第4話 孵化

「気付いているか?」

 レミエルリオンが訊ねる。

「勿論だ。今日は少し、変だと思う」

 フィネスエルフィが答えた。


 このダンジョンには何度か来たことがあった。入り口を入ってから、ここまで、魔物が一匹も現れない。こんなこと、普通はないのだが。


「ワームもゴブリンもいない。なぜだ?」

「こいつのせいなのかな」

 レミエルリオンが懐から卵を取り出す。

「竜の卵! 持ってきたのか!?」

「いつ孵化するかわからんからね」

 なるほど、竜の気配を感じるから、小者は身を潜めているということか。


「そういうことなら、とっとと先へ進もう」

 奥へ進むにつれ、どんよりと重たい空気が流れ、緊張感が高まる。

「そろそろ来るぞ」


 フィネスエルフィの一言を聞き、レミエルリオンが宙に魔法陣を描く。


「召喚……シアヴィルド!」

 金色に光る魔法陣から大きな黒い獣が姿を見せる。

「ブラックドッグ!?」

 驚くフィネスエルフィ


 ブラックドッグと言えば、闇の生き物だ。ダンジョンなどでは難度高めの敵でもある。目が合ったら最後、命を落とすという不吉なジンクスまである生き物なのだ。

 ここまでレベルの高い魔物をテイムしているとは、正直驚いた。ふにゃふにゃした変な男ではないのかもしれない、と今更思い直す。


 グァオオゥ


 遠くから魔物の鳴き声が聞こえる。

 卵の……竜の気配に気付いて反応したのかもしれない。

 これは、間違いないだろう。


「竜がいる」

 フィネスエルフィの言葉を聞き、レミエルリオンの顔がパッと晴れる。

 レミエルリオンは傍らに控えるシアヴィルドのたてがみを撫でた。

「行けるな?」

 グルルル、

 レミエルリオンの言葉に、シアが応えた。

「援護する!」

 フィネスエルフィが剣を構え、言った。


「来る!」


 竜が姿を現す。こげ茶色の、中型サイズ。

「地竜だ!」

 レミエルリオンが声を上げる。


「シア、やつを攪乱させろ!」

 レミエルリオンの命を受け、シアヴィルドが駆ける。岩場を利用し大きく飛ぶと、地竜の首に食らいつく。

「よし、いいぞ!」

 しかし地竜も大人しくしてはいない。大きく右に、左に首を振ると、シアを振り落としにかかる。


 このままではダメだ!

 フィネスエルフィは地竜の元へ駆け出す。


 足元近くまで行くと、フィネスエルフィに気付いた地竜が足を上げた。そのままフィネスエルフィを踏みつけようというのだ。

「そうはいかん!」

 フィネスエルフィは降りてくる地竜の足を迷いなく切り落とした。バランスを崩した地竜が、倒れる。


「シア、離れて!」

 思わず叫ぶ。と、シアがその声に反応するようにくらいついていた首を放し、飛んだ。フィネスエルフィは倒れ来る地竜の体を足場に大きくジャンプし、全体重をかけ首を狙う。

「悪く思うな!」

 そう言いながら、剣を振り落とす。


 スパン! という音を立て、地竜の首を刎ねる。と同時に、地竜の体がキラキラと輝き出した。そして小さなアンバーの石だけが転がったのだ。

「……やりやがった」

 レミエルリオンが呟く。


 激しく息をしながら、剣を薙ぎ払う仮面の少年は、確かに絵になる。女性たちが騒ぐのも、なんだか頷けた。

「すごいな、お前。やっぱりこれが最後の仕事だなんて勿体ないぞ。続けろよ」

 素直に褒めちぎると、フィネスエルフィは複雑な顔を向けた。


「あ!!」

 急に大きな声を出され、思わず腰の剣に手を伸ばすフィネスエルフィ

「生まれそうだ!」

 懐からそっと卵を取り出すレミエルリオン。見ると、殻にひびが入っている。

「ああ、いよいよ生まれるんだなぁ」

 跪き、卵を抱えるように抱く。

「すごいな。初めて見る」

 竜の卵を見たのも初めてだが、誕生の瞬間も初めてだ。


「来るぞ…、そうだ、頑張れっ」

 パリパリ、と殻が壊れていく。中から出てきたのは、白い、竜。

「さ、魔石だ」

 さっきの地竜が落とした魔石を与える。と、白かった体の色が変化してゆく。

「色が、変わる!?」


「汝の名はアディリアシル。我がの名において汝をテイムする」

「へっ?」

 フィネスエルフィが目をぱちくりさせた。


(今、?)


 クルルルルァ~


 竜が、鳴いた。そしてその体は、赤へと変化したのである。

「おお、お前は赤竜なんだな、アディ!」

 早速愛称で呼ぶと、手の上の赤竜は小さな羽をパタパタと動かして見せる。

「はぁぁ、可愛い。可愛いなぁ。シアも挨拶してごらん?」


 ブラックドッグに、赤竜。

「ドラゴンテイマー……」

 ふと、口にする。


「長年の夢だったんだ。やっと叶ったよ。ありがとうな、仮面の騎士様」

 立ち上がり、右手を差し出す。その手を握り返し、訊ねる。

?」

「ん? ああ、そうだが」

「そうか」


 複雑な気持ちだった。

 としての最後の仕事が、これから夫になる人物の依頼だったとは。

 ああ、そうかつまり『知り合いの話』は自分のことなのか、とわかる。


(自分の……?)


ぁ!?」

 さっきの言葉を思い出し、つい、叫んでしまう。


「ええっ? なんだ急に」

 驚くレミエルリオンに、しかしそれ以上何も言えず。

「あ、いや、なんでもない。なんだか急にさっきの話を思い出して」

 眉間に皺を寄せ、誤魔化す。


「おかしなやつだな。ああ、それより、ひとつ提案があるんだが!」

 ピッと指を立て、レミエルリオンは悪戯っ子のように、笑った。

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