宵宮千遥の過去 ③
そういうわけで、僕が力を入れていたのは学業や訓練ではなくて遊びや煙草や女性関係だ。
僕にも性欲はあるし、自分から寄ってくる餌があるのは楽だったので、時には女と付き合ったり別れたり、体だけの関係を持ったりもしていた。
心を読めるという特殊能力のせいで、人の心の隙間に付け入ることばかりうまくなった。結果的に女たちは僕に依存し、都合の良い駒にもなってくれた。
寮生活だったのでヤれる場所は専ら空き教室など校舎内だったが、僕に近付く女は変態だったのでどんな場所でも簡単に受け入れてくれた。
事が済んだ後、先週別の女に買いに行かせた煙草に火を付けていると、今日使った女がくすくすと笑って聞いてくる。
「千遥、また煙草吸ってるの? バレたら停学じゃない?」
「いいよ。バレても。先生の弱みなら握ってるし」
「あはは。こわ~い」
この高校に来て、母さんが自殺して以降封じていた異能力を使う機会が増えた。一度使ってしまえば何だか枷が外れてしまい、僕は日常的に【読心】を使うようになった。
心を読めば、人の汚い部分はいくらでも見えた。ちなみに僕らのクラスの担任は異常性癖で男児同士の児童ポルノに値する動画を学校用のパソコンで閲覧しているのだが、今は使う必要もない情報なので黙っている。
女と二人で寮に帰っていると、寮の近くに『猫に餌をやるな』とデカデカと書かれた主張の強い看板が立っていた。
「最近学生寮の近く、野良猫多いよね。うちの生徒が餌を上げてて、それで住み着いちゃったみたいで。……でも、猫も可哀想だよね。武塔峰の周辺って何もないじゃない? 猫だって人間に餌をもらわないと生きられないわけで。あたし、住み着くからって追い返すのはちょっと違う気がしてて……」
痩せ細った猫たちに同情するような目を向けている女の意見を聞いて、そうだろうかと不思議に思った。
「そうかな? 猫って繁殖力が強いって言うよね。一度の出産で五匹前後の子供を産むし、しかも年に何回かは産めるから、繁殖サイクルから見て単純計算すると三年後には二千匹以上の子猫が産まれることになる」
今にも死にそうな猫を見ても何も思わない僕は薄情なんだろうか。
「増え過ぎたらその分殺されるでしょ? 実際、猫は年間で数万匹人間の手で殺処分されてるし。去勢手術をしてない野良猫を生かすのって、逆に殺害される猫の数を増やしてるわけで。野良猫を見つけたら、生かすより殺す方が数としてはマシじゃない?」
そう言って顔を上げると、猫のことを可哀想だと言っていた女はドン引きした顔で僕を見ていた。
冗談なのにな。ほんとにするわけじゃないし。
寮の部屋に戻った後、僕は夜中まで父さんを殺した集団について調べていた。毎日毎日飯も食わずにこんなことばかりしているから、ルームメイトからは変人だと思われている。
父さんを襲った反異能力主義団体の残党は、団体の形や名前を変えてまだ主張を続けている。思想の合う有名なカルト教団と組んで規模も大きくなっているようだ。彼らは異能力者のことを悪魔と呼び、僕の父さんや父さんの派閥の政治家のことは悪魔の手先扱いしている。笑ってしまう話だが、彼らは神の声が聞こえるとかいうジジイ教祖の教えを本気で信じているらしい。
シャワーを浴びてベッドに寝転がった僕は、その日もなかなか寝付けずにいた。
目を瞑れば母の首吊り死体が頭に浮かぶ。所詮は記憶なのだから年月が経てば消えていくと思ったが、その映像は何故だかどんどんはっきりとしたものになっていく。あれはもう終わったことなのに、僕は自分の頭の中だけで何度も何度も母さんが自殺した日の光景を再生して、自分で自分を苦しめている。
それだけじゃない。あの日から何度も父さんの夢を見る。
雪の上に僕がいて、その先に父さんが立っていて。近付こうとすれば父さんの頭蓋が割れる。血飛沫が飛び散り、真っ白だった景色が赤く染まっていく。
そこでいつも目を覚ます。朝までぐっすり眠れる日はあの日から一度もない。
「っはぁ……」
息苦しい。胸が苦しい。死にたい。死にたい死にたい。
生きる意味がない。帰る場所もない。
僕がいなければ。
僕の異能がなければ。
あるいはあの日僕が異能を使っていれば。
僕なら犯人の悪意に気付けたかもしれない。
何もできなかった。
母さんの時も父さんの時も。
『異能力者は悪魔なのです!』
布教動画の中のカルト教団の発言が頭に響く。
――父さんと母さんの元に生まれなければよかった。
そしたら僕は、誰かの悪魔にならずに済んだのかもしれない。
それから半年以上が過ぎた、高校一年生の冬。
東京に大雪が降ったその日、僕は久しぶりに積雪の上に飛び散った血を見た。
寮の裏、誰も来ないようなその場所に、腹を切り裂かれたような猫の死体が数体落ちている。
その近くに立っているのは志波高秋だ。
その手には子猫の死体がある。その子猫も同じように喉と腹部を切り裂かれていた。
切り裂きジャックかよ、とロンドンに昔いた連続殺人犯のことを連想した。違うのは殺害対象が人間じゃないってことくらいだ。
「一応聞くけど、たまたま現場に居合わせた目撃者、ってわけじゃないよね?」
高秋の異能である【切断】ならこれくらい一瞬でできる。どう見ても高秋が犯人だ。とはいえこんな趣味が僕にバレるのも嫌だろうから、逃げ道を作ってあげた。適当に言い訳してくれたら、信じるふりくらいはしてあげるよって気持ちで。
「俺が殺した」
しかし、高秋は一切言い逃れしなかった。
「何で?」
「気持ちがいいから」
「……ふうん?」
何が気持ちいいんだよ。殺したって汚いし臭いだけじゃん。理解できねー。
試しに心を読んでみてもそれは本心だった。何か理由があるわけではなく、ただ単に自分の快楽と美の追求のために生き物を殺している。
生徒たちの憧れの存在であるこいつは、相当なイカレ野郎だったらしい。
ふと春に女子生徒が野良猫を見て言っていたことを思い出して、それを真似するように言った。
「〝可哀想〟じゃん。やめとけよ」
「生かしておいてもどうせ死ぬか殺されるだろう?」
あの時と同じ、乾いた笑いが漏れる。
僕と同じようなこと言うなよ。
僕は高秋に近付いて雪の上に転がった死体を見下ろした後、煙草に火を付けながら自己紹介した。
「僕は宵宮千遥。知らないと思うけど」
「俺は志波――」
「高秋でしょ。知ってるよ。お前、有名人だし。こういうの、ここではやらない方がいいよ? この向こうにゴミ捨て場あるから、寮のゴミを捨てに来た清掃員とかが通るだろうし」
現に僕も通っている。
僕だったから良かったものの、これが他の生徒だったら、余程うまくやらなければ退学ものだ。――そうなったらつまらない。
「ねえ。僕が誰も来ない場所教えてやるから、代わりにこういうの、全部僕の前でしてよ」
女子生徒とセックスする場所を確保するうえで、武塔峰の敷地内で確実に人が来ない場所はいくつか見つけてある。その情報は高秋にとっては使えるものだろう。
「何故?」
「僕さあ、両親が死んだ時の光景が忘れられないんだよね。殺すのに躊躇いがないお前なら僕の記憶を上書きできるかもって思って」
「……」
「僕の前で色んな生き物殺してよ。そしたら僕も、もう悪夢を見なくて済むかもしれない」
代わりに黙っといてあげるから、いいでしょ? と上目遣いで甘えた。
それが、高秋と僕の始まりだ。
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