絶対絶命
仄香が五階に到着した次の瞬間、爆発音と人々の悲鳴が聞こえた。爆発は予想通りエレベーターからの音で、他にも各所が爆破されたのか、濃い煙があちこちから上がっている。警備員たちが一般客たちを避難誘導しているのが見えた。こちらに走ってくる人々の波とは逆走し、志波、咲と合流する。
志波と咲はそれぞれ隣に立っている柱の陰で身を低くして座っている。ここは敵からの死角なのだろう。
仄香は咲の隣に座り、状況を聞いた。既に武装した男たちが何人も向こうにいること、目的はどうやらこの国の首都のシンボルでもあるこの電波塔を破壊することであること。本当に夢と同じ状況が起こってしまってることにぞっとしながら、咲の隣で縮こまる。
「四階は問題なさそうだな。向こうにも連中の仲間が数名いるようだが、警備ロボットと伊緒坂尚弥で制圧できている」
隣の柱の陰にいる志波が言った言葉にひとまずほっとした。この階の状況は最悪だが、尚弥が死ぬという未来は回避できたのかもしれない。
「……ねぇ……子供が人質に取られてない……?」
咲の震える声に、驚いて遠くの様子を見つめる。確かに、逃げ遅れた一般客の一人であろう男児が大男の腕の中にいた。
視界にザザッとノイズが入る。こんな時に未来視が開始された。しかも、視えるのはあの夢と同じ未来だ。
武装した何人もの大男たちが尚弥に向かって拳銃を向けている。その尚弥の姿が――咲と入れ替わる。武装した男たちに向かって瞬間移動を繰り返す咲が上方から打ち抜かれた。その場に倒れた咲が動くことはもうない。
(違う……まだ未来は変わってない)
ただ、犠牲者が尚弥から咲に変わっただけだ。結果は同じになる。
そこで意識が現実に引き戻された。
隣の咲が怒りを抑えられない様子できゅっと拳を握っている。咲が瞬間移動しようとしていることを察した仄香は、慌てて咲の腕を引っ張った。
「だめだよ、咲! 志波先輩の指示を待って」
「そしたらあの子がどうなるか分からないでしょう! あの子は怯えてる、助けを待ってる! あたし達が助けなきゃ!」
正義感の強い咲が子供を見過ごせるはずがない。
「あんただって、小さい頃異能力犯罪対策警察に助けられたんじゃないの!? 助けを求めている人がいたら助ける、それがあたし達のあるべき姿でしょ!」
その言葉にはっとした。
この状況は、過去の仄香のものと同じだ。人質にされ、怖くて怖くて仕方なかったところを、志波は、警察は、武踏峰の生徒たちは、躊躇いなく救ってくれた。
仄香の手の力が緩んだ途端、咲が敵の目前まで瞬間移動する。
「勝手な行動は慎めと言っているだろう!」
夢と同じ、志波の怒鳴り声がした。
気付けば仄香は、咲を追って武装した男たちに向かって走っていた。
咲がフロアにあった椅子を、子供を人質に取った男の頭上に瞬間移動させて気絶させる。次に拳銃を取り出し、両脇に立っていた男たちを打った。
いい流れだ。しかしこの後遠方からの狙撃があることを仄香は知っている。
(間に合わない)
仄香はそれでも走り続けた。
(あとちょっとで咲が打たれる)
未来にノイズが走る。
全速力で咲の元まで駆け抜ける。
男たちから発砲された銃弾が幾度となく体に当たり痛みが走る。しかし急所はまだやられていない。
仄香は走り続け、咲に覆い被さるようにぶつかった。
打ってくる方向は分かっている。その方向から咲を庇うように両手を広げる。
遥か上空から放たれた弾丸が、仄香に当たった。
が――大事に胸ポケットに仕舞ってあった、茜にもらったお守りが、カァンッとその銃弾を弾き返した。
それは一瞬のことで、お守りは役目を果たしたかのように粉砕する。
茜の異能力は、物体にシールドを宿すこと。シールドが一度の衝撃で壊れるほど脆いことと、自分自身や生物にはシールドを付与できないことから、異能力者としては低ランクであると判定されている。
しかし、間違いなく仄香はそれに命を救われた。
当たったと安心してスナイパーの集中が切れたその隙を仄香は見逃さなかった。
腰につけていた拳銃を引き抜き、遥か遠方のそのライフルに向かって銃弾を放つ。
常識的に考えれば、生徒に支給されているような通常の拳銃で当たる距離ではないだろう。
しかし、仄香には自信があった。仄香は誰よりも武器の扱いを練習してきた。それは人よりも異能力の発現が遅く、異能力頼りでは武踏峰に合格することができなかったからだ。誰よりも志波に憧れ、異能力犯罪対策警察を目指してきたからこそ――仄香の武器の扱いと拳銃の腕は、武踏峰異能力高校でもトップクラスだった。
仄香が放った弾丸は、綺麗に遥か遠くのライフルの
「あははっ! あんた、やっぱり天才だわ! この距離で普通当たる!?」
咲はその様子を見て心底おかしそうに高笑いし、人質となっていた子供の腕を掴んだ。子供と咲が瞬間移動で安全な柱の向こうまで移動する。
仄香はもう一丁拳銃を取り出し、銃弾を避けながら二丁で的確に敵を打ち続ける。弾を当てにくい動き方は分かっているので、わざと不規則な動きをして相手を惑わせた。
アドレナリンが出ているのか打たれたところは全く痛くない。怯まずに次々と敵を攻撃していく。
視界に映る数秒先の未来。
意識して能力を発動させたわけではないが、たまたま良いタイミングで未来視ができた。だんだん相手の動きがしっかりと読めてくる。
このまま制圧する――と意気込んだその瞬間、不運にも足を滑らせた。
この辺りに滑るような床はない。しかしまるで仕掛けていたかのように、仄香の進行方向につるつるとした床があったのだ。
(異能力か……!)
触れずに床の素材を変えられる異能力者がいる。
転んで地面に這いつくばる形になってしまった仄香に、男たちの一人が銃口を向けていた。覆面の下の男の口元が笑っているのが見えた。
(……終わった)
この距離では避けられない。
死を覚悟した時、やはり志波の隣に立ちたかったという心残りだけが胸を締め付ける。
その時、真後ろから声がした。
「監督していた生徒の死亡が誰の責任になると思ってるんだ」
――それは一瞬のことだった。空間を切り裂くような斬撃が男たちに向かい、一瞬にして男たちが倒れる。いつの間にか仄香の真後ろまで来ていた志波の異能だ。
相変わらず、狡いほどに強い異能力である。
志波の攻撃を受けた男たちの中にも、一人生き残りがいた。おそらく防御系統の異能力持ちなのだろう。
彼に反撃される予感がして後方に下がろうとした次の瞬間、上から強烈な電撃が放たれ、男が倒れる。その後、尚弥が上から飛び下りてきた。
「上にいたスナイパーもやっといたぜ」
下の階の敵は全員制圧して暇になったのか、いつの間にか上の様子を見に行っていたらしい。
ひとまず事態が落ち着いたことにほっとしながら、絶対に怒られる、という危機感も抱いた。
本来、こういった場合は相手の異能力種の把握が優先される。特に人質がいる時はより慎重にならなければならない。
それなのに、チームAは全員、勝手な行動をしてばかりだった。咲もそうだが仄香も尚弥も、志波の指示を待っていない。上の指示を聞かずに全員が勝手な行動をしたことになる。
(この授業の成績、三人ともD-付けられるかも……)
おそるおそる志波を見上げると、志波は血まみれの仄香をじぃっと湿っぽい目つきで見下ろしていた。
手を差し伸べてくれるのかと思ったが、全くそのようなことはなく、ただ愛しそうな目でこちらを見つめてきている。愛しそうな目、と言っても温かい眼差しというよりは、ぞっとするような歪な情を感じさせる、どろりとした不気味な雰囲気を孕んだ目だ。
そして、その形の整った唇がゆっくりと動いた。
「君のことが気に入った」
仄香は目を見開く。そして、次の言葉により驚かされることになる。
「君が死ぬところをこの目で見てみたい」
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