122

アカニシンノカイ

122

「さいスタを見ると、埼玉帰ってきたなって思うよな」

 国道122号線を快走する中古の軽のなかで、しみじみとKは口にした。

「それはお前が度が過ぎるレッズサポだからじゃないか」

 軽口で応じると、Kはにんまりと笑った。

 さいたまスタジアムはJリーグ浦和レッズのホームスタジアムだ。

 Kは熱烈なファンで、やつが結婚して九州に引っ越す前は俺もよくサッカー観戦に誘われたものだ。車にはステッカーが貼ってあるし、そもそも車自体がチームの親会社のものだ。

「そういやさ、この道をワンツーツーって言うの、埼玉県民だけらしいぜ」

「そうなの? じゃあ、他の県の人はなんて呼んでんの?」

 俺の問いにハンドルを握るKはつまらなそうに答える。

「122号じゃないの、普通に」

「ワンツーツーはワンツーツーだよな」

 のんきに口にした直後、車は急停止した。

「なんだよ、急ブレーキなんて」

 Kは舌打ちをして、忌々しそうに言う。

「チャリンコだよ。いきなり前、横切りやがった。夏休みは夜中まで子どもが自転車に乗ってウロチョロしやがる。福岡も埼玉も同じだな」

 前方を見るも、自転車にまたがった子どもの姿は確認できなかった。

 少なくとも、俺の目には。

 ただ122号線がまっすぐに伸びているだけだ。

「いないじゃないか」

「東北道をくぐるトンネル抜けて、向こうに行っちまったんだよ」

 険しい顔でKは左を走る東北自動車道の壁を顎で示す。

「まぁ、そう怒るなよ」と助手席で俺はたしなめた。

 ゆっくりと車を発進させ、Kはぼやく。

「前から思ってんだけど、ワンツーツーのこのあたりって危ないよな」

「なんで?」

「川口過ぎてからか、ワンツーツーって、東北自動車道と並んでいるじゃん」

「あぁ、そうかもね」

 運転免許を持っているが、車を持っていない俺の受け答えは適当になる。

「蓮田あたりまでかな。だから、浦和、岩槻なんてもろに並走。高速の下道になってるから、そこそこ交通量多いんだよ。なのに信号少ないから、結構スピード出せるし、出してる車多いんだよ」

「わかる、わかる。小さい頃、近所のワンツーツーを高速道路だと勘違いしてた」

「ぶっ飛ばしてる車が多くて危ないからか、自転車も少ないんだけど、たまにいるんだよな。ま、一般道だから、チャリンコ走っていて問題はないんだけど。あ……」

「どうした?」

「いや、なんでもない」

「気になるな。なんだよ」

 言いにくそうな顔で、Kは語り始める。

「昔、聞いた話なんだけどさ。さいスタに自転車で行ってみることにした子どもがいたんだって」

「待って、それ怖いやつ? もしかして」

 ハンドルを握りながら、Kはうなづく。

「じゃあいいや。この話、終わり」

 こちらの声など聞こえていないかのようにKは続ける。

「東北道と並んでいる区間はさ、ワンツーツーって高速の両隣で二本ある形になるじゃんか。ま、正確にはどっちかが122号線じゃないのかもしれないけど」

「やめようって。そういう話すると本当に出るっていうから」

「さいスタまでの道は長いから、その子は高速の下をくぐるトンネルがあるたびに通り抜けて左右のワンツーツーを行ったり来たりしながら走ってたんだって」

 トンネルがあると通ってみたくなる気持ちなら、なんとなくわかった。

「何回かスタジアムに通ううちに、トンネルの数を数えるようになった。全部でいくつかは忘れたけど、ある日、トンネルの数がいつもと違っていることに気付いたそうだ」

「数え間違え……」

「違う!」

 大声で否定して、Kは激しく首を振った。

「東北道という川を渡る橋がトンネルと考えろよ。川と並行する左右の道を行ったり来たりする場合、橋を一つ渡らずに飛ばしたらどうなる?」

「……いつも通っているコースと通らないコースが入れ替わる」

「そう、景色が違うからその子は気付いたんだよ。な、ちょっとした怪談だろ」

 さきほどとは一変して、低い声でKは言った。

「そんなの合理的に説明できるさ。新しくトンネルが掘られたんだよ」

「……言わなかったか、トンネルの数は増えたんじゃなくて減ったんだよ」

「じゃあ、老朽化して危険だからとか、事故で車が壁に衝突して安全性が確保できなくなったからといった理由で埋められたんだ」

 大きくKはうなづいた。よく見ると、震えている。

「俺もそう思った。でも、不思議じゃないか」

 なにがだよ、と俺はKの顔を見る。声に出さなかったのは、声にならなかったからだ。

「埋めた後がわからないほど丁寧に工事した理由はなんだ?」

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