愛生院

その施設で最初に感じたのは沢山の子供たちの地鳴りの様にも感じる声。そして木造の建物の甘い木の匂いだった。

何て変な所なんだろう。

最初はこんな所での生活なんて冗談じゃ無いと思った。

子供たちは動物のようにうるさく統制が取れていない。

しかも、集団になるとどうしても上下関係も生まれるし、派閥も出来る。

コミュニケーション能力に著しく欠けている私には負担でしか無い。

私はここでも集団の輪から外れていつも施設に置いてある本ばかり読んでいた。

活字から様々な世界ややり取りを想像する事だけが、現実を忘れられる唯一の方法だった。

漫画やアニメは大嫌いだった。

絵を見てると母との頃を思い出すから。

なので活字ばかりを追いかけた。

やがて施設内の本では飽き足らなくなり、もらえるお小遣いもほとんど本につぎ込んだ。

そのせいか、話し方も独特の堅さを持つようになり、容姿の悪さと共に子供たちのからかいの対象になった。

そんな生活でも活字意外に僅かに救いはあった。

同じ部屋に居る「与田 杏奈(よだ あんな)」と言う女の子だった。

最初に会ったとき「『あんな』と『カンナ』って似てるよね。私たち、仲良くなれそう」

と、脳天気な笑顔で話す杏奈に内心げんなりした。

彼女は私とは逆に漫画ばかり読む子だったが、それ以外は似てる所が多かった。

彼女は父親から虐待を受けていた。

そして、容姿も私と同じくお世辞にも可愛いとは言えない。

スタイルも同じく小太り。

そんなあまり嬉しくない共通点が多かったせいか、私たちはやがて同類相哀れむとでも言うべき友情を芽生えさせることとなった。

私たちは良くたわいも無い話しをした。

主に、私が杏奈に様々な本の話しをした。

彼女はそれをとても楽しんでくれ、やがてお題を出してそのテーマに沿った話をして欲しい、と言うようになる。

もちろん都合良く毎回そんな本は読んでないので、どうしても創作の話が多くなるが、彼女はそれをとても楽しんでくれた。

「カンナ、お話を作るの上手だね。凄く面白い」

産まれて初めて人から何かを褒められた。

それが嬉しくて、私は色々な物語を考えては杏奈に聞かせた。

そんな私に、もう一人気にかけている人がいた。

施設長の朝尾良樹さんだった。

朝尾先生は孤立する私を気にかけ度々話しかけてくれた。

それまで同じ部屋だった子から虐められていた私を杏奈と同じ部屋に変えてくれたのも、朝尾先生だった。

とても感謝している。

だが、私はそれを上手く言葉に、態度に表せずに却ってそっけない態度を取った。

そんな私を彼は気にする風でもなく、飄々とボサボサ髪を掻きながらニコニコと話しかけてきた。

それ以来、何故か時々夢に出てくるようになったが、何故かそれは驚くほど美化されており、目が覚める度心臓が激しく鳴っていた。

だが、私はその意味を良く理解できなかった。


そんな日々を過ごして、年月が過ぎ私が10歳になったある冬の日。

朝尾先生は私に言った。

「うん、確かにカンナの考える物語は面白い。今度のクリスマス会、カンナの作った『鬼ヶ島の物語』をみんなで劇でやらないか」

私は驚いた。

「鬼ヶ島の物語」は私が去年杏奈に聞かせた物だった。

鬼ヶ島にはその見た目で村の人たちから嫌われて追い出された鬼たちが、迷惑をかけないようひっそりと住んでいた。

そんなある日、桃太郎が鬼退治にやってきて、鬼たちが自分たちの生活のために切った木材や取った魚や貝などを売ってコツコツ貯めていた財宝を持って行かれてしまう。

だが、村に帰った桃太郎は村人が鬼のことをあまりに悪く言うため、村人に疑問を持っていた所、財宝の中に鬼の子供が書いていた絵と日記を見つける。

それは、鬼の両親と鬼の子が一緒に遊んでいるもので、それと共に鬼たちが人間から財宝など奪ってはおらず、自分たちでちゃんと稼いだ物だった、と言うことを知り、それによって鬼たちの優しさを理解した桃太郎は財宝を鬼に返して、鬼たちと一緒に新しい安住の地に旅立つ、と言う物。

杏奈が子供の頃に好きだった桃太郎の話をして欲しい、とねだるため何とか考えた物だった。あんなものはとても劇に出来る物ではない。

私は必死に先生に中止を頼んだが、朝尾先生は半ば強引に配役を決めた。

私の書いた台本を、みんなが読む。

きっと、笑われる。

私は全身から吹き出る冷や汗を感じながら、いっそこのまま心臓麻痺でも起こさないかと願った。

だが・・・やがて私の耳に信じられない物が飛び込んできた。

みんなからの絶賛の声だった。

「超楽しみじゃん!これ、絶対やろうぜ」

私は思わず泣き出してしまった。

やがてクリスマス会で行われた「鬼ヶ島の物語」は見に来ていたボランティアの人たちからも好評を頂いた。

それを切っ掛けに私は物語を書くことにも夢中になった。

施設内でも私をからかう子供は以前より少なくなったように感じた。


あれ以来施設では過ごしやすくなったが、外の世界は変わらず私に冷たかった。

学校では相変わらず嫌がらせはあり、休み時間に別のクラスになっていた杏奈に物語を聞かせる事が学校での私の救いだった。

そんな学生生活も高校卒業と共に終わりを告げ、それと共に愛生院での生活も終わった。

18歳になった私たちは、法律によって施設を出なければならなくなったのだ。

私は小さな印刷工場の事務員。

杏奈は介護施設で介護職としてそれぞれ働くこととなったが、文字通り家族同然に過ごしてきた人たち、そして親代わりになっていた先生たち、そして我が家となっていた施設。

何より朝尾先生。

私にとっての庇護と安堵の象徴。

それら全てから離れないと行けないのは、分かっては居たが想像以上の恐怖だった。

だが、そんな私に朝尾先生は優しい笑顔で言った。

「これ、お守り。辛いときはこの中を見て」

それは赤いお守り袋だった。

中を開けると、小さな紙が入っていて、そこには「朝尾良樹 無料利用券」と書かれており、裏面は「有効期間 一生」と言う文字と共に携帯番号が書かれていた。

私はクスッと笑った。

「何です、これ」

「え~!気の利いた贈り物だと思ったのに。ほら、ここは君たちにとって家だし、僕は君たちにとって親代わり。法律上、住むことは出来なくなったけど、いつでも遊びにおいで。後、辛いことや困ったことがあったら連絡するように」

私はその言葉にさらにクスクスと笑う。

「子供じゃ無いんだから、勘弁してよ」

だが、その笑いにやがて嗚咽が混じったので私は驚いた。

「え?・・・あれ?」

恥ずかしい。こんな事。

私は泣き止もうとしたが収まらない。

先生は優しく私の頭をポンポンと叩いた。

「泣きたいときは泣けば良い。家族の前ではいいんだよ」

家族・・・

その言葉に私は堰が切れたように声を上げて泣いた。

施設の木に咲く桜がうっとうしいほど綺麗だった。

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