審査の失敗談

@nisiikantai

初めての初段の審査にて

高校2年の夏のことである


ミンミンミ~

蝉の声がけたたましく響く公園内と裏腹に弓道場には肝の冷えるような厳かな空気が漂っていた。

そう、今日は初段の審査である。

私は太鼓のように高鳴る鼓動を聴きながら、入場、本座に跪坐した。

(フゥー、とりあえず第一関門突破)

いつも苦労した入場もとりあえず形にはなっている。私は、跪坐しつつコソッと息を吐く。

 そして、前立ちの落ちが退場すると同時に射位へ進み、跪坐しつつ、弓を立て、矢をつがえる。

しかし


 カチカチ、ガタガタッ


矢が弦にはまらない。頭が真っ白になる。


「ちょっと、手伝ってあげて」


審査員の先生が進行委員の先生に指示をだす。

この瞬間、私の初段審査不合格が確定した。


前日

ガタッ、カラカラ~

大三の辺りにきたところで、矢が弦より外れ、床に転がる。

本日二度目の筈こぼれである。

「チッ、昨日弦変えたばかりなのに」

「そもそも、審査前日に弦変えるアホがいるか?」

失した矢を回収してもらった友人が指摘する。

 つい悔しくて「切れたものはしょうがない」と言う言葉が出掛けるも、管理が出来ていない自分の責任であるため、黙らざるをえなかった。

 私は正直、中仕掛け作るのが下手である。いつもイモムシのようになってしまい、離れでよく暴発したり、引っ掛かったりしてしまう。

 それに対し、指摘してきた友人の中仕掛けは綺麗に出来ており、離れのキレも中りもよい。


 モヤモヤとした気持ちのまま、審査練を繰り返した。


 その晩

カッサ、カッサ

私は市の弓道場で中仕掛けを直している。

悪あがきとばかりに市の弓道場で大人に混じって審査練をしてたが、やはり、キレは悪くそれどころか、幕射ちやら、掃き矢やら余計ひどくなっていた。

 それゆえ、とりあえず中仕掛けをなおしていた。正直審査は半分くらい諦めていた。


 しかし、なかなか綺麗にはならない。


だが、そこへ神が現れる

「そんな締め方無いと思うわよ?」

普段よく一緒に稽古させていただく、おばさまが笑いながら話しかけてきた。

 おばさまは、「ちょっと、みててね。」と声をかけると自分の弦に麻切れを巻き、シュルシュルと道宝をかけ、瞬く間に綺麗に仕上げていた。


 「どうやってやったんですか?」

私にはそれが神の所業のように思われた。

しかし、おばさまは苦笑いをしながら

「道宝はね、擦った時に離さないで、文字通り中仕掛けをもじるようにして締め付けるのよ」

とアドバイスしてくれた。


 私は言われたとおりやってみると、なるほど凸凹すること無く、綺麗に仕上がった。

 これなら友人と一緒の仕上がりである。

「明日、頑張ってね」

おばさまは一言そういうと去っていった。

 諦めかけていた審査に希望が見えてきた。


そして迎えた当日

冒頭の状態になり、頭がパニックに陥っていた。

そりゃ、こんだけ直しまくっていたら太くなるのは当然である。何故、矢を中てて、確かめなかったのか?

 進行委員の先生に手伝ってもらいながら、ひたすら悔いた。しかし、今さら後悔しても始まらない。今はまず筈をはめることに集中した。


しばらく格闘したのち、ようやく筈ははまってくれた。キチキチである。


 そのときには気持ちは落ち着き、むしろここまで大きな失敗をしたためか、より冷静になることができた。


 そして、そのまま、焦ること無く引かれた二本は的の中へ吸い込まれていった。


それから6年後


「いや~、あの時は恥ずかしい思い出です」

私は今弓道連盟の飲み会に来ていた。

高校卒業後、就職した私は地元の弓道連盟に入り弓を続けていた。

「あの時はびっくりしたよ」

と、進行委員だった先生。

「そもそも、あんな体配じゃ筈にはまろうが、中ろうが初段なんて渡さんわ」

と審査委員だった先生。

初段は地方審査のため、地元の連盟の先生方が見ていたのだ。

「それはごもっともです。しかし、今となっては良い思い出です。」

 私は苦笑いをしながら返す。

 当然審査は不合格だったため、何度か受審するもなかなか頂けず、高校三年生の2月、いわば卒業前ラスト一回でようやく合格できた。

そして、今あの時と同じように四段の壁にぶつかり、受審回数ももうすぐ二桁に達するとところまできている。

だが、今はあの時の経験のお陰か"矢がはまらない"のはもとより失自体無く挑めている。

 私はあの時、ただ中仕掛けの作り方を学んだのではなく、やれることをしっかりとやる、この事の重要性を学んだのだ。

 今私は、四段に苦しんでいるが、しっかりとやれることをやればいずれ合格できる。コツコツ粘り強くやろう。


 私は酒を交わしながら、強く誓った。

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