適材適所
◆
「何でって、そりゃ、性処理の道具にされてるんじゃない? 男の子ってそういう生き物だからさ」
夜九時。迎えに来た宵宮が、車を運転しながらあっさりとえげつない言い回しをしてくる。
「せ、せ、せいしょり……」
意味を噛み砕くため、思わず復唱してしまった。
「男の人にはそういうことしたくなっちゃう時期があるってことですか……?」
「うん。高校生とか特にがっつく時期だよね。手頃な女がいて、しかも逆らわないからっていいように利用してるんでしょ。ほのぴ、気を付けなよ? おどおどしてて気弱そうだし、なおやんに限らず、断れない女ってあっという間に変態の餌食になるからね。性犯罪者に目を付けられたら相談してね? まぁ、助けてやるかは僕の気分次第だけど」
宵宮が煙草片手にからかうように薄ら笑いをしながら言ってくる。
何だかとても失礼な言い方をされている気がするが、確かに、仄香は何度か電車で痴漢に遭ったことがある。高校生になってからは寮生活なので電車に乗ることもなくなったが、今思うと気弱そうにずっと俯いていたから狙われたのかもしれない。
(……って、ダメダメ! 性被害受けても自分が悪いとか思っちゃダメって授業で習った! 私は悪くない、私は悪くない……)
必死に自分に言い聞かせているうちに、宵宮の車が止まった。
連れてこられたのは廃ビルだった。虫の群がる電灯と月明かりだけが人気のない道を照らしている。
「ここにターゲットがいるんですか?」
「いや。いない」
「……なら何しにここへ?」
「僕は基本的には遠隔での援護か、情報収集が得意なんだよ。回ってくる仕事もそういうのが多い。異能力的にもね」
車を降りてトランクからライフルを取り出し、ビルの階段を上がっていく宵宮に付いていく。
もう使われなくなって長いビルのようで、歩を進める度に不気味な音が響いた。肝試しの舞台になりそうな、一人で来るには怖いビルだ。
最上階に上がった宵宮は、窓の近くにライフルを置いた。そして煙草を床に落として靴で踏み潰して火を消すと、端末で空中にある男の写真を映し出す。
「この男打ってみてくれる? ここから見て南東の方向にいるから」
「わ……私がですか?」
許可降りてます? と確かめたくなったが、宵宮が有無を言わさぬ笑顔を浮かべているため黙った。
設置されたライフルスコープ越しにターゲットを捉える。それらしき男を見つけた。
しかし、男の姿は小刻みにブレている。まるで物凄い速度で反復横跳びをしているかのような動きだ。
仄香は困惑して宵宮に聞いた。
「あれって何ですか?」
「そういう異能だよ。相手に自分の姿が不規則に移動しているように見せる。しょーじき能力としては地味だけど、どこに当てていいか分かんないでしょ?」
「成る程……」
そこまで使い道のある異能ではないが、逃げる時には便利かもしれない。
仄香は【未来視】を発動させる。右に打った場合、当たらない。ザザッとノイズが発生し、左に打った場合の未来が視える。これも当たらない。本体は右でも左でもなく中心だ。
引き金を引いた。銃弾が飛んでいき、男の足を打ち抜く。ブレが止まった。急所は外したが、もう逃げることはできないだろう。後ろから異犯の人間が彼を捕縛するのを見届けてから、スコープから顔を離す。
「ほらね」
何故か宵宮が得意げに笑う。
「近接戦闘のために体を鍛えることを否定はしないけど、適材適所って意味では僕ならほのぴは後方に回す。明らかに別種の才能があるもん。異能抜きにしても、この距離で当てられる人間はそういない」
褒めてくれているのだろうが、少しショックだった――仄香では志波の隣で戦闘に加わることは無理だと言われているようで。
「それに今、変わった使い方したよね? 異能」
「……未来視の異能は、ただ未来を視るだけじゃないんです。近い未来であれば試行ができる」
「試行?」
「私の行動によって未来がどう変化するのか視えるってことです。近い未来じゃないと無理なんで、あまりいい使い道はないですけど。賭け事とかには向いてるんじゃないですかね?」
自分なりに未来視を鍛えた結果がこれだ。
宵宮が面白そうにくっくっと笑う。
「百発百中で勝てるギャンブラーってことか」
「……ちょっと不本意ですけど……」
占い師だの、ギャンブラーだの、つくづくそこまで志望していない職種への適性が高まることに溜め息が出る。
気を取り直して宵宮に問うた。
「それより、何か他に手伝えることってありますか?」
「お、やる気だねぇ」
「お金欲しいんで……」
「言われなくても、ほのぴには沢山お仕事用意してるよ? 僕が楽できるように」
宵宮はそう言って今度は別の男の写真を出してきた。この男はさっき打った相手の取引相手らしく、今から一時間以内にはさっきの場所付近に現れるだろうとのことだ。
仄香はライフルスコープで周囲を確認しながら待ち続ける。しかし、ターゲットはなかなか来ない。一時間以内という大雑把な予測ではずっと見ておかなければならず、手が疲れてきた。こういう時に未来視でいつ来るか断定できれば便利なのだが、まだそれほど広範囲の未来を予測することはできない。
(何か、暇だな……)
ふと、昨日尚弥に教えてもらったトレーニングメニューのことを思い出した。九時前も一応ジムに行ってみたが、尚弥に捕まっていたせいでそれ程トレーニングできていない。
この時間も有効活用せねばと思い、仄香が筋トレを始めると、つまらなそうに横で端末をいじっていた宵宮がぶっと派手に噴き出した。
「やめて、スコープ覗きながらスクワットすんの。笑っちゃうじゃん」
「す、すみません。まだターゲット来なそうなので、折角なら筋トレしようかと……」
「熱心だな~。近接は鍛えなくていいって言ったのに」
「確かに、宵宮先輩の言う通り、私には援護の方が向いてるのかもしれないですけど……。でも、いざという時近接戦闘でも頼れる自分でいたいんです。志波先輩の隣に立てる実力がほしくて」
少し間があった後、宵宮が聞いてきた。
「そんなに高秋が好き? 怖くないの?」
仄香はスコープを覗き続けているので彼がどんな表情をしているのかは分からない。しかし声音が珍しく真剣だ。
「怖いですけど、それ以上に憧れが勝ちます。志波先輩は私のヒーローですから」
愛が重すぎて引かれないかとやや不安を感じつつ、変わらない答えを返す。
「僕と一緒だね」
すると、宵宮がおかしそうに呟いた。
仄香は少し意外に思って聞き返す。
「宵宮先輩にとっても志波先輩ってヒーローなんですか?」
「うん。高秋と出会わなかったら、僕は今頃死んでたかもしれない」
「ええ、じゃあ、同担ですね」
「同担?」
「推し被りしてるってことです」
ターゲットはまだ来ない。
〝宵宮千遥のことを知る〟という本来の目的に少しだけ時間を割いてもいいような気がした。
「……聞いてもいいですか」
「ん~?」
「宵宮先輩って、どんな風に志波先輩に出会って、どうやって二人で異犯を裏切るに至ったんですか? 最初から裏切ってたんですか?」
「んー……そうだね。ほのぴはいずれ僕らの仲間になるわけだし、教えておいてもいいかもね」
「な、仲間になるとは一言も言ってないですよ」
「今はそう言ってても、いずれはなるよ。僕は狙った相手は必ず手に入れる主義だから」
謎の自信が恐ろしい。
横でゾッとする仄香に対し、宵宮はゆっくりと自身の過去を語り始めた。
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