かくれんぼ

仁城 琳

かくれんぼ

「きゃぁぁぁぁぁぁあ!!!!!!」

私はシャープペンシルを取り落とす。

「びっ…くりした。急に叫ばないでよ、心臓止まるかと思った。」

「わっ…私の…私の席に…!」

「え?なに?」

放課後、教室で自習していた友人が質問してくると職員室に行き、教室に戻るなり悲鳴をあげた。時間は18時40分。外はもう暗い。学校内は昼間の騒がしさを忘れ、どこか物悲しさを感じさせる。

「私の席に…!女の子が、小さい女の子が座ってた…!」

「女の子?優香が職員室に行ってから誰も教室には来てないし、先生も今日は他のクラスは放課後残る子いないって言ってたじゃん。やめてよ、ビビらせようとするの。」

「違うもん!ほんとにいたんだってば!ねぇ今日はもう帰ろ?私そこ座りたくない…。」

今にも泣き出しそうな優香に半信半疑ながらも最終下校時間の19時はもう間もなく。まぁいいかと机に広げていたテキストを片付ける。

「分かった。じゃあ今日は帰ろっか。優香も帰る準備しなよ。」

「いや…置いて帰る…。明日持って帰るから…。」

もう泣き出してしまった優香の代わりに机に近付き、教科書類はともかく貴重品放置はヤバいでしょ、と鞄を持ち上げ渡す。

「早く…早く帰ろ…。」

「はいはい、鍵閉めるからちょっと待って。ね、マジで大丈夫?」

「私明日からあの席座りたくない…。なんで私の席…。」

「…職員室に鍵返しに行くけど一緒に行く?」

黙って手を繋いできた優香と共に職員室に向かう。手を繋いで鍵を返しに来た私たちを見て担任の安藤先生はあら仲良しねぇと笑顔で鍵を受け取った後、優香の顔色が悪いことに気付いたのか心配そうに尋ねてきた

「大丈夫?何かあったの?」

「…大丈夫です。」

私は先生に女の子の事を言おうかと思ったが、それよりも先に優香が答えてしまった。


暗いから気を付けてね、と見送ってくれた安藤先生に挨拶をして帰り道。優香に女の子の事を聞いても口を開こうとしない。

「ね、優香。明日さ、安藤先生に相談しよう。席、変えてもらえるかもしれないしさ。」

「…うん。」

上の空の優香を心配しながら私は電車に乗り込む。優香の乗る電車は反対方向。数分後に到着するはず。

「優香、気を付けて帰ってね。また明日。」

「…うん。また明日。」


翌日、優香は学校に来なかった。LINEを送ってみたけど『体調が悪いから。ごめん。』と返ってきた。昨日の話はしない方がいいかな。

今日は私の他に数人同じクラスの子が居残りで自習している。昨日もこれだけ人がいればよかったのに。そんな事を考えていた時。

「うわぁ!!」

自習していた男子が急に大声をあげる。

「うるさいなー、そんな難しい問題でもあった?」

彼の友人が茶化す。

「いや…今教卓の所に小さい女の子がいた気がして…?なんか小学生くらいの。気のせいだよな。ごめん。」

小さい女の子?と言いながらもう一人が教卓の裏を覗き込む。

「誰もいないよ?」

「小さい女の子?ここ高校だぜ。お前勉強しすぎて疲れてんじゃね?」

休め休めー!とお菓子を差し出してるのが見える。そんなことよりも私の頭の中はただ一つの事でいっぱいだった。『小さい女の子』?それって優香が見た…?


今日も優香は来ない。『大丈夫?』って送ってみたけど既読は着いたのに返信はこない。今度は昼間だった。休み時間、各々が話し騒がしい教室内。

「え?え!」

急に大声で叫んだのは大人しいタイプの子で急に叫ぶような子じゃない。みんなも心配になったのかどうしたの、とクラスのみんなが注目する。

「ご、ごめん。子供?小さい女の子が掃除用具入れの前に立ってた気がして。き、気のせいだよね。急に叫んじゃってごめんね。」

また『小さい女の子』。優香が見た子?本当だったの?この教室には何かいるの?

「小さい女の子?それさ、この間俺も見たんだけど…。多分。」

「あー、お前叫んでたよな。あれマジビビったわ。てか見間違いじゃなかったん?」

「見間違いだと思ったんだけどさ、でも俺だけじゃないんなら何かいるのかな、この教室。」

さっきまで騒がしかった教室が静まり返る。

「…や、やめてよ。あたし怖い話とか無理なんだけど…。見間違いだよ!ね!もうこの話やめようよぉ…。」

「…そうだな。見間違い。」

教室が元通りになる。見間違い…じゃない。この教室には何かがいる。


優香は来ない。今、自習で残ってるのは私だけ。最初はもう少しクラスメイトがいたけどみんな今日は用事があるらしく、帰ってしまった。一人になった途端あの『小さい女の子』の事を嫌でも思い出してしまう。嫌でも意識してしまう。私だけの教室。私一人だけの教室。…本当に?


その時、視界の端に何かが見えた気がした。小さな人影。小さな、女の子。


ゴミ箱の近く。視線を移す。何もいない。やっぱり気のせい。見間違い。本当に?


ゴミ箱に近付く。見たいけど、見たくない。見たくないけど、見たい。近付く。何もいない。


ゴミ箱を、覗き込む。








み ツ か っ タ


ゴミ箱にぎっしりと詰まった赤黒い何か。その中に目。私を見上げる目。小さな女の子。


目が合った。

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