕樹は店を出ようとしていた。

 俺も出ようとしたが何も買わないことに気がついたので、アイスを買うことにした。

 帰り道。今来た道。

 我が家が段々と近づいてくる。

 結局心配していたことは起こらなかったが、取り越し苦労が一番良い。

 何かあったでは困るのだ。

 困ることと言えば、アイスが溶けてしまわないかということだ。

 裕樹が玄関の扉を開けて中へと入っていく。

 俺はスマホの時計を見て、少し遅れてから中へ入ることにした。


 ◇ ◇ ◇


「ただいま」

「おかえりなさい」

「おかえりなさい!」


 中へと入ると、裕樹が俺をマジマジと見つめる。


「お父さん、普段と違う格好」

「ああ、そうだな」


 俺は適当に相槌をうって椅子へと座る。どうやら尾行していたことは気づかれてないようだ。

 部屋は外とは違って涼しい。ほっと安堵の息が漏れる。

 汗をかいていることに気づいた志穂が、俺にアイスコーヒーを出してくれる。


「ありがとう。アイス買ってきたけどいるか?」

「私はあとでいいわ」


 見返せば裕樹はブドウを頬張っていた。冷蔵庫で冷やしていた奴だから大層美味しかろう。


「裕樹はそれ食べているからあとでいいな」

「え~~アイスたべたーい!」


 手を伸ばそうとする裕樹から、俺はやらないよと両手で遠ざける。

 まずはブドウを食べてからだ。

 コーヒーに口をつけてから俺は息子に語りかけた。


「買い物は出来たようだな、どうだった?」

「たのしかった!」


 行って戻っての何気ない行動。ただの買い物。

 しかし裕樹にとっては大冒険だったらしい。

 ブドウの房に手を伸ばしながら、俺は息子の武勇伝に聞きいるのだった。

 夏もあとわずか。

 息子はこの一夏で成長できたであろうか。

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